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ロシアをつぶせれば何でもよかった 後悔はしていない

 基本的に、このときの日本の外交方針は親英米であり、仮想敵国は相変わらずロシア、次いで中国であった。基本的にイギリスの肩を持ち、中国への嫌がらせのために一緒にチベットを独立させたりもしたが、そんな中で日露戦争後に急速に日本との仲を深めた国がある。オーストリア=ハンガリーだ。


 オーストリア=ハンガリーはドイツの南に位置する大国で、現在のオーストリア、ハンガリー、チェコ、スロバキア、旧ユーゴスラビアの概ね半分くらいが一緒になった大きさを持ち、洗練された文化に強みを持っている。歴史上、ドイツとは反目することもあったが、今は軍事同盟を結んでおり、海外から受け入れた出資のうちの4割がドイツの物である。


 さて、そんなどちらかというとあまり関係は良くなかったはずのオーストリア=ハンガリーになぜ日本が接近したかというと、表向きの理由はロシア封じ込めのためである。かの国はボスニアヘルツェゴビナをめぐってバルカン半島のセルビアと対立しており、そのセルビアを同じスラブ人国家だからという理由でロシアが支援しているからであった。耀子の目論見は「あわよくばサラエボ事件に介入し、一次大戦をなくしてしまおう」というものであったが、いきなり「皇太子が殺されるぞ!オーストリアは滅亡する!」と言っても誰も信じてくれるわけがないので、煕通がもっともらしい理由を考えて日本政府に提案したのであった。


 そんなろくでもない理由で日本に接近されたオーストリア=ハンガリーであったが、彼の国としても目障りなロシアを陸戦で圧倒した日本には悪くない感情を抱いており、あわよくばイギリスから引きはがして味方に付けようとも考えていたため、それなりに、しかし史実よりも深い交流が行われた。日本政府はオーストリアへの留学に補助金を出し、冬期戦の極意を学ぶために陸軍将兵を派遣。その見返りに日本軍は「日露戦争の時のロシア軍をシミュレート」して対ロシアを想定した軍事演習の相手役を務めており、弱兵として欧州各国にナメられがちであったオーストリア陸軍を多少なりとも鍛えている。急激に関係を深めた両国はお互いの所属する勢力の盟主から疑いの目を向けられたが「オーストリア[日本]をドイツ[イギリス]から引きはがすためです」と言い放ち、事実その通りであったから、それ以上追及されることはなかった。




 そして運命の1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー皇太子夫妻はサラエボを訪れていた。オーストリア=ハンガリー内のクロアチアを拠点にしてバルカン半島に諜報網を築きつつあった日本は皇太子の暗殺に向けた動きがあることをつかんでおり、陸軍を通じてオーストリア=ハンガリー政府に警告を発した。皇太子の希望によりサラエボの視察は強行されたが、日本の働きかけによって史実でもあった現地軍司令官の「警備を強化するべき」という提言は受け入れられ、視察ルート上に軍の兵士を一定間隔で配置していた。


「ほら、現地の住民はこんなにも歓迎してくれているじゃないか。そんなに心配することはなかったんだよ」

「本当にそうかしら。私には嫌な予感がして仕方ありませんわ……」


 歓声を上げる地元住民たちに手を振りながら、フランツ・フェルディナント皇太子とゾフィー皇太子妃はそんな会話をしていた。その時であった


「爆弾だ!伏せろ!」


 警備担当の兵士が叫ぶや否や、轟音とともにあたりが吹き飛ばされた。日本の警告通り、セルビアの民族主義者たちはオーストリア皇太子夫妻を暗殺しようと待ち構えていたのである。


「ゾフィー!ゾフィー大丈夫か!?」

「ええ、大丈夫。私は平気よ」

「よかった……とばせ運転手!さっさとこの場を抜け出すんだ!」


 運転手も同じことを考えていたようで、パレードの車列は勢いよく街道を疾走し、サラエボ市庁舎に駆け込んだ。街道上にはほかにも暗殺者たちが待ち構えていたが、猛スピードで疾走する自動車に何もすることができなかった。


「どうやら一部の愚か者が私を殺そうとしていたようだが、その試みが失敗に終わったことに歓喜している」


 その後、フランツ・フェルディナントはサラエボ市庁舎での歓迎式でこのように述べたが、暗殺者たちはまだあきらめていなかった。


 一行は先ほどの爆弾テロで負傷した人々を見舞うためにサラエボ病院に向かっていた。先頭車両が道を間違え、直進するところを右折してしまったため、皇太子夫妻の車もこれにつられて曲がろうとしてしまった。


「ちがう!そっちじゃない!直進だ!」


 車に乗っていたボスニア・ヘルツェゴビナ総督に指摘され、車が止まったその瞬間


「おい貴様、何をしている!」


 警備の兵士が叫ぶと、皇太子夫妻めがけて2発の拳銃弾が発射された。群衆に紛れていたセルビア人民族主義者ガヴリロ・プリンツィプが、皇太子夫妻の車に駆け寄って発砲したのである。とはいえ、警備の兵士が叫んだことでプリンツィプが動揺し、狙いが反れたため、この2発は皇太子夫妻の胸部に命中、夫妻はテイジン製の防弾ベストを着ていたため、弾丸が貫通せず、軽い打撲を負っただけだった。


「馬鹿野郎!なんてことしやがる!」

「あのクソ野郎をぶっ殺せ!」


 街道上の群衆は怒り狂い、プリンツィプは袋叩きにされる。暗殺者はまだほかにもいたが、さらに強化された警備の前に何もできず、結局オーストリア皇太子夫妻を暗殺することに失敗した。これがこの世界でのサラエヴォ事件の顛末である。




「よぉし!オーストリア皇太子生還!これで一次大戦がなくなれば万々歳だ!」

「そんなうまくいかないと思うけど……」


 サラエボ事件の発生と皇太子の生還を聞かされた耀子ははしたなくガッツポーズを決めて喜んだが、煕通はそれに冷静に突っ込んだ。


「さすがにそううまくはいきませんかね……?」

「端的に言えば我が国が原因だ。ロシアを日露戦争で痛めつけてやっただろう?ドイツとしては、あの時の損害からロシアが立ち直る前に叩きたいんだ」

「つまり、オーストリア皇太子が生きていようと、暗殺未遂事件が起きてしまったことを口実に戦争をはじめるだろうということですか」


 煕通の読みは正しかった。オーストリアは史実通りセルビアの主権を侵すような10ヶ条の要求を突きつけ、セルビア側がその中の一部を受け入れなかったことを不服とし宣戦を布告。これを発端としてロシアがオーストリアに宣戦、フランスもこれに続き、さらにドイツもオーストリアの側に立って参戦した。結局、史実で1760万の死者・行方不明者をだした第一次世界大戦がこの世界でも幕を上げたのである。

 感想欄でサラエボ事件が不発に終わるかと言われていましたが、調べたところオーストリア皇太子夫妻を生還させるだけでは防げそうになかったため、このような展開になりました。さて、この後欧州はどうなっていくのでしょうか……

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[一言] 日洪同祖論( ̄▽ ̄;)
[一言] 昔のオーストリアは旧ユーゴスラビアの一部も領土だったんですね。 それでアドリア海あたりに海岸線があったんでしょう。 これで海軍がある事に納得できました。(^O^)
[良い点] オーストリアと仲良くか、あまり見ない展開・・・日英墺3帝同盟・・・面白そう! 確かにオーストリアがなくなったからバルカンの安定がこじれたと言う話は聞いたことあるし、このまま生き残ってほしい…
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