心頭滅却すれば火もまた涼し
タイトルですが、どうもお寺に火をつけられたお坊さんがやせ我慢で言った言葉らしいですね。確認はとってませんが。
※営業の横原係長と村瀬担当は架空の人物です
概ね耀子の勇み足で陸軍被服廠と開発してしまった防弾ベストであったが、コーネックスの製造コストが高く、それ故に出来上がった「試製防弾着」も「費用対効果が悪すぎる」として陸軍では不採用であった。
「まあここまでは想定通りだな」
「いくら陸軍は金があるといっても、拳銃弾が防げる程度じゃ買ってくれないですね」
試製防弾着は8mm南部弾はもちろん、9mmパラベラム弾や.45ACP弾といった主要な拳銃弾に対して効果を発揮したが、三八式実包をはじめとする小銃弾に抗堪するのは苦しかった。
「陸軍さんにゃ申し訳ねぇけど、開発を委託したのはあくまでうちらに必要な設備がねぇからだ。言っちゃあ悪いが、あれは軍人さんの"安い"命に釣り合う代物じゃねえ」
残酷だが、この当時としては割と常識的なことを言いながら、営業の横原係長はタバコの火をつける。
「もっと命が重い人たち……たとえば大臣とか、王族とか、そういうところに高値で売りつけるもの、でしたね?」
陸軍との共同開発契約上、試製防弾着が正式採用されなかった場合は、小改良を加えたうえで民生用として製品化しても構わないということになっている。陸軍の仕事は事実上、試験によって防弾性能を持たせるために必要な生地の厚さを特定することと、試作品を製造することの2つだけで、特に軍事機密をテイジンに開示する必要はなかった。それにコーネックスという繊維自体も、耀子が取得したポリアミドと界面重合法の特許に守られているので、例え当時最新鋭の分光学を駆使して構造を特定したとしても製造は不可能に近く、世間に存在を知られても問題ないという判断である。
「そうだ。特に王侯貴族の多いヨーロッパや、銃社会で治安の悪いアメリカの富豪なんかにゃよく売れると思うぜ」
部下の村瀬の言葉にこたえながら、横原は白煙を吐き出した。
実際この後、テイジンの防弾ベストは列強の政府要人や王族に購入され、特にロシア帝国首相ストルイピンの命を救ってからはただでさえ高い定価以上の値段が付き、帝国人造繊維営業本部は笑いが止まらない状態になった。
「だがそれもいずれ限界が来る。そもそも買い手の人数が少なすぎるからだ。だから、別の利用法を見つけて、継続的な販売相手を見つける必要があるんだが……」
「それなんですけど、実は最近1つ思いついたところがありまして」
「ほう?」
後日。村瀬は渋谷の小林刺子店を訪れていた。ここは消防隊員用の防火衣を製造している町工場である。
「アラミド繊維ぃ?」
「ちょっと外に出てもらってもいいですか、火を使うので……こっちは市販の綿布。そしてこっちが弊社のアラミド繊維で織った布です」
店主の小林菊太郎と一緒に外へ出ると、村瀬は持ってきた荷物の中から実験装置を取り出す。装置内にはろうそくが2本立てられており、片側の上には綿布が、もう片側の上にはコーネックス布が吊られていた。
「どちらも乾いた状態ですが、火をつけると……」
「……ほお、確かに、その、なんとか繊維っちゅうやつの布は明らかに火に強いな」
村瀬が両方のろうそくに火をつけると、綿布はじりじりと焦げてやがて燃え出してしまったが、コーネックスは多少端が融けて煤けるばかりで、いつまでたっても特に何も起こらなかった。
「お値段はかなり張りますが、どうでしょうか」
「うーん……確かにすげえが、警視庁消防本部が買ってくれるかっちゅうと五分五分だなぁ……」
小林は渋ったが、とりあえず試作はしてくれるということになり、出来上がった試作品を消防隊で使ってもらうことになった。黄金色のコーネックス製防火服の性能は今までの綿製防火服とは比べ物にならず、見た目がゴージャスなこともあって現場からの評判は上々であった。
「というわけで採用はしてもらえたわけだが……」
「やっぱりコストがネックですねえ……」
防弾ベスト同様、コストがネックであったため、導入できる自治体は消防隊が常設されている東京と大阪だけであった。その2府にしても、予算不足から年1~2着程度の発注しかないため、生産規模を上げられず、コストを下げることができなかったのである。営業の二人が悩んでいると、
「すまない。"燃えない糸"について話を聞きたいのだが……」
何やら海軍士官が帝国人造繊維を訪ねてきた。千坂智次郎海軍大佐である。彼は帝国人造繊維米沢工場で工場長をしている兄、千坂高節の紹介でコーネックスに興味を持ち、防火服に使えるかもしれないと考えたのである。千坂家は米沢上杉家に代々つかえていた武士の家系であり、その米沢上杉家には耀子の姉房子が嫁ぐなど、帝国人造繊維にとって浅からぬ縁を持つ人物であった。
「……ということは、もうすでに防火服として商品化しているんだな」
「はい。ですが何分高価な製品ですのでまとまった発注がとれず、そのせいで材料となるコーネックスの生産規模も上げられなくて原価が下げられないという悪循環に陥っていまして……」
「成程、それでは私から海軍上層部に応急要員用防火服の開発を掛け合ってみよう。採用が決まった暁には、ある程度単価を引いてもらう必要があるだろうが……」
「もちろん、それについては勉強させていただきますので、どうかよろしくお願いします」
海軍では、艦艇の生存性向上の一環として、史実よりもダメージコントロール能力の向上に熱心だった。その取り組みの中の一環としてダメコン要員の装備改善が取り上げられており、コーネックス製防火服は海軍にとって魅力的な装備に見えたのである。皮肉なことに"優秀なのに陸軍が不採用にした素材"という事実も採用を後押した。
試作時には塩害ですぐに劣化する不具合に悩まされたが、難燃剤を添加したゴムでコーティングすることによりこれも克服。1913年に二年式防火服として正式採用され、日本艦のダメコン要員の保護と能力向上に大きく貢献した。
また、これをきっかけにコーネックスの単価が落ちたため消防隊向け防火衣の値段も下がり、東京・大阪の消防隊の装備も改善されている。このことが、後の関東大震災において多数の住民が燃え盛る家の中から助け出された要因の1つとなった。
コーネックスもそのままでは多分あれなので、小林さんのところに持っていく前に難燃剤の処方を研究したと思います。
史実の千坂高節さんはもう少し後の方で那須のほうに製糸場を作るようですが、この世界では米沢の叔父の元で勉強していた織物の知識を買われ、テイジン米沢工場の工場長をしていることになりました。房子お姉さま(信輔お兄様の七面鳥にナメられてた人)の嫁入り先は史実でも米沢上杉家だし、何なんだこの奇跡的な人のつながりは……(戦慄