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この世界ではヒロポンじゃなくてリゲインを流行らせたいですね

 耀子がとった「ポリアミド」と「界面重合法」の特許は技術を独占するための特許であり、他者に対して実施を許可することは基本的になかった。耀子の特許は巧妙であり、ポリアミドの特許は「アミド結合を介して任意の長さの炭素鎖が多数つながっている構造」であるなら、なんでも引っかかるようになっていた。このため、日露戦争終戦後あたりまで日本に原料(ヘキサメチレンジアミン)を供給していたドイツBASF社でさえ、ポリアミド類の合成はあきらめるしかなく、代わりにポリエステルの開発を開始。これはやがてポリ(P)エチレン(E)テレフタレート(T)の発見として結実することになる。


 しかし、日本国内の企業でこれらの特許の実施を許可されたものがあった。三共である。


 三共は1899年に塩原又策、西村庄太郎、福井源次郎の3人が設立した商社である。高峰譲吉からジアスターゼの独占的な輸入販売権を得て財を成し、1902年にはアドレナリンの独占販売権も取得して急速に発展していった。1903年に帝国人造繊維が設立されると、高峰の紹介でこれに出資、1904年には鈴木商店とともに世界各国でナイロンストッキングを売りさばき、大きな利益を得ている。


「高峰先生に言われてなんとなく出資したが、まさかこんなに利益を出してくれるとは思わなかったな西村」

「ジアスターゼと言い、アドレナリンと言い、高峰先生様様だ。やはり偉い先生は見る目が違うぜ」

「すまん塩原、良くないニュースだ。帝国人造繊維からストッキングが仕入れられない」


 しかし、ここで問題が発生した。帝国人造繊維の生産能力が需要に追い付かず、より多額の出資をした鈴木商店に納入する分すら要求量を満たせないありさまで、三共はナイロンストッキングを仕入れることができなくなってしまったのである。


「こうなったら自分たちで作るしかない」


 そこで塩原は帝国人造繊維からポリアミドと界面重合法の特許の実施権を格安で購入、PA66のいわゆるライセンス生産を始め、自社製のPA66繊維でナイロンストッキングを製造・販売するようになった。その後も増大する66ナイロン需要に対応するため、三共は次々と工場を建設する傍ら医薬品の開発にも取り組み、1908年にはビタミンB1製剤「オリザニン」の量産を開始するなど、化学メーカーとして発展していく。


 そんなある日のこと


「西村君、最近私のアメリカの友人が、興味深いものを作ってね」

「これは……樹脂ですかね。漆に似ているような……」

石炭酸樹脂(ベークライト)というんだ。帝国人造繊維が扱っているPA66と違って、これは一度加熱すると硬化して、二度と軟化しなくなる。耀子さんは"熱硬化性樹脂"と呼んでいたかな」


 ちなみに、ナイロンのような「ある温度以上に達すると容易に永久変形する」樹脂のことを"熱可塑性樹脂"と呼ぶ。作者が在学した某大学院の教授は


「プラスチックとは"可塑性"を意味する言葉であるから、熱硬化性樹脂のことまでプラスチックと呼ぶのは誤りである」


と主張しているが、一般には受け入れられていない。


「しかし、この新材料を何故私に見せたんですか?使い道を考えて売ってくれと?」

「半分は正解だ。もう半分だが、作るのも三共さんの方でやってほしい」

「はあ……帝国人造繊維では作らないので?」

「作れないんだよ。今もPA66のほかにコーネックス、最近だとポリカーボネートのラインも立ち上げようとしていて、全く余力がないんだ。だけど、この樹脂は有用だから日本のためにどこかが作る必要がある。だから三共(にしむらくんのところ)でどうかなってね」


 西村はこの提案を持ち帰り、先に利用法を検討することにした。高峰からサンプルを輸入してもらい、三共社内で実験を繰り返した結果、接着剤として有用であることが分かったため製品化を決定。高峰の友人(レオ・ベークランド)から特許の実施権を購入し、1911年に品川工場でベークライトの量産を開始した。当初は合板や木質ボード(木材の小片を樹脂で固めたもの)の製造に使われ、日本製合板の品質を急激に押し上げている。というのも、このころの合板は板同士の接着に(にかわ)などの天然接着剤が使われており、極めて水に弱く、容易に剥離などの不具合が生じていたためである。

 三共ではこの木材との親和性に着目し、帝国人造繊維が旭硝子と共同で実用化していた硝子繊維布(ガラスクロス)を角材に巻いてフェノール樹脂で固めた「硝子繊維強化木材」を開発。値段は張るが、従来の角材よりも小さな断面積で同等の強度を出せ、レイアウトの自由度が増したり、構造物の重量が減って耐震性が増したりするなどのメリットがあったため、華族や富豪の邸宅といった、ある程度大きな多層建築物に使われた。

 こうした技術革新により、帝人の軟質ウレタンフォームとあわせて都市圏を中心に新材料を使った住宅の改修や建て直しがブームとなる。材料を提供する帝国人造繊維、三共、旭硝子はもちろん、建築業界や林業界の業績も向上し、彼らが牽引する形で日本の景気は上向いていくことになった。

三共は史実通りベークライトの製造に乗り出しましたよ、という話でした。

ちなみに、三共のベークライト部門が、現在の住友ベークライトです。

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
ベークライトは1980代から90年代のIC充填剤として世界の6から9割がたを抑えて席巻していましたね。四国の新居浜工場の火災が無ければ、もう少し頑張れたのかなぁ
[良い点] 日本の有名な製造企業の歴史も垣間見る事もできて面白いです。3人が共力して三共なんですね。ベークライトもエヴァンゲリオンを固めるSF素材だと思っていました。 色々勉強になります。
[一言] 耐水ベニアも、マリン合板(マリングレード合板)まで規格化か? JAS特類なんですが https://gl-labo.com/free/plywood 似て非なる航空ベニア https://w…
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