復興円借款
テルエルの戦いで、共和派は回復不可能な損害をこうむった。もはや独力では国粋派の進撃を阻むことはできず、ロシア、フランス、メキシコの支援もスペイン北東部が孤立した影響で届きにくくなってしまっている。
「鷹司文部大臣、これは?」
「スペイン復興支援計画です。耀子が組めというので」
ある日の閣議にて、信輔は浜田国松総理大臣──横田千之助は、二・二六事件で帝都を騒がせた責任を取るといって、磯部らの処刑後の1937年末に辞任していた。史実では果たせなかった長期政権を運営して、さすがに疲れたのだろう──に「スペイン復興支援計画」なるものを提案した。
「確かにかの国は戦乱で荒廃しているが、欧州の国であるし、わが国が復興に手を貸す必要はないのではないか」
「おおむねそうです。ですが、このままでは我が国は軍事支援に費やした代金の分、金銭的には損をしてしまいます。もちろん、金銭以外の面、すなわち、日本に友好的な欧州の国を増やし、共産主義思想の拡散を阻止するという利益が得られるから実行したわけですが、せっかくならば『代金を回収』できるとよいですよね? ということです」
妹はよくこんなことを思いつくなあと思いつつ、信輔は浜田に復興計画を策定した理由を説明する。
「ということは、最終的にわが国が金銭的な利益を得るための『復興支援』というわけだな……」
そういいながら、浜田は書類に目を通し、この計画が一種の円借款計画であることを理解した。
「なるほど、低金利かつ返済期限の長い条件で資金を貸しつけるというわけか」
「借金は円建てですから、取引相手は日本企業を選ぶとやりやすくなります。つまり、実際に復興作業に従事する企業も、我が国の企業が優先されますので、建設業界に対する景気刺激策になります」
史実の戦後日本における中小国相手の円借款と同様である。一般に想像される経済援助とは異なり返済の義務があるため、渡した金は後で戻ってくるのだ。
「……で、内容を見る限り、本来は外務大臣か大蔵大臣から来るべき案件だと思うのだが」
「私もそう思い、佐藤さんにも三土さんにも相談したのですが……」
そう言い淀んで信輔は高橋是清の愛弟子である三土忠造の方をちらりと見る。
「あれは鷹司君の妹さんからの陳情ですので、兄である鷹司君が責任をもって閣議に上げるように助言しました。中身の方はちゃんと確認して、こちらで加筆修正しております」
三土は何食わぬ顔で耀子が提案し、信輔から持ち込まれた円借款政策を閣議に上げ、自分の手柄とすることもできた。女性というだけで政治的発言力をそがれているうえに、そもそも政治的に目立ちたくない耀子もそうすることを推奨している。三土自身、今までも耀子が裏でかかわってそうな政策を、高橋や中島知久平などが自分で考えたものとして提案・実施しているのを見てきた。
でもそうしなかったのは、超然主義的な近衛文麿に対抗するため、政党に融和的な信輔の政治的名声を高めるためである。学者の本領たる教育・文化政策以外にも対応できることをアピールし、より格の高い大臣職につけさせ、近衛ではなく信輔に大命が降下する下地を作りたいのだ。
「なるほど、佐藤君も、この内容でいいんだな?」
「ええ。人道的かつ、わが国の懐も痛まない政策で、ぜひスペイン国粋派に提案したいと考えております」
浜田の問いかけに対し、佐藤尚武も肯定する。欧州が安定すれば、イギリスもアメリカに目を向けやすくなり、中華民国への影響力を増大させつつ、日本の勢力圏を削ろうとするアメリカを共に牽制することがやりやすくなるのだ。
「わかった。スペイン国粋派との交渉は外務省に実施してもらいつつ、円を貸し付ける準備を進めよう。鷹司君も、所掌から外れている案件だと思うが、責任をもって手伝うように」
「わかりました」
こうして、鷹司借款と呼ばれることになる資金がスペインに貸し出され、戦乱で荒れた現地の復興に活用されることになる。
そうして数か月後、日本の建設作業員たちは、はるばる海を渡ってバスク地方のビルバオにたどり着いていた。現在の前線からは近くないが、山がちな地形である上に1年前まで戦闘が行われていたこともあって、国土はいまだ荒廃している。
「現地の作業員も頑張ってるんだな」
「違うかもしれんぞ。復興資金の貸し付けを行ったのは日本だけじゃないからな」
日本がスペインに円借款を行うことを公表して以降、国粋派にイギリス、ドイツ、オーストリア、イタリア、ポルトガルも同様の「自国通貨の貸し付け」を実施していた。このため、戦災で荒れた各地では、各反共国家の人々が復興作業に従事している。
「ひぃ~~~!」
突如、工事現場で悲鳴が上がった。
「なんだ!」
「どうした!」
どやどやと人が集まると、人骨を掘り当てた作業者が腰を抜かしている。
「……ここはちょっと前まで戦場だったんだ。人骨ぐらい出てくるだろ」
そうは言いつつ、いやな予感がした親方は確認のため周囲を掘り始めた。
すると出るわ出るわ、大量の白骨死体とその遺品が。
「なんだ、これは……」
「今の戦争で、こんな風に一か所に固まって死ぬこと、あり得るのか……?」
やがて、騒ぎを聞きつけた現地警察が駆け付け、今回の事は他言無用として、日本の作業員たちはよその地域で工事を進めることとなった。
あの時見た白骨死体の海が、国粋派によって処刑されたバスク独立派の人々だったことが分かったのは、もう何年も後のことである。
辺境伯家の食客も更新継続中です。最新話はこちらから。
https://ncode.syosetu.com/n7555jm/37
少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。感想、欲しいなあ。




