【閑話】テルエルの奇跡
1937年12月、スペイン東部の町テルエルを防衛する国粋派司令官ドミンゴ・レイ・ダルクールは危機的な状況に陥っていた。
「サンタクララ修道院が最後の反撃を行うとして決別電報をよこしてきました」
「もはやわれらの拠点はスペイン銀行と民生長官ビルしかありません」
幕僚たちからの悲愴な報告を聞いて、ダルクールが唸る。
つい先日、国粋派はマドリード近郊の都市グアタラハラに攻撃を始めた。この隙をついて共和派はテルエルに攻撃を仕掛け、周辺の町を占領、山間の町テルエルを包囲したのである。
「まだだ、まだ数日は持ちこたえられる。少し前から日本とチベットの義勇軍が先遣隊として反撃しているし、救援軍の本体も進撃を開始した。まだ何とかなるはずだ」
それでも幕僚を勇気づけるべく、希望が見える言葉を絞り出す。
史実と決定的に異なっていたのは、共和派も国粋派もより多くの戦力を持っていたこと、国粋派の戦力の中に、日本の増強機械化歩兵連隊1個と、チベットの増強戦車大隊1個が含まれていたことであった。この2部隊がテルエル攻撃に対して素早く反応し、配置転換を済ませて数日前からテルエルに向けて走りこんでいたのである。
「ですが、テルエル周辺の地形は急峻です。戦車も歩兵戦闘車も、その機動力をそがれてしまうでしょう。間に合うでしょうか」
「そう信じて、戦うしかない」
部下の言うことはもっともであった。しかし、共和派は無政府主義者の影響を強く受けていて、このスペイン銀行に避難してきている聖職者たちを容赦なく処刑するだろう。彼にとって降伏とは、すなわち聖職者たちを見殺しにすることに他ならないのだった。
「進め進め! 味方を見殺しにしたとなれば、末代までの恥だぞ!」
日本義勇機動連隊連隊長の宮崎繫三郎大佐が檄を飛ばす。チベット義勇戦車大隊の中隊長カヤバ・ミカ・サカダワ大尉の熱意にほだされ、テルエルを救援するべく激烈に、しかし巧妙に共和派軍を攻撃していた。
「報告! 『砂狐』大隊第1中隊がコンクーを陥落させました!」
「よし! テルエルまで5kmを切ったぞ!」
いくら名将宮崎が指揮しており、共和派の対戦車兵器が不足しているといっても、損害が発生していないわけではない。しかし、彼は、そしてチベット側は、テルエルを救援するメリットの方が上回ると考えた。
そのうちの1つが、味方を決して見捨てないというメッセージを出し、プロパガンダ戦で優位に立つという点である。ただでさえ内戦を戦っているのだから、派閥の結束力にはひびが入りやすい。それを英雄的な救出劇で補強し、団結力でただでさえ烏合の衆めいた状態の共和派に優位に立てると考えられた。
≪砂狐大隊第1中隊より、日本義勇連隊へ! 我が隊はこれより山岳部を浸透突破し、テルエルのスペイン銀行へ向けて突撃します! 空荷の突撃車2個小隊を支援いただきたい!≫
ミカが無線で宮崎に直接支援を要請する。
≪さすがに却下だ! 敵中にわざわざ包囲されに行くな!≫
≪いえ! 現在スペイン銀行で防御戦闘中のダルクール閣下以下の生き残りを収容したら、速やかに撤収します! そのために空荷の突撃車が欲しいのです!≫
つまり、ミカはこれ以上ダルクールが持たないと判断し、とりあえず救出して戻ってきたいと主張しているのである。
≪意図はわかったが、まだ駄目だ。もう少し、もう少しでいい。味方がテルエルに迫ってから実施させてくれ≫
≪……わかりました≫
不承不承と言った雰囲気でミカの無線が切れる。確かに浸透突破は日蔵軍のお家芸ではあるが、さすがに突破先が山間の市街地では発見されるリスクが高く、許可もしづらかった。
「宮崎閣下……」
「大丈夫だ。必ず間に合わせる」
これは賭けだった。しかし、宮崎は、その賭けに勝てると信じていた。
数日後、民政長官ビルも陥落し、ついにダルクールたちはスペイン銀行のみを保持することとなった。
「もうおしまいです、閣下。最近は上空を味方機が飛び交うようになりましたが、陸上では依然として見えるのは敵ばかり。残された味方は我々だけです」
「……」
さすがのダルクールも、もはや何も言えなかった。本当に、目と鼻の先に味方がいるようなのだが、その最後の一線を突破できないようなのである。
「やむを得ん……」
ダルクールが降伏を切り出そうとした、まさにその時。
「……! 歩兵戦闘車です! 閣下、日本軍が来てくれました!」
40mm機関砲で共和派軍を蹴散らしながら、6台の九三式突撃車がスペイン銀行に横付けしたのである。
「助けに来ました! 早く乗ってください!」
片言のスペイン語で、日本の小隊長が叫んだ。
「よし、脱出だ! 民間人を優先して歩兵戦闘車に乗せろ! 我々は車両の上でいい!」
ダルクールの目に輝きが戻る。彼は急いでスペイン銀行内の生き残りをかき集めると、日本軍に収容され、テルエルの町を脱出した。途中、追っ手を攻撃するチベット軍戦車隊に出くわすと、彼らは戦車隊には伝わらないことを承知で帽子を振って感謝を伝える。
「閣下、あれ!」
ダルクールが視線を移すと、1両の戦車のキューポラから、女性の手が振られているのが見えた。
「……勇敢な女性たちだな」
「ええ、彼女たちがいなかったら、我々は今頃処刑されていたでしょう」
わずかな生き残りを載せた突撃車は無事に日本軍の連隊本部に到着し、民間人たちと一緒に手厚い看護を受ける。殿を務めたミカたちも撤収し、テルエル救出作戦は最低限の成功を収めた。
≪テルエルのスペイン兵を無事に収容したと、日本軍から連絡があった≫
≪よかった。これで安心して休むことができるよ≫
ツェダから連絡を受けたミカは、無線機越しに安堵のため息を漏らす。
≪ちょっと、まだ休んでる暇はないよ。この後我々は余勢を駆ってテルエルからサグントまで打通して、バルセロナの共和派を孤立させないといけないんだから≫
第2中隊長のキャロリンがミカを激励した。テルエル救援のもう1つの目的が、この町が地中海側にそこそこ近いことで、ここを拠点にバレンシアとカステリョ・デ・ラ・プラナの間の町サグントを狙えるのである。
≪そうだった。じゃあもうちょっと頑張ろうか≫
≪うん、こんな内戦、さっさと終わらせて、チベットに帰ろうね≫
その後、いったんはテルエルを奪取した共和派は、ミカたちの後詰めで送られてきた国粋派の救援軍に圧迫され、逆にテルエルで包囲殲滅されてしまった。余勢をかった反共義勇軍の機甲軍団に、地中海まで打通されてしまったこともあり、共和派はこの時の損害を最後まで埋め合わせることができなかったのである。
また、ダルクールの救出劇は国粋派やチベット、日本によって大いに宣伝され、日蔵とスペインの間に友好関係を築くエピソードとして後々までこすられ続けたのだった。
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