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砦に食い込む爪

 耀子が飛行機づくりに精を出しているころ、開発本部の秦と久村は、耀子から出された研究テーマに取り組んでいた。




 メタ系アラミド繊維コーネックスの製品化がひと段落した後、秦と久村はより高い機械特性を持つと見込まれるパラ系アラミド繊維の開発を提案した。いわゆるケブラーである。しかし、耀子は


「すっっっごく魅力的な提案なんですけど!大変残念なことに!先にこっちをやってもらわないといけないんです!」


 と、二人に企画書を渡した。


「ポリウレタンの開発……?」

「何ですかこれ」


 また聞いた事のない物質名が出てきて首をかしげる二人。


「ヘキサメチレンジアミンにホスゲンを通すと、ヘキサメチレン(H)(D)イソシアネート(I)って物質ができることがわかりました。この物質は、ジカルボン酸ジクロリドと同じように、反応性に富む官能基が両末端についているので、ナイロンと同じように樹脂材料にできると思います」

「……この構造式、本当にあってるんですか?」

「勘です」

「はぁ……」


 まさか未来知識とは言えない耀子は適当にごまかした。ただ、コーネックスなどの件から、耀子のカン(ニング)はかなりの的中率を誇ることがわかっているため、秦と久村はとりあえず突っ込まないことにした。


「そこでですね、秦さんと久村さんには、このHDIを反応させて得られるはずの樹脂、ポリウレタンの利用法をとにかくいっぱい開発していただきます」

「そもそも樹脂が得られるかというところは確かめてないんですか」

「最近飛行機と学業が忙しくて、HDIの精製法と、水と激しく反応して二酸化炭素(きたい)が発生するってところまでしか確かめてません」

「はあ……」


 困惑する二人。しかし、HDIは極めて反応性に富む有毒な薬品で、取り扱いには神経を使うのである。なにかの片手間に取り扱うのは、非常に危険であった。


「というわけなので、大変申し訳ないんですけど、ポリウレタンをどうか……どうか……私が大学を卒業するまでにはパラ系アラミド繊維の研究を始めさせてあげるから……」


 必死に頭を下げる耀子。本当はせめてちゃんと樹脂が得られることぐらい確かめてあげたかったのだが、HDIの精製法の研究に時間がかかり、これが精いっぱいだった。


「まあ僕らは会社員なんで……」

上司(たかつかささん)がやれと言ったらやるしかないんですけどね」

「ありがとうございますぅ……頼りない上司でごめんなさいぃ……」


 耀子は全力で申し訳なさそうな雰囲気を作り出す。


「でも鷹司さん、お言葉ですけど女性ですよね?大学受けられるんですか?」

「鷹司さんの才能はぜひ大学でより一層磨かれるべきだとは思いますけれども……」


 この当時、帝国大学に女性が入学することは常識では考えられないことであった。史実で東北帝国大学が3人の女子受験生の入学を認めた時も、同大学の男子学生は反対運動を展開し、文部省も非難めいた内容の質問状を送付している。


「実はですね、東北帝国大学ってあるじゃないですか。あそこ、周りが田舎過ぎて学生が集まらないんで、女性の受験を受け付けることにしたんですって」

「……そこに付け込むわけですか」

「端的に言ってきたないですね」


 耀子は知らないことであるが、史実における東北大学の「門戸開放」は、ただ「中等教員免許を持っていれば、高等学校を卒業していなくても受験を認める」という程度の物であった。これは、女子生徒の受け入れを考えていたわけではなく、単に高等学校以外の学校からも受験生を集めたいという狙いのもと実施されたからである。このため、史実通りの場合、学習院女学部に在籍していた耀子は受験資格がなかった。

 ところが、この世界では鷹司耀子という女性が幼いころから有機化学界で暴れまわっており、会社を立ち上げ、ヒット商品を作り出し、挙句陸軍と懇意であるということから、史実よりも女子教育の重要性が教育界には浸透していた。このため、この世界では「中等教育課程を修了した、3月31日時点で満17歳(中学校、実業学校、高等女学校の修了年齢を意識している)以上になる者」という幅の広い受験資格になり、耀子は辛くも受験資格を手にすることができたのである。


「どうとでも言いなさいな。それに、大学に行ってちゃんと勉強すれば、今日みたいに『勘』の一言で説明をごまかさなくてもよくなるかもしれないんですよ」

「成程、それは極めて重要ですね」

「僕らも東京帝国大学卒業生です。解き方がわからない過去問とかありましたら、どんどん聞いてください」


 物は言いようであった。


 その後、耀子は主に旧仮名遣いと用語の違いに苦しみながら秦と久村の助力を得つつ受験勉強に励み、1914年東北帝国大学理科大学化学科を受験、合格を勝ち取る。1912年の黒田チカと丹下ウメ、1913年の牧田らくに次ぐ、4人目の女子大学生となった。




 一方、秦と久村はこの間にウレタン系接着剤と軟質ウレタンフォームの実用化に成功。特にウレタンフォームは世界の建材メーカーから大いに喜ばれ、住宅用断熱材として用いられて世界の住居環境を大いに改善することとなる。これを受けてニッチツは新たにホスゲンの製造ラインを新設、テイジンはポリウレタンとポリカーボネートの原料を国内で調達できるようになった。

ごめんなさい、ご都合主義でございます。

今から師範学校に通っていることにしようかとも思ったのですが、中等教員免許を持ってないと東北大を受験できないことを耀子が知っているとは思えませんでしたし、なにより「こんだけ少女が化学界で暴れているのに、女子教育の状況が史実と何も変わらないのもおかしくね?」と思い、こういう流れになりました。このため、黒田チカと丹下ウメ(梅子)の入学が1年早まり、耀子と合わせて、この世界の東北大では3年連続で女子の合格者が出たことになります。

というか耀子、学科的にも専門的にも黒田チカ先生の後輩になるんですね……ということは指導教員も当然……

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 答えが分かっている状態での逆算といえどこうも未来の技術をポンポン生み出すのは恐ろしい会社ですね。主人公の知識抜きでも地力の積み上げがすごいことになっていそうです。 航空爆撃機の発展や戦車…
[一言] 機動隊が使うような盾が前線に配備されるかな。
[一言] 耀子さん、私の先輩になりましたか
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