【閑話】Rush B!
史実のスペイン内戦では、海外植民地を制圧したフランコがスペイン南部の街カディスに上陸。子飼いの精鋭部隊でセビリャを救援した後、そのまま北進して北部と合流した。
しかし、この世界線では人民戦線の支持率がより強く、フランスからの強力な援助もあって、国粋派はいまだに南北に分断されている。
「命中!」
「次、方位013の火点!」
この状況を打破するため、フランコ隊と英反共義勇軍がセビリャ方面から、国粋派本隊と日蔵独墺反共義勇軍が北側のバダホス方面から挟撃する作戦が行われており、ミカも戦車長としてその戦闘のただなかにいた。
「照準、よし!」
「放て!」
刹那、発射薬が発火して弾量6kgの破甲榴弾が発射ガスの圧力により750m/秒まで加速。瞬く間に急造の火点まで飛翔すると、土嚢の壁をやすやすと貫いて内部で炸裂した。
「命中!」
「……目標沈黙! 100mぐらい躍進して適当なところにダックイン!」
ミカは自車を前進させ、次の獲物を探す。指揮下の中隊各車も各自の判断で遮蔽をとりながら前進しており、共和派を圧迫できているようだ。頭上では様々な国籍マークの単発機が乱れ飛んでおり、制空権を巡って激しく争っているようだが……こちらは陸以上に国粋派側が優勢なようである。
(頭上を気にしなくていいのは指揮が楽でいいなあ)
ミカはキューポラから周囲を警戒しながら、友軍の制空能力に感謝した。そんなときである。
≪こちら砂狐大隊本部。砂狐第1中隊、そこからサフラ方面に転戦してドイツ軍の援護を頼めるか≫
大隊長であるツェダから、別方面のドイツ義勇軍を援護できないか質問された。
≪こちら砂狐第1中隊。援護は可能だが、向こうはどのような戦況か≫
≪現在ドイツ軍を含む国粋派本隊は第1目標のアルメンドラレホを攻略中。アルメンドラレホをめぐる戦闘は我が方が有利だが、ドイツ軍は迂回突破を主張して後背地のサフラへ突撃した。この機動に国粋派本隊とオーストリア軍が追随できていない≫
なんと、ドイツ義勇軍は独断専行により、目の前の敵拠点を無視して、敵地深くまで進撃中だというのである。兵は拙速を貴び、敵軍の対応が追い付かないうちに敵後方部隊を蹂躙するのが浸透戦術のお約束とはいえ、歩兵との連携が取れなくなるとあっけなく撃破されるのが戦車というものだ。
「さすが韋駄天ハインツ! 判断が早過ぎぃ!」
これにはミカも思わず悪態をつく。ランダム戦で別方面の味方がレミングスを始めてしまい、慌ててしりぬぐいに走った前世の記憶が蘇った。こうなったらもうやることは1つしかない。
≪大隊長! 我が中隊だけでなく、大隊の全力をもってドイツ軍を援護すべきです! 彼らが味方の能力を考えずに突っ込んでしまった以上、無理やりにでも合わせてやった方が勝率は上がります!≫
≪しかし、それではオリベンサ方面の敵を拘束できないのでは?≫
ミカはグデーリアンに合わせてチベット隊だけでもラッシュを援護するべきだと主張。それに対しツェダは現在攻撃している正面の敵が立ち直ってしまい、自分たちを側面から攻撃してくるのではと反論した。
≪日本軍に1個大隊引き抜いてもらってうちの戦線に当てましょう! 残りの機動歩兵と、我が隊の全力をもってサフラまで突貫しなければ、各個撃破もあり得ます!≫
自分たちの方面には、国粋派の歩兵部隊の他に、宮崎繫三郎率いる増強1個機動歩兵連隊が存在しているので、彼らに戦線を引き継がせたいとミカは主張する。突出したドイツ義勇軍が大打撃を受けたら、今回の作戦自体が失敗する可能性もあるため、グデーリアンを孤立させないように合わせてあげることが必要だと彼女は考えていた。
≪……第2中隊はどうか≫
≪ミカちゃんの意見に賛成だよ。ここはグデーリアンに乗っかって、一気にサフラまで飲み込んだほうがいい。制空権は我が方にあるみたいだから、身動きも取りやすいしね≫
話を振られた第2中隊長のキャロもミカに同意する。
≪わかった。……砂狐大隊全軍に告ぐ。これよりわが軍はオリベンサ方面より転進し、ドイツ軍と協力して南東のサフラを攻撃する。進撃に際しては周辺の味方とよく協働し、突出を慎め≫
≪了解!≫
そうして配下に指示を出した後、ツェダは日本義勇軍と調整し、自分たちと一緒にドイツ義勇軍を援護するように要請しなければならない。戦果を急いだのか、一気に綱渡り的になる戦況に、胃がキリキリと痛むのを感じた。
一方、とにかく南側の国粋派と握手するべく、浸透と迂回、突破を駆使して急激に進撃したドイツ軍だったが、サフラの手前にあるいくつかの共和派側拠点にて足止めを食らっている。
「街道上の仏軍戦車が頑強に抵抗しており、排除に手間取っているとのこと!」
フランスから供与されたらしき装甲戦闘車両が鈍重な代わりに重装甲らしく、60口径5cm砲では撃破が難しかったのだ。
「またか……! 第38対空大隊から1個中隊抽出して向かわせろ! 徹甲弾の直射で撃破するんだ!」
グデーリアンの指示が飛ぶ。日本軍がロシア戦争で装甲戦闘車両に対して対空砲(正確には野戦両用砲)の平射を浴びせる運用をしていたことから、ドイツ軍でも半ば対戦車用として前線付近まで対空砲を引っ張ってくることが行われていた。
「……くそっ、オーストリア軍はもう少しついてこれると思ったのだが……!」
歩兵ばかりの国粋派スペイン軍と異なり、オーストリア反共義勇軍はそこそこの装甲戦闘車両を連れていた。しかし、実は装甲兵員輸送車の数が不足しており、戦車も、装甲が貧弱な軽戦車と、装甲が正面に偏っていてアンダーパワーな中戦車であったため、側面をとられることも厭わずガンガン進軍する運用には向いていなかったのである。これが計算違いとなって、グデーリアンの想定以上に、西墺軍は独軍に追従できなかったのだった。
その時である。
≪こちらはチベット反共義勇軍戦車大隊”砂狐“です。ドイツ反共義勇軍殿、聞こえておりますでしょうか≫
師団本部に、たどたどしいドイツ語が聞こえてきた。
≪こちらドイツ反共義勇軍第2装甲師団。救援に感謝する。現在、敵戦車の装甲が厚く、撃破にてこずっている。排除できるか≫
≪了解、やってみます≫
砂狐大隊本部はドイツ軍との通信を切り、続いて前線に到着しつつある各中隊に状況を確認する。
≪大隊本部より各中隊へ。敵は長砲身5cm砲で貫通できない重装甲を持っている。該当しそうな敵車両を発見したら、穿孔榴弾での攻撃を試みよ≫
≪了解≫
命令を受け取ったミカは、指揮下の車両に貫通力100mm強の徹甲弾ではなく、貫通力150mmを誇る新開発の成形炸薬弾を込めるように指示を出した。
(共和派を支援しているのは、フランスとロシア。そうなると、重装甲なのはフランスの戦車かな? どんな相手なんだろう)
これは演習やゲームではなく、本当の命のやり取りである。にもかかわらず、思わず口元が緩んでしまっている自分に気づいて、ミカは自身に呆れてしまうのだった。




