【閑話】とんぼがえり
「辺境伯家の食客」も本日更新しております。よろしければご覧ください。
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「えぇっ、今度はスペインですか!?」
1936年7月上旬。大隊長に呼び出されたチベット陸軍カヤバ・ミカ・サカダワ大尉は、またもや海外に派遣されると聞いて仰天した。
「ああ。今向こうでは内戦が起きているだろ? 国粋派と共和派の争いと聞けば共和派の肩を持ちたくなるが、その共和派の中身は無政府主義者と共産主義者の巣窟だ。ダライ・ラマ猊下を頂くチベット王国にとって、共産主義思想の拡大は、後々我が国に重大な影響を与える可能性がある」
「という風にチベット政府が説得されたんですね? 日本辺りに」
上官の言葉に続けて、仏頂面をしているミカが言う。
「……そういうことだ。帰国したばかりで申し訳ないが、もう一度よろしく頼むよ」
「わかりました。謹んで拝命いたします」
あくまで平静を装う上官の命令を、ミカはしぶしぶといった調子で承諾した。きっと裏で手を引いているのは耀子だろう。あとで文句の一つでも手紙に書いて送りつけてやろうか。
「ありがとう。それでは、今回の反共義勇軍の体制についてだが……」
「で、結局いつもの3人でいくことになったってわけね」
その後の休日。ミカは営内の広場で、キナー・ツェテン・ダワ大尉や、オールコック・キャロリン・トーギャー大尉と軽食を囲んでいた。
「前も似たようなこと言った気がするけど、チベットは英雄を欲してるんだよ。最近まで国民国家じゃなかった地域を統治して、そこかしこで戦争が起こる時代を乗り越えるためにさ」
まるで西洋人みたいな容貌の──彼女の父親はイギリス人だから当然である──キャロがすかした態度で言う。
「たしかに、土豪に求心力がある村だと、村民に団結力があって物事が進みやすいからな。祭り上げられる側からすると、違和感がものすごいのだが」
自身もある村の名家出身であるツェダがキャロに同調した。
「そうなると、今回も死力を尽くして戦うというよりは、敵味方各国の胸を借りるつもりで経験を積みに行くつもりの方がよさそうだね。死んだら元も子もないし、死ぬ価値のある戦いでもないし」
いわば経験値稼ぎであるとミカが総括する。勝って得るものは最新の戦闘データ、負けて失うものは人命。人命とともに経験も失われるから、戦略的な勝敗よりも人的損害を抑えることの方が国益にかなうと言えた。
「いくら共産主義者に冷や水を浴びせるといったって、スペインは遠すぎるもんね」
「エチオピアの時もだいぶ距離があったのに、それよりさらに遠いからな。兵卒の士気にも気を配らねばなるまいよ」
「何の関係もない他国のために命を賭けることほど、気が滅入る行為はそう多くないだろうからね」
エチオピアの時はまだ「強大な外国の侵略に抵抗する弱小国」という構図にシンパシーを感じさせることができたが、スペインの場合は完全にただの内戦だ。しかも極右VS極左という構図でどちらも近寄りがたく、国民──当たり前の話だが、自国軍人は当然自国民でもある──の理解を得ることは難しいだろう。
「そうなると結局、国粋派を助けるというより、めまぐるしく変化する戦争を実際に体験し、のちの戦争に備える力を養うって感じになるのかな」
バター茶で練った焦がし麦を口に放り込みながらキャロが言った。
「そのほうがまだ皆やる気が出るだろう。緊張感が薄れてしまう可能性も否定できないが……」
「あと、欧州各国の装甲戦闘車両の視察や鹵獲! これは絶対外せないよね」
ツェダが悩ましげに発言した後、ミカが生き生きと意見を述べる。既にイタリアが自国の戦車部隊を派遣しているほか、イギリス、ドイツ、オーストリアも戦車を配備した義勇軍を用意する予定だとミカは聞かされていた。
「それはミカちゃんの趣味でしょ」
「タプチ工廠からも正式に依頼されてるんだよ。リバースエンジニアリングで、諸外国の技術を吸収しなくちゃ、自立した防衛力なんて夢のまた夢なんだから」
ミカの戦車好きを知る幼馴染のキャロが呆れた顔で指摘すると、言われた本人が熱心に反論する。
「チベットに列強の戦車を分析してコピーするほどの技術力なんてあったっけ?」
「そこはほら、私らが鹵獲した戦車を教材にして、これから強化していくべきじゃない?」
「……まあ、実益が勝る範囲にしておけよ」
ミカとキャロの議論を見て、ツェダはミカに形だけ忠告した。彼女は優秀な軍人である。自分の趣味のために同僚や部下の命を失わせることはないだろう。
その後、1個自走対空砲中隊が付属する戦車増強1個大隊が臨時に編成され、前日に少佐に昇進したツェダが大隊長に任命された。この「砂狐戦車大隊」は英領インドのチッタゴンに移動して、日本の義勇軍輸送船団に便乗。国粋派が確保している港町「ラ・コルーニャ」へと向かうのだった。




