隼という名の鴨
間が空いてすみません。昨日から連載を開始した新作(辺境伯家の食客 https://ncode.syosetu.com/n7555jm/)の準備をしていまして、更新が遅れてしまいました。短いですが、お楽しみいただけますの幸いです。
耀子たちが航空技術開発課に到着すると、堀越二郎以下設計陣が、顔を突き合わせて何かを議論しているところであった。
「そのブラケットの板厚は6mmでいいんですか?」
「はい、要求仕様から付加される荷重を計算し、構造計算で発生応力が材料強度の-3σ未満であることを確認しました」
堀越と部下が、とあるブラケットについて、板厚が十分であるかを検討している。
「変位量は?」
「周辺部品とのクリアランス未満であることは確認済みです」
「では、周辺部品が同時期に何mm変形するかは確認しましたか?」
「あ……」
「もう一度検討しなおしてください。おそらくこれと接触します」
「これが噂の『根堀越葉堀越』……」
設計根拠を念入りに確認する堀越を見て、文子は思わずそんなことをつぶやく。
「うひー、これたぶん板厚増やさないといけないやつだよね? そうなるとまた構造設計一からやり直しじゃない? エグいなあ……」
一方の耀子は実務者としてどれだけめんどくさいことになったかを想像し、堀越の部下に同情した。
「すみません堀越さん、"隼"双発案の進捗状況を聞きたいのですが」
話題の切れ目を狙って、文子がおずおずと堀越に切り出す。
「ん……? ああ、佐藤さんに山階さん。おはようございます」
「おはようございます堀越さん。エンジン重量が倍に増えたせいで、重心調整に苦労していると聞きましたが、大丈夫ですか?」
堀越が文子に返事をすると、耀子も自分たちの訪問理由を告げる。
「ああすみません。基礎検討はもう終わっていまして、今は各部品の設計を詰めているところなんです」
「あら、てっきり詰まっているものと思っていました。どんな感じになるのか見せてもらうことってできます?」
やっぱり史実の天才は仕事が速いなあと思いながら、耀子は何か設計内容がわかるものがないか尋ねる。
「それでしたらあっちの方に図面が貼ってありまして……」
そういって堀越は図面が広げてあるドラフターの前に耀子たちを案内する。
「ふんふん……主翼位置は後縁が尾部からはみ出るように後退、先尾翼は倍以上に増積してこれも位置を下げたと。胴体を延長して胴体燃料タンクを増積し、脚は三本とも短くして耐荷重を上げつつ軽量化したってところね」
耀子が改良点を列挙した通り、双発案の形状はより近代的なジェット機のそれに大きく改良されていた。単発案の形状が架空戦記でよく見かける「震電改」に近いものだったことを考えると、堀越自身も先尾翼機を設計するコツみたいなものをつかんできたのかもしれない。
「……おおむねそんな感じですね。まあ、絵を描くだけならだれでもできるでしょうけど」
「描いた絵から物理的に成立する機械構造を考えるのが難しいんですもんね。そうすると、報告が上がってきていないのは、まだこの案でうまくいく確信が得られていないからですか?」
ここまで詳細な図面が描けているのに、どうして「設計に苦労している」のまま情報が更新されなかったのか耀子が問う。
「はい。今回の設計変更は改良点が多く、重心や空力中心の位置をはじめとして、飛行特性が大幅に変わることはほぼ確実です。それが終わった後も、各部品の配置や重量が目論見通りいかず、計画の変更を迫られることがあります」
「まあ確かに?」
「飛行機は軽量化のためにかなり攻めた設計をしなければいけませんから、一か所の些細な変更が全体に波及し、酷いときには全部やり直し、ということも、ないことはないのです」
「あ~」
「ですので、もう少し各部品の設計を詰めてからでないと、担当者として安心して報告することはできません」
普通なら中間報告が上がっているような進捗なのに何も言ってこなかったのは、堀越の完璧主義が故の事だった。小規模な作業が完了するたび、逐一方向性を他人に確認するやり方を好む耀子とは真逆の思想と言える。
「なるほどねえ……ミスリードしないように仕上がったものだけを報告したかったんだろうけど……やりかけのところも逐一報告してくれた方が私は嬉しいなあ」
「はあ……」
そういって耀子はやんわりと完璧主義を改めるよう堀越に促すが、正直厳しいだろうなと思った。
というのも、最近きな臭いせいで軍用機の需要は高まっており、軍需主体の帝国人繊は誰も彼も忙しいのである。当然、堀越の直属の上司に当たる伊藤音次郎やそのさらに上司である奈良原三次も例外ではない。
(完璧主義は堀越さん自身の性格的なところもあるけど、頻繁に報連相できるほど上司に余力がないのもきっとあるんだろうなあ……)
耀子の仕事の仕方は確かに良いものを少ない手戻りで作れるが、上司の労力が増大する欠点がある。耀子自身は「それこそが上司の仕事であるべきだ」と思っているが、理想だけで会社が回れば苦労はない。
その点、堀越のように極力自力で対応し、進捗状況をトリガーとして状況報告を行うやり方は、上司に報連相する回数を削減でき、上司の負荷は下がる。常人がやれば誤った仕事をする可能性が爆増するが、幸か不幸か堀越は天才なので、そういうこともまずない。
「とりあえず、状況はわかりましたので安心できました。このまま進めて、また定期的に状況を奈良原さんに打ち上げてあげてください」
「わかりました」
あんまり社長である自分が長居しても周りが委縮するかなと思い、耀子は文子を連れて航空技術開発課を後にするのだった。
前書きでも書きましたが、新作の投稿を開始しています。今回は今はやりのファンタジー戦記物です。
辺境伯家の食客~山奥の領邦を見事に近代化する裏ワザ~
https://ncode.syosetu.com/n7555jm/
「鷹司耀子の帝都転生」とは少々毛色が違いますが、よろしければ御笑覧ください。