多摩川4R「日本輪業杯」
前走は耀子視点で本田の走りを見たので、今度は本田視点から耀子たちの走りを見ます。
第2レースを圧勝した本田宗一郎と弁二郎は、レース後にマシンの点検を済ませると、急いで多摩川スピードウェイのコース脇へと向かった。
「あーあ、えれぇ時間食っちまったな。あと5周くらいしか残ってねえら」
「だけんど、決勝杯で故障して棄権するわけにもいかないら?」
多摩川スピードウェイはコース長は1周1200m。スピードの出やすいオーバルコースであるため、1周するのに70秒もかからない。
第3レースが10周しかない石川島杯だったため、20分もかからずにフィニッシュしてしまった。いくら総一郎の腕が良くても、この短時間でマシンを隅々までチェックすることは不可能である。このため、第4レースが始まってからも点検作業を切り上げることができず、レース序盤を見ることができなかったのだった。
「お、まだやってるな」
宗一郎たちがコース上を見ると、周りと比べて明らかに小さい車が、ものすごい速さで周回している。
帝国人造繊維 LC11S改 "ウィズキッド・インディ"
乗車定員:2名
車体構造:鋼製モノコック
ボディタイプ:3ドアファストバックセダン
エンジン:くろがね重工業 "B015C改" ユニフロー掃気2ストローク水冷直列3気筒直打OHC
最高出力:127hp/6000rpm
最大トルク:15.9kgm/4000rpm
駆動方式:RR
サスペンション
前:ダブルウィッシュボーン縦置きトーションバー独立懸架
後:セミトレーリングアーム横置きトーションバー独立懸架
全長:3290mm
全幅:1490mm
全高:1260mm
ホイールベース:2100mm
車両重量:620kg
ブレーキ 前:ベンチレーテッド・ディスク 後:リーディング・トレーリング
「あのウィズキッドか!? 兄ちゃん!」
「ああ! あの車でこのクラスに出ようなんて酔狂な奴、山階以外におらんだら!」
爆音に負けないように弁二郎が叫ぶと、宗一郎が叫び返す。日本輪業杯は無差別級ということで、帝国人繊チーム以外はみな大排気量の外車か、国産でもグロリアのような高級車を走らせていたから、彼女たちが今どのあたりを走っているのかは簡単に識別することができた。
「なんか飛行機の翼みたいなのついてんな!」
「あんなのついてたら地面から浮いちまって、タイヤが滑っちまいそうだ!」
もちろん、ウィズキッド・インディのエアロパーツは下向きの揚力を発生させるために取り付けられているので、むしろ車体を路面に押し付け、大きなグリップ力を発生させる効果がある。
「でも兄ちゃん! あのウィズキッド、地面に吸い付くようにコーナーを回ってくぞ!」
「そうだな! ……ひょっとして、飛行機の翼を逆につけてんのか!?」
1930年代はようやく車体の空気抵抗削減を意識し出したばかりの頃なので、ダウンフォースを稼ぐことまで考慮した帝国人繊マシンの空力設計は、史実を30年は先取りする先進的なものだった。本田兄弟がその設計意図を理解するまで時間がかかったのも、無理からぬことである。
「翼を逆に!?」
「飛行機の翼は上に浮き上がらせる力が出るだら!? なら、逆向きにつければ下向きに押し付ける力が働くんじゃねえかな!」
「なるほど! 飛行機屋さんは考えることが違えな!」
観察している間にも、2台のウィズキッドは他車をグングン追い越しながら、周回を重ねていく。そして、そして、本田兄弟がレースを見始めてから5周でウィズキッド達はチェッカーフラッグを受け、1周軽く流した後ピットに入っていった。コース上には依然として多数の車が残っているので、3着以下が全員周回遅れになっているようである。
「ほんとに5周しか残ってなかったな!」
宗一郎が目を輝かせながら弁二郎に叫ぶ。冒頭の「もう5周も残ってない」は何の根拠もなくテキトーに話しただけであって、まさか本当に観戦を始めてから5周で帝国人繊の車がゴールインするとは思わなかったのだ。
「思った以上に帝国人繊の車は速そうだよ! 俺たちで勝てるかな!」
「勝てるかじゃねえよ! 勝つんだよ! ……いやあ、面白くなってきたぜ」
正直なところ、ウィズキッド・インディの圧倒的なコーナリングスピードを見るに、宗一郎は自分たちの勝率が良くないような気がしている。しかし、ライバルが強いほど、レースは自分たちを技術者として大いに成長させてくれるのだ。たとえ負けたとしても、今日の経験はいつか必ず役に立つであろう確信がある。
例えば将来、豊田式織機や日本産業、そしてくろがね重工業と並び立つ、自動車メーカーへと転身できた時とかに。
1周1200mって、その辺のミニサーキットぐらいのコース長ですよね。オーバルじゃなくてヨーロピアンなグネグネコースのほうが、私好みではあったりします。そうしたら、1500mくらいの長さにはできたのかな。
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