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昭和維新の後始末

お待たせしました。出張が無事に終わったので更新再会します。

史実では陸軍技術本部第5部の創設は1940年のようですが、一次大戦から装甲戦闘車両を運用している日本軍で第5部の創設がそんな遅いわけがないので前倒ししました。

 東京市小石川区小石川町の陸軍技術本部。その第5部部長を務める鷹司信煕は、妹の山階耀子以下3名の訪問を受けていた。


「戦闘って本当にお金がかかるんですね……」

「また今更な話だな……この前の帝都不祥事件で賊軍と打ち合ったら、思いのほか金がかかって困っている、というところか?」


 心底うんざりといった様子で耀子が愚痴ると、信煕がぶっきらぼうに返す。


「そうなんですよ~。最近知ったんですが、.32ACP弾1発って、かつ丼と同じくらいするんですよね。1マガジンじゃなくて1発ですよ1発。それを何百発も気持ちよく打ったもんだからものすごい出費なんです……」

「下は平民から上は天皇陛下まで、本当に様々な方から見舞金をいただきましたけど、赤字を埋め合わせるには至らず……」


 二・二六事件後、帝国人繊には多くの激励文と見舞金が寄せられ、警備課や秘書課に入る方法の問い合わせが殺到した。特に、帝国人繊の樹脂・繊維材料の工場──昔は航空機の組み立て工場もあったが、手狭になったので奥羽本線神町駅西側に移転した──のある米沢市では「祝 帝国人造繊維秘書課 賊軍撃退」の横断幕が掲げられ、連日お祭り騒ぎが繰り広げられている。


 とはいえ、庶民の財力なんてたかが知れているし、50人以上の()()()()()が発生したため、冒頭で耀子が言った弾薬費と死傷者への損害賠償で、見舞金は片っ端から消えていった。二・二六事件に備えて買いあさった銃器は、テロに備えて重武装化を志向する警視庁に買い取ってもらったが、それでもやっぱり出費を賄うまでには至っていない。


「文子さんもあちこちに引っ張りだこで、有休がめちゃくちゃ削られてたんだよね」

「まあ、秘書課(うち)は東北士族の娘さんが多数を占めていますから、『戊辰戦争で賊軍になった我が一族の者が、二・二六事件で賊軍を打ち取ったぞ!』って大騒ぎになるのもやむを得ないと思いますよ」


 会社重役のそばで雑務をこなす秘書課は、もともと耀子の東北大在学中の護衛として連れてこられた文子のために作られた部署である。その性質上、身元がしっかりしており、荒事にも耐性のある女性を選ぶ必要があるため、自然と士族令嬢、特に東北諸藩士族の娘が大部分を占めるようになった。


「なるほどなあ。それで、本題は?」

「そうでした。相談したいのは警備部の装備する火器についてです」

「……警備部に銃を装備させるのか。それはちょっと過剰防衛じゃないか? いやでも、この前の事件があったばかりだしなあ……」


 そう言って信煕は腕を組んで考え込む。史実の流れであれば、政府要人を狙うテロ行為は、今後しばらく発生しないことを耀子は知っているし、信煕もそれを聞かされている。しかし、文子秘書課長や阪田警備課長は、またいつか今回のような銃撃戦を行わなければならない時が来ると思っているし、史実を知らない彼らがそう考えるのもまた当然のことだ。


「それで、どのような銃器を採用すべきか、秘書課と警備課で意見が分かれていまして……」


 一応、史実通りこの世界の日本では銃規制が緩く、銃の所持や移転などには届け出が必要である。とはいえ、基本的に受理されるものであるからそんなに厳しいものではなく、先の二・二六事件でもやったように、公的機関ではない帝国人造繊維でも銃を持つことができた。


「警備課としては、9mmモーゼル仕様のC96を導入したいと考えております。先の事件では、連射機能を持つシュネルフォイヤーが、賊軍の突撃に対して極めて有効に働きました。回転式拳銃に連射機能と大容量の弾倉を持たせることは不可能です。今後、凶悪事件への対抗を考慮するなら、連射機能をもつ拳銃の装備は不可欠だと考えます」


 警備課として戦闘力を重視する阪田は、強力な自動式拳銃の導入を主張する。


「秘書課としては、S&W M27(.357マグナム)を推薦します。現在弊社では人体用及び車両用防弾装備の性能目標として『.357マグナム弾の貫通を許さないこと』が標準となっており、工場の抜き取り検査でも、.357マグナム弾での実弾射撃が盛り込まれております。このため、工場や研究所と弾薬を共通化でき、経費削減が見込むことができるのです」


 秘書課として会社の経営も考慮する文子は、現在工場で使われている.357マグナムを使用するほぼ唯一の拳銃M27──当時は単に「.357マグナム」「レジスタードマグナム」などと呼ばれていた──の導入を主張した。


「じゃあ阪田殿から聞くが、先ほど佐藤さんが述べたように、御社では.357マグナムが防弾性能の基準として扱われているそうだな。陸軍でも複数種の弾薬の補給は常に頭を悩ませているところだが、弾薬なんて訓練でもほとんど使わない御社で、複数の拳銃弾薬を使うのは無駄ではないか?」

「それに関してはおっしゃる通りです。ですので、この9mmモーゼル弾の強装弾を開発し、.357マグナムに匹敵する威力を持たせて、.357マグナム弾から切り替える方針です」


 信煕からのコスト面の質問に対して、阪田は弾薬を併存させるのではなく、切り替えることで対処すると回答する。


「……まあ、できなくはなさそうだな……では佐藤さんに聞くが、回転式拳銃では連射能力を持たせられないだろう。先の事件では連射能力を持つ拳銃が活躍していたが、不要と考えるのはなぜだ?」

「分不相応だからです。弊社の業務は材料開発と、開発した材料を用いた製品の開発であって、要人警護ではありません。また、先の事件では要人襲撃に正規軍に準ずる勢力からあれだけの人数が投入されることが異常であり、我々民間企業で対応を考慮すべきではありませんでした。ですから、敵対勢力の暴力に対して抵抗できることが必要なのであって、圧倒できる必要はないと考えます」


 回転式拳銃では火力不足なのではないかという質問に対して、文子は「うちは軍隊じゃないぞ」と回答した。


「まあ、そうなるよな……俺から見ても、.357マグナムで十分というか、工場や研究所との弾薬の共通化というお題目がなければ、それですら威力過剰だと思うぞ」

「まあね~。でも、弾薬って賞味期限あるから、買ったら使わないといけないでしょう? それなら新品は警備課に持ってもらって、そろそろ期限が切れる弾薬を工場や研究所で使えれば、無駄が少ないかなと思ったんですよ」


 ほっとしたような表情で話す耀子と対照的に、阪田の表情は変わらない。阪田も無茶を言っている自覚はあったのか、情報部で培われたポーカーフェイスを発揮しているのか、いずれにせよ、特に落胆した様子は見せなかった。


「ところで、秘書課の拳銃は選定しないのか?」

「あっちは前と変わらず、射撃訓練だけして銃器の常備はしないことにしました。今も護衛傘がありますしね」


 秘書課内でも、FN ブローニング M1910あたりを装備したいという声が上がってはいる。とはいえ、警備課よりももっと「不審者」に対応する機会の少ない秘書課では不要ということになり、従来通りGFRP製白兵戦用大型日傘「護衛傘」のみを常備することとなった。


「……とまあ、そういうわけなので、俺としてはS&W .357マグナムを薦めるぞ。本当は九四式拳銃あたりを買ってくれると嬉しいんだが、耀子の大好きな『部品共用』をお題目にされたらどうにもならないしな……」

「ジャッジありがとうございました。ごめんね阪田さん、採用できなくて」

「いえいえ、これも仕事ですからね」


 こうして帝国人造繊維警備課の装備拳銃については一応の決着を見て、S&W M27の6 1/2インチバレルモデルが採用されることとなった。最初は米国から輸入していたが、くろがね重工業での内製化も試みられ、さらには内筒にアラミド繊維を巻きしめて銃身にする「FRP銃身」の研究もおこなわれるなど、帝国人繊グループにおける「基準拳銃」として、今日に至るまで様々な活用がなされている。

今回も結構いろんな人に意見を聞いて回りました。ご協力ありがとうございました。帝国人繊神町工場の話も、そのうち書けたらなあと思っています。


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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

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