【閑話】死んだり生き返ったりするエンジン-2
ミステリー()編、回答です。走っているとすぐに1気筒だけ死んでしまうジムニー。果たしてどこが悪かったのか……?
「まず、実験するまでもなくあり得ないものから除外していきましょう。耀くんはどれがあり得ないと思う?」
二人で書いた故障の木を見ながら、母はあえて息子に問いかける。
1気筒失火する
├空燃比が濃すぎて燃焼しない
│ ├エアスクリューを閉めすぎている
│ └スロージェットやメインジェットの番手が大きすぎる
├空燃比が薄すぎて燃焼しない
│ ├エアスクリューを開けすぎている
│ ├スロージェットやメインジェットの番手が小さすぎる
│ ├スロージェットやメインジェットが目詰まりしている
│ └二次エアを吸っている
├燃料がエンジンまで来ていない
│ ├燃料ポンプが止まっている
│ ├燃料系統に漏れがある
│ ├燃料系統が詰まっている
│ └ガス欠
├点火プラグから火花が飛んでいない
│ ├点火プラグが故障している
│ ├プラグコードが断線している
│ ├ディストリビューターが故障している
│ ├ポイントが故障している
│ ├イグニッションコイルが故障している
│ └点火系のヒューズが飛んでいる
└圧縮が抜けている
├ヘッドガスケットが抜けている
└ピストンリングが破損している
「まず、『燃料がエンジンまで来ていない』は除外できると思います。B010Aの燃料系統は1系統しかないので、ここに書かれている不具合が起きれば、2気筒同時に止まってしまうはずです。実際には一度に1気筒しか死んでいませんから、この4つは否定できると思います」
「正解ね。他には?」
該当箇所にバツ印を付けながら、耀子は続きを促した。
「それから……空燃比がらみのも否定できませんか? 今までは大した故障なく走っていたことを考えると、キャブレターを分解整備したことはなく、したがって季節ごとに調整するエアスクリューぐらいしか、新車時からいじってないと思います。そのエアスクリューも、さきほど調整しても効果がないことがわかりましたので、消していいのではないでしょうか」
「私も同意見ね。圧縮を見るのはさすがにうちの設備じゃできないから、そうなると今から確認すべきなのは電気系統ってことになる」
1気筒失火する
├点火プラグから火花が飛んでいない
│ ├点火プラグが故障している
│ ├プラグコードが断線している
│ ├ディストリビューターが故障している
│ ├ポイントが故障している
│ ├イグニッションコイルが故障している
│ └点火系のヒューズが飛んでいる
「プラグがかぶっていることに注目してしまうと、燃料系統を疑ってしまいますが、こうして整理すると、回り道せずに原因を絞り込むことができるんですね」
「そういうこと。便利でしょ」
そういいながら耀子はさっそく作業に取り掛かる。まずキーをONにしてから点火プラグを取り外した後、プラグに再度プラグコードを取り付け、プラグのねじ部をシリンダーブロックに触れさせた。
「このままプーリーを回していくと、シリンダーブロックでアースされているプラグに火花が飛ぶはず、ってわけ」
「へぇ~……」
いつも通りどこから知識を得ているのかよくわからない母親に息子が感心していると、プラグの電極に火花が飛んだ。もう片方のシリンダーのプラグにも同様のことを行い、やっぱりちゃんと火花が飛ぶことを確認する。
「……あれ、この方法で火花がちゃんと飛ぶということは、全部消えちゃうんじゃないですか?」
「まだ点火プラグが正常であることを確認できただけよ。運転しているときの振動で不具合が出ることもあるから、ほかの部位は導通を確認してみないとわからないわ」
そういいながら点火プラグをシリンダーに戻し、キーをオフにした耀子は工具箱からテスターを取り出した。
「これで1個ずつ抵抗値を確認していきましょう」
そういって息子に手伝わせながら、耀子は各部品の抵抗値を測定していく。
「プラグコードは……んー、壊れてはいないけど、そろそろ交換した方がいいかもね」
「ディストリビューターは……スケールがついているだけね。マイナスドライバーで掃除しましょう」
「ポイントも……表面が酸化しているだけっぽいわね。ヤスリで磨きましょうか」
「イグニッションコイルも、問題なし、っと……」
途中、ディストリビューターやポイントの電極を掃除しつつ、抵抗値を測っていったが、少なくとも壊れていそうな部品はなかった。
「そうなると、ヒューズですか? でも、ヒューズが壊れてたら、電気系統はうんともすんとも言わなくなりますよね」
「そうねえ……でも『あり得ないものをすべて消していった』結果、残ったのがこれだから……あ」
そういいながらヒューズボックスを開けた耀子は、とある異変に気付く。
「ほら、これ、見える?」
「ん……? あ、この板ヒューズだけすごく細くなっていますね」
「ね。ヒューズってこんな中途半端な切れ方するんだ……」
点火系に入っている長さ15mm程度の板ヒューズが中途半端にちぎれかかっていたのだ。
「とりあえず、これを交換しましょう」
そういって耀子が板ヒューズを止めているねじを外すと、板ヒューズは完全にちぎれて地面に落ちてしまった。
「なるほどね……つまり、点火系の板ヒューズが中途半端にちぎれた。完全には切れていなかったので一応導通していたんだけど、車体の振動で断続的に断線するようになった。断線と点火タイミングが重なると点火できないので、燃料でびしょびしょになったプラグがかぶってしまい、そのまま1気筒死んでしまうことが起きた、ということだったんだろうね」
「はぇ~……これは普通に修理しようとしたら気付けないかも……」
感心している息子をよそに、母は板ヒューズを交換し、後片付けを始める。
「……よし、復旧作業が終わったら、もう一回走りに行きましょう」
「はい」
再び公道を走れる状態に戻したジムニーに乗り込み、二人は自宅周辺をぐるぐると走り回った。15分以上走行していても異常は起きず、むしろデスビやポイントの電極を清掃したおかげで、前よりも調子は良くなったようである。
「これは直ったとみていいんですかね」
「まーいいんじゃない? とりあえず、しばらく私はジムニーを出勤に使うようにして、様子を見ることにするよ」
この日から1週間ほど耀子は通勤と送迎にジムニーを使っていたが、エンジンに異常が発生することはなかった。経営者として社員を率い、技術者として製品を開発する母親が、工員として製品を整備することまでできることに、息子はますます尊敬の念を強めるのだった。
というわけで正解は「ヒューズが切れかけていた」でした。ヒューズという部品に「切れかけている」という状態が存在するのが想定しづらく、原因を特定するのが難しい事例だったかと思います。
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