表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

233/258

【閑話】死んだり生き返ったりするエンジン-2

ミステリー()編、回答です。走っているとすぐに1気筒だけ死んでしまうジムニー。果たしてどこが悪かったのか……?

「まず、実験するまでもなくあり得ないものから除外していきましょう。耀(てる)くんはどれがあり得ないと思う?」


 二人で書いた故障の木(Fault Tree)を見ながら、母はあえて息子に問いかける。


1気筒失火する

├空燃比が濃すぎて燃焼しない

│ ├エアスクリューを閉めすぎている

│ └スロージェットやメインジェットの番手が大きすぎる

├空燃比が薄すぎて燃焼しない

│ ├エアスクリューを開けすぎている

│ ├スロージェットやメインジェットの番手が小さすぎる

│ ├スロージェットやメインジェットが目詰まりしている

│ └二次エアを吸っている

├燃料がエンジンまで来ていない

│ ├燃料ポンプが止まっている

│ ├燃料系統に漏れ(リーク)がある

│ ├燃料系統が詰まっている

│ └ガス欠

├点火プラグから火花が飛んでいない

│ ├点火プラグが故障している

│ ├プラグコードが断線している

│ ├ディストリビューターが故障している

│ ├ポイントが故障している

│ ├イグニッションコイルが故障している

│ └点火系のヒューズが飛んでいる

└圧縮が抜けている

  ├ヘッドガスケットが抜けている

  └ピストンリングが破損している


「まず、『燃料がエンジンまで来ていない』は除外できると思います。B010Aの燃料系統は1系統しかないので、ここに書かれている不具合が起きれば、2気筒同時に止まってしまうはずです。実際には一度に1気筒しか死んでいませんから、この4つは否定できると思います」

「正解ね。他には?」


 該当箇所にバツ印を付けながら、耀子は続きを促した。


「それから……空燃比がらみのも否定できませんか? 今までは大した故障なく走っていたことを考えると、キャブレターを分解整備したことはなく、したがって季節ごとに調整するエアスクリューぐらいしか、新車時からいじってないと思います。そのエアスクリューも、さきほど調整しても効果がないことがわかりましたので、消していいのではないでしょうか」

「私も同意見ね。圧縮を見るのはさすがにうちの設備じゃできないから、そうなると今から確認すべきなのは電気系統ってことになる」


1気筒失火する

├点火プラグから火花が飛んでいない

│ ├点火プラグが故障している

│ ├プラグコードが断線している

│ ├ディストリビューターが故障している

│ ├ポイントが故障している

│ ├イグニッションコイルが故障している

│ └点火系のヒューズが飛んでいる


「プラグがかぶっていることに注目してしまうと、燃料系統を疑ってしまいますが、こうして整理すると、回り道せずに原因を絞り込むことができるんですね」

「そういうこと。便利でしょ」


 そういいながら耀子はさっそく作業に取り掛かる。まずキーをONにしてから点火プラグを取り外した後、プラグに再度プラグコードを取り付け、プラグのねじ部をシリンダーブロックに触れさせた。


「このままプーリーを回していくと、シリンダーブロックでアースされているプラグに火花が飛ぶはず、ってわけ」

「へぇ~……」


 いつも通りどこから知識を得ているのかよくわからない母親に息子が感心していると、プラグの電極に火花が飛んだ。もう片方のシリンダーのプラグにも同様のことを行い、やっぱりちゃんと火花が飛ぶことを確認する。


「……あれ、この方法で火花がちゃんと飛ぶということは、全部消えちゃうんじゃないですか?」

「まだ点火プラグが正常であることを確認できただけよ。運転しているときの振動で不具合が出ることもあるから、ほかの部位は導通を確認してみないとわからないわ」


 そういいながら点火プラグをシリンダーに戻し、キーをオフにした耀子は工具箱からテスターを取り出した。


「これで1個ずつ抵抗値を確認していきましょう」


 そういって息子に手伝わせながら、耀子は各部品の抵抗値を測定していく。


「プラグコードは……んー、壊れてはいないけど、そろそろ交換した方がいいかもね」


ディストリビューター(デスビ)は……スケールがついているだけね。マイナスドライバーで掃除しましょう」


「ポイントも……表面が酸化しているだけっぽいわね。ヤスリで磨きましょうか」


「イグニッションコイルも、問題なし、っと……」


 途中、ディストリビューターやポイントの電極を掃除しつつ、抵抗値を測っていったが、少なくとも壊れていそうな部品はなかった。


「そうなると、ヒューズですか? でも、ヒューズが壊れてたら、電気系統はうんともすんとも言わなくなりますよね」

「そうねえ……でも『あり得ないものをすべて消していった』結果、残ったのがこれだから……あ」


 そういいながらヒューズボックスを開けた耀子は、とある異変に気付く。


「ほら、これ、見える?」

「ん……? あ、この板ヒューズだけすごく細くなっていますね」

「ね。ヒューズってこんな中途半端な切れ方するんだ……」


 点火系に入っている長さ15mm程度の板ヒューズが中途半端にちぎれかかっていたのだ。


「とりあえず、これを交換しましょう」


 そういって耀子が板ヒューズを止めているねじを外すと、板ヒューズは完全にちぎれて地面に落ちてしまった。


「なるほどね……つまり、点火系の板ヒューズが中途半端にちぎれた。完全には切れていなかったので一応導通していたんだけど、車体の振動で断続的に断線するようになった。断線と点火タイミングが重なると点火できないので、燃料でびしょびしょになったプラグがかぶってしまい、そのまま1気筒死んでしまうことが起きた、ということだったんだろうね」

「はぇ~……これは普通に修理しようとしたら気付けないかも……」


 感心している息子をよそに、母は板ヒューズを交換し、後片付けを始める。


「……よし、復旧作業が終わったら、もう一回走りに行きましょう」

「はい」


 再び公道を走れる状態に戻したジムニーに乗り込み、二人は自宅周辺をぐるぐると走り回った。15分以上走行していても異常は起きず、むしろデスビやポイントの電極を清掃したおかげで、前よりも調子は良くなったようである。


「これは直ったとみていいんですかね」

「まーいいんじゃない? とりあえず、しばらく私はジムニーを出勤に使うようにして、様子を見ることにするよ」


 この日から1週間ほど耀子は通勤と送迎にジムニーを使っていたが、エンジンに異常が発生することはなかった。経営者として社員を率い、技術者として製品を開発する母親が、工員として製品を整備することまでできることに、息子はますます尊敬の念を強めるのだった。

というわけで正解は「ヒューズが切れかけていた」でした。ヒューズという部品に「切れかけている」という状態が存在するのが想定しづらく、原因を特定するのが難しい事例だったかと思います。


少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
これとめっちゃ似たような経験したことあります! 2スト原チャなのですが、ある日突然セルが回らずキーオンでうんともすんとも言わなくなったことがありました。電装廻りは原因の断定まで経る工程が多く、本当に…
電気関係は専門外なので違うかもしれませんが、自宅の前の電柱に設置されている巨大なヒューズが劣化していて、特定の部屋のコンセントが使えたり使えなかったりしたことがあります。自宅の配線やブレーカーには異常…
ぅわー、これ家電で起きたら泣き叫ぶほど厄介なクレーム…経年劣化のポジスタあたりで頻発しそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ