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アメリカの翼

まだまだアメリカの戦力分析は続きます。今回は航空編です。

「続いて、国清内戦でアメリカ軍が使用していた航空機についてお話します」


 車両の話がひと段落したところで、菅はアメリカの航空機について報告を始める。陸軍航空局の菅原が呼ばれていたのは、航空関係の有識者として意見をもらうためであった。


「我が国は陸海軍の航空機開発をほぼ統合しており、両軍合同で運営する『日本航空技術廠』の指導の下、自身で、あるいは帝国人繊などの民間企業に航空機を開発させています。そして、出来上がった機体の審査は陸軍と海軍が別々に行い、自軍に合わせた小規模な仕様変更を指示して採用するか、不採用とするかを決めます」


 史実の日本では陸海軍で似たような機体を別々のメーカーに開発させ、リソースを浪費していたことがよく知られている。このため、耀子とその父煕通は、軍で航空機の運用が始まったころから関係各所に働きかけ、前述の仕組みを整えていったのだった。


「一方、アメリカではいまだに陸海軍がそれぞれ独自の機体を開発させ、運用しています。このため、今回の報告で登場する機体は陸軍機であり、海軍機についての情報は得られませんでしたのでご了承ください」

「とはいえ、肝心の軍用機を開発するメーカーは陸海軍とも共通だから、技術力もそう大差ないだろう。特に単発機は、両軍ともに似たような性能の機体を運用しているとみて問題ないだろうな」


 菅が海軍機の情報がないことを報告すると、菅原はそれで特に問題ないというコメントを出す。


「では具体的な報告に移ります。お手元の資料をご覧ください。まず、戦闘機はP-26という固定脚の低翼単葉機を使用しておりました。固定武装は12.7mm機銃2挺、最高速度380km/hと、今となっては完全に旧式の機体です」


ボーイング P-26 "ピーシューター"

機体構造:低翼単葉、固定脚

 胴体:エポキシ樹脂系GFRPセミモノコック

 翼:楕円翼、エポキシ樹脂系GFRPセミモノコック

  フラップ:スプリットフラップ

乗員:1

全長:7.2 m

翼幅:8.5 m

乾燥重量:900 kg

全備重量:1290 kg

動力:プラット&ホイットニー R-1340 過給4ストローク空冷星型単列9気筒OHV2バルブ ×1

 離昇出力:600 hp

 公称出力:540 hp

最大速度:380 km/h

航続距離:580 km

実用上昇限度:8350 m

武装

ブローニング AN-M2 12.7mm 航空機関銃(機首固定)×2

 口径:12.7mm

 銃身長:910mm

 銃口初速:890m/s

 発射速度:800発/分


「中華民国軍の戦闘機に対抗できていたのか?あそこはロシアからI-153を買い付けていたと思うが」


 中華民国は世界恐慌に便乗し、経済的に困窮している相手の足元を見て、様々な兵器を購入することに成功している。ロシアのI-153もその時に購入されたことが確認されている兵器の1つで、複葉戦闘機ながら初期の単葉戦闘機を凌駕する性能を備えていた。


ポリカルポフ設計局 I-153

機体構造:複葉、引込脚

 胴体:鋼管羽布張り

 翼:楕円翼、ジェラルミンセミモノコック

  フラップ:スプリットフラップ

乗員:1

全長:6.2 m

翼幅:10.0 m

乾燥重量:1400 kg

全備重量:1800 kg

動力:シュベツォフ M-62 過給4ストローク空冷星型単列9気筒OHV2バルブ ×1

 離昇出力:1000 hp

 公称出力:850 hp

最大速度:425 km/h

航続距離:560 km

実用上昇限度:11000 m

武装

7.62mm ShKAS(機首固定)×4

 口径:7.62mm

 銃身長:750mm

 銃口初速:800m/s

 発射速度:1650発/分


「確かにI-153は全てにおいてP-26を凌駕しておりましたが、アメリカ側の方が練度で勝っておりました。このため、総合的には互角の戦いをしていたとのことです」

「アメリカ軍の操縦士はなかなかの練度を有しているということか?」


 少々意外そうに菅原が菅にたずねる。


「どちらかといえば、中華民国航空隊の練度がお粗末だったようです。盲目的に敵機の尻を追いかけることしかできないので、簡単に裏をかいて撃墜できたとか」

下手くそがよ(noob team)……」


 菅と菅原のやり取りを聞いていた耀子は、呆れのあまり久方ぶりにオンラインゲーム用語を口にした。 


「中華民国軍は複葉機を飛ばしているし、アメリカ軍の機体も旧式でしたので、我が軍の八七式戦闘機は気持ちよく活躍できたと聞いています」

「速度が違いすぎますからね。I-153の方がだいぶ重い分、長元坊も旋回性能では負けてないですし、ロールレートに至っては勝ってますので、どう料理してもおいしくいただけるでしょう」


 周りが旧式機ばかりだったため、日本から派遣した義勇航空隊が無双していたという情報を聞き、耀子は「そりゃそうでしょうよ」と言いたい気持ちを婉曲に表現する。


「こんな調子でしたので、アメリカでは現在新型戦闘機の開発を急いでいるとの情報が情報部から入ってきております。こちらは現在調査中ですので、何かわかり次第展開する予定です」

(この時期のアメリカ陸軍機というと、P-36かな? さっきのP-26のスペックを見ると、アメリカは既に全FRP機体の設計・製造技術を手に入れているようだし、史実より軽く仕上がるかもしれない。日本軍としてはP-40よりP-36の方が強敵だったという話もあるし、長元坊の2型ともいい勝負を()()()()()()かもしれないなあ)


 イギリスと違い、アメリカの企業に帝国人繊や東洋レーヨンがFRPの製造技術を供与したことはない。つまり、デュポンあたりが独力で製造技術を開発し、そこで作られたFRPを各航空機メーカーが採用しているのだろう。生産力だけでなく、技術力も一級品なのが、アメリカという仮想敵国の(たち)の悪いところであった。そんな国との戦争に勝つためには、「いい勝負」をしていてはじり貧になってしまうので、常に「快勝」できる状態にしていかないといけないのである。


「そして、中華民国との戦闘が長期化したことで、アメリカ本土から応援として飛来したのが、こちらのB-18です」


ダグラス B-18 "ボロ"

機体構造:中翼単葉、引込脚

 胴体:エポキシ樹脂系GFRPセミモノコック

 翼:楕円翼、エポキシ樹脂系GFRPセミモノコック

  フラップ:スプリットフラップ

乗員:6

全長:17.6 m

翼幅:27.3 m

乾燥重量:6900 kg

全備重量:10900 kg

動力:ライト R-1820 過給4ストローク空冷星型単列9気筒OHV2バルブ ×2

 離昇出力:1000 hp

 公称出力:850 hp

最大速度:348 km/h

航続距離:1580 km

実用上昇限度:8000 m

武装

 ブローニング AN-M2 12.7mm 航空機関銃(旋回)×3

 爆装2400kg


「なんだこの魚を飲み込んだペリカンみたいな飛行機は……たまげたなあ」


 お世辞にも美しいとは言えない双発機のスケッチを見て、耀子は思わず語録を引用した。


「この無理やりな造形は……何かベースとなる機体があって、それを爆撃機に改造したな?」

「はい、情報部からの情報も付き合わせたところ、おそらくダグラスDC-2が原型機と思われます」


 菅原がコクピットや主翼の造形を見て一から設計された機体ではないことを看破すると、菅がそれを肯定する。


「なんでこんなやっつけ仕事な機体を満州に? アメリカ人にとって、満州はその程度の価値しかないってこと?」

「それもありますし、満州に飛ばせる取り回しの良い双発重爆がB-18しかない、というのもありそうです。予算不足で新型機の開発になかなか着手できなかったようで……」


 この菅の言っている「新型機」が、後のB-17であった。車両でも問題になっていた陸軍の予算不足は当然航空機にも影響しており、P-36やB-17といった近代的な機体の開発予算が、国清内戦が始まるまでつかなかったのである。


「なるほどねえ……性能だけ見れば、いくら量産されても我が国の航空機の前では的同然って感じがしますが……」

「これから急いでこう言った機体を更新してくるだろうから、我々も油断せず新型機の開発とパイロットの錬成を続けるべきだろう。我が国もそうだが、航空機の発展は非常に速い。歩みを止めたら、追いつかれる」

「とはいえ、『少し前に彼らがいた位置』を知れたのは良かったと思います。未来位置は、元の位置と足の速さから導けますから」


 菅原のやや悲観的な見解に対応して、耀子は意図的に楽観的な意見を出した。日本の国力は限られている。あまり過剰に航空産業に投資して、地上戦力や艦船の開発・生産に影響を出すのは避けたかった。


「航空機については大体こんなところです。最後に一応配備数について付記しておきます。アメリカ軍機の大体の配備数はお手元の資料の通りでして、これは戦場の広さに対して不十分な機数であると言えます。アメリカ機のいくつかは清に払い下げられて清国陸軍航空隊で運用されているものもありますが、こちらも戦線の長さに対して数が少なく、性能も低いので、我が国の義勇航空隊の方がよほど戦場への影響力を持っていました」

「アメリカも存外お金持ってないんだなというのが知れて、多少は希望が持てましたね」


 満州地域での仮想敵となる中華民国がまともな航空戦力を持っていないから、アメリカも強力な航空部隊を満州に置いていないのだろう。それが耀子にとっては、たとえアメリカと言えど相手の戦力に応じて無駄な戦力を置かないようにしてコストを節約する必要があるというのが、かの国が絶対勝てないチート国家ではないことの証左のように見えて、多少は安心したのだった。

史実でもこの時期までのアメリカ軍機って結構しょぼくて、2、3年後にいきなり近代化するんですよね。やっぱり世界恐慌が影響していたんだと思います。

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
アメリカ軍機は史実+αとあまり変化ないけど既に12.7mm機銃採用してるのは日本の9.3mm機銃意識してるのかな
2024/11/05 22:41 退会済み
管理
この時代のアメリカの航空戦力は 「まだ、機体性能と操縦士の練度の違いから十分対応できる。ただし本気で来た場合の量は除く」 という所なのですね。 まあ、今回アメリカが「ハル・ノート」を突きつけるのは難し…
魚を飲み込んだペリカン…… 米パイロットが聞いたら怒るか爆笑するかのどちらかでしょうなw
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