高速戦車の必要性
前回の続きです。アメリカ軍は全力疾走する馬よりも早い戦車を運用していると聞いた耀子。日本にも必要かと兄に聞かれ、どう答えるのか。
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「一つ確認させていただいてもよろしいでしょうか」
60km/h以上の高速戦車が、日本に必要か聞かれた耀子は、回答する前に前提条件を確認する。
「なんだ?」
「今の我が国の仮想敵は、アメリカということでよろしいですよね? もし中華民国だったりロシアだったりすると、話がだいぶ変わってきますので」
「ああ。ロシアも中華民国も我が国との関係は険悪だが、どちらも我が国を苦しめられるような軍備は保有できていない。今の陸軍はアメリカを仮想敵と考えている」
1928年にロシア戦争があったことで、ロシアはその軍備を完膚なきまでに叩きのめされていた。さらに世界恐慌による追い打ちと共産主義勢力の台頭による政治的混乱により、現在はまともな軍事力を保持できていない。
「であれば……もしアメリカと戦争をする場合、アメリカ本土で戦うつもりがあるか。そこが焦点になると思います」
「本土で戦うつもりがあるかどうか……そうなると、太平洋の小島の取り合いで済ませるつもりならば?」
その先の議論の内容に察しがついた信煕は、合いの手を入れて耀子にその先を語るよう促す。
「要らないですね。その分装甲と火力を盛るべきです。あるいは登坂力もかな」
「島嶼戦では、防御側陣地に縦深がなく、大規模な機動を行うべき土地もない。だから、車両の最高速度を高めても有効に活用できないということだな」
「その通りです。一方、戦域がアメリカ本土まで移動した場合、あそこには広大な陸地が広がっていますから、高い最高速度にもある程度の価値が出てくるかと」
持論を展開しながら、耀子は「どこまで本気でアメリカと戦うつもりなのか」と問うように信煕の方を見つめた。
「それなら、我が軍にも快速戦車は必要ということになるな。日英同盟を維持したままアメリカと戦う場合、カナダに派兵する可能性がある。それに……」
「それに?」
「たとえハワイを落とそうとも、日本国民を逆恨みしている今のアメリカ人たちが降伏するとは思えない。間違いなく、アメリカ本土決戦は必要になる」
イギリスと共謀してアメリカの海軍力に重い枷をはめたワシントン海軍軍縮条約、世界恐慌の引き金となった日本企業(特に鈴木商店)の一斉空売り、投げ売りされた在清アメリカ資産を買いあさる日本企業、自動車などの関税を引き下げさせたのにもかかわらず対日輸出額にほとんど影響しなかった最近の貿易交渉など、ここ最近、日本はアメリカに対してうまく立ち回りすぎていた。
「1934年のアメリカ中間選挙は、積極財政と黄禍論を訴えた民主党の圧勝でしたからね。情報部も相当警戒を強めていますよ」
信煕に続けて菅晴次も、陸軍がアメリカとの戦争を警戒していることを耀子に伝える。
「現に、カーチス・ライトやグラマンといったアメリカの航空機製造会社も、民主党政権成立を見込んで設備投資を始めている。また、国清内戦で我が軍が飛ばしていた八七戦に刺激を受けて、米陸海軍も戦闘機開発を始めたらしい。まだ戦争に至るとは思えないが、そのための準備を始めているのは確かだ」
いままで地上兵器の話をしていたため発言がなかった菅原道大も、ここでアメリカの航空機業界が対日戦の準備をしていると言った。
「やっぱり、あの国とはいずれ雌雄を決しないといけないんでしょうね……」
今までもずっと「アメリカに勝利する」ことを目標に、数々の技術を先取りし、自社の競争力を高めてきた耀子。とはいえ、いざ現実にあの国との対立が深まっていると告げられると、不安はぬぐえないものがあった。自分の影響で日本が史実よりうまく立ち回るようになり、結果的にアメリカのヘイトを買いすぎてしまったというところもあるから、責任を感じてしまうところもある。
「外交で解決できればそれに越したことはないんだが、我々軍人は『そうできなかったとき』に備えるのが仕事だ。だからこそ、こうしてアメリカの軍備を分析する会議を開いているわけだしな」
「そういうわけですから、話を高速戦闘車に戻しましょう……手っ取り早く我が国がこの手の車両を手にするなら、九三式軽戦闘車を改良するのが近道に見えますがいかがでしょうか」
脱線した話を菅が元に戻し、九三式軽戦闘車を改良して高速化できないかと提案した。
「そうだな。帝国人繊C型発動機も、出力向上の余地があるし、減速比も見直してやれば60km/hには届くだろう」
「せっかくですから、高速仕様と局地戦仕様を組み替えられるようにしませんか? 装軌車両は駆動輪の歯数を変えることでファイナルギアレシオが変えられますから、野戦整備の範疇で最高速度と装甲を組み替えられるようにすると、使いやすいかもしれません」
信煕が技術的な見通しを立てると、耀子が島嶼戦でも使いやすいようにアイデアを出す。
「それは面白いな。是非試してみよう」
「では、我が国もアメリカのM1戦闘車を凌駕する高速戦闘車を試作し、評価することとします。詳細は追って詰めましょう」
これまでの九三式軽戦闘車は輸出向けの総合力に劣る戦闘車とみなされており、あまり注目されていなかった。今回の戦訓をきっかけに、この中途半端な車両を偵察戦車に生まれ変わらせる計画が動き出すことになる。
「ところで、だいぶ話を戻してもいいですか?」
「どうぞ」
九三式軽戦闘車の改良計画の話が一区切りついたところで、耀子が発言権を求めた。
「アメリカ軍輜重部隊の使用していたトラックはどのようなものでしたか? クライスラーあたりに統一されてましたか? それとも、民間市場の製品を雑多にかき集めた感じでしたか?」
「メーカーも車種も年代も複数の種類がありました。その時その時で一番『お得』に手に入る車両をまとめ買いしているようですね」
耀子の質問に菅が答える。軍専用のトラックを開発させる予算がないので、車種の統一ができていないのだ。
「もしかして、整備のやり方とか、パーツの融通とかで苦労していませんでしたか?」
「まさにその通りのことが書かれていますね。我が軍は今のところ石川島のエルフで統一されているので、このままこの状態を維持すべき、との提言がされています」
石川島重工自動車部の生産するエルフは、もとは帝国人繊(現くろがね)が開発、提供した「ジムニーコンポーネント」をベースに作られていたキャブオーバートラックである。現在は代変わりして設計も製造も石川島の物になっているが、それでも帝国人繊の影響は色濃く残っているし、いろんな部品がくろがねと共通の規格で作られているのだ。
ちなみに、チベット軍が使用するトラックは少し前まで帝国人繊時代に作られたジムニートラックに統一されていた。現在はキャブオーバー化され、より荷台面積が広くなっているくろがね キャリイへと更新が進められている。
「なるほど、アメリカ軍もなかなか大変なんですね……」
アメリカ海軍が日本海軍やイギリス海軍と熾烈な建艦競争を繰り広げていたこととのギャップがすさまじく、耀子は思わずアメリカ陸軍に同情してしまうのだった。
この世界のアメリカは一次大戦を経験していないので、なおさら陸軍を軽視する傾向が強そうです。
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