力の一端
レースが始まるまでしばらく時間がありますので、その間は本業の話に戻ります。
草レースに血道をあげることだけが耀子の仕事ではない。発動機部門を帝国人繊本体から切り離したものの、相変わらず「くろがね重工業の株主」として、陸軍の装備行政にかかわり続けている。
「本日は、国清内戦によって得られた米軍兵器の情報とそれらの分析についてお話しできればと思います」
陸軍兵器局の菅晴次が切り出したように、このときの議題は国清内戦で収集した米(陸)軍の兵器やその運用に関する情報とその分析結果であった。世界恐慌の影響で在清資産の大部分を売り払ってしまったアメリカは、清に対する影響力を大きく減退させてしまっているものの、それでも保護国ではあるために清国側に立って中華民国軍を迎え撃ったのである。
「あの国の最も恐ろしいところは莫大な資源と強大な生産力に裏付けされた物量なわけですけども、兵器自体の質が悪いわけではないのがロシアと違ってずるいところですよね」
「軍用車両の品質や運用が特に気になるな。我が国よりも早くモータリゼーションを迎えた国の、車両とその運用というものをぜひ詳述いただきたい」
耀子がアメリカ合衆国という国の軍事力に対する印象を述べ、信煕は今回の報告に対する期待感を示した。
「承知しました。ではそちらからお話していきましょう」
信煕のリクエストもあって、菅は軍用車両から報告を始める。
「まず真っ先にお伝えしておかねばならないところとして、かの国の清国駐屯連隊は、兵站の機械化を完了しておりました。すなわち、鉄道駅に集積された物資は全て馬匹ではなくトラックに積載され、各前線部隊に配送されていたとのことです」
「我が国でも近衛師団だけなら、歩兵はもちろん輜重部隊に至るまで完全機械化が達成されていたと思うが……?」
「理想の陸軍師団」のモデルケースとするべく、ロシア戦争終結後の動員解除に伴って余った機材をかき集めることで、日本陸軍も近衛師団の完全機械化を達成していた。歩兵は突撃車に乗って戦闘車の後に続き、火砲はジムニーなどに牽引されるか、搭載されて自走化され、補給物資はデポからエルフに積み込まれて前線に届けられる、史実では考えられないほど贅沢な機械化部隊である。
「清に駐留していた米軍戦力は、もともと日露戦争で我が国が譲渡させた満州鉄道を警備するための物。つまりは植民地警備部隊であり、それは今も変わっていません。つまり、二線級部隊だということです」
「菅殿は、二線級部隊ですら輜重部隊が機械化されているのだから、本土の一線級部隊の輜重部隊も機械化されているとみるべきだ、と言いたいのだな」
欧州大戦における日本軍機械化歩兵の電撃戦を端緒として、この世界では各国が陸軍の機械化に熱心に取り組んでいた。当然、欧州大戦に参戦していないアメリカも、その流行に乗っかっている。
「はい。この推測が情報部に調査していただいた結果と一致することも確認しております」
「あの国には腐るほど自動車がありますし、国土のわりに鉄道が未発達で物資集積所から部隊所在地までの距離が開きがちですからね。兵站の自動車化は切実な課題だったんでしょう」
菅が情報部の調査結果と自身の見解が一致していることを申し添えると、耀子はそれを支持するコメントを出した。
ただし、この場の全員が見落としていることであるが、アメリカが兵站を自動車化した本当の理由は「経費削減」である。牛飲馬食という言葉の通り、馬は大量の水と食料を要求するため、その維持に莫大な費用が掛かるのだ。アメリカのように石油が大量にとれ、自動車を量産できる国の場合、貨物自動車を導入する初期費用を考えても、馬を自動車に置き換えた方が安く上がるのである。
「ただ一方で、歩兵そのものの機械化は進んでないみたいですね。少なくとも清国駐屯連隊の歩兵は、前線では徒歩で移動していました。突撃車の配備も確認されておらず、騎兵中隊が少数の戦闘車を運用していただけだったようです」
「意外だな。広大な鉄道付属地を警備するために、突撃車も配備しているものだと思っていたが」
戦闘部隊の機械化が進んでいないという情報を聞いて、信煕が疑問を呈した。
「自動車は民間でも需要があるから、量産効果でコストが下がるけど、突撃車も戦闘車も軍でしか使わないから、数が出ないんでコストが高いんじゃないですか?」
「山階殿の言ったとおりのようです。アメリカは自身の脅威となる大国と陸続きになっていないため、陸軍は慢性的な予算不足に悩まされています。特に最近は世界恐慌の影響で軍事予算そのものが削減されていますから、新兵器の開発や装備の更新が思うように行えていないようですね」
耀子が推測を述べると、菅はアメリカ陸軍の厳しい台所事情を挙げて彼女の意見を肯定する。
「その様子だと、騎兵部隊が運用していたという戦闘車も、アメリカの生産力や技術力に見合ったものではなさそうだな」
「二線級部隊に配備されていた兵器ということを鑑みる必要はあるでしょうが、貧弱な兵器という評価は免れないものかと思われます。お手元の資料をご覧ください」
菅は信煕の言葉にこたえると、アメリカが満州で使用していた戦闘車について説明を始めた。
「こちらが米軍のM1戦闘車です。騎兵科によって威力偵察や歩兵直協に使用される戦闘車なんですが、特筆すべきはこの最高速度でしょう。軽種馬が全力で走っても追いつけないほどでしたので、少なくとも60km/h以上は確実に出ています」
ロックアイランド工廠 M1戦闘車
全長4.1m
全幅2.4m
全高2.3m
戦闘重量:9.1t
乗員数:4名(運転手、車長兼砲手、無線手、装填手)
主砲:37mm マックリーン自動砲
装甲
砲塔正面:13mm
砲塔側面:13mm
砲塔天蓋:6mm
砲塔背面:13mm
車体正面:16mm80°
車体側面:13mm90°
車体背面:6mm90°
車体上面:6mm
車体下面:非装甲
エンジン:コンチネンタル"W-670" 自然吸気4ストローク強制空冷星型7気筒OHV2バルブ 262hp
最高速度:72km/h
「うちの戦闘車は40km/h台が相場だから、1.5倍以上俊足だということか」
「そういうことになります。この速力と、主砲の速射力で中華民国軍を翻弄しておりました」
「ふーむ……耀子、我が軍にこの手の戦車は必要か?」
ひとしきり資料を眺めた後、信煕は耀子に、この手の快速戦車が日本軍に必要かを尋ねた。
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