多摩川スピードウェイ
たびたび感想欄で名前が出てくるあの人を出そうとしましたが、結局次の話に持ち越しになりました。
書籍版発売中です。詳しくは活動報告をご覧ください。よろしくお願いします。
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「全日本自動車競走大会?」
「はい。今度多摩川の河川敷に自動車用競走場ができますよね? あそこでやるんです」
ある日、耀子がいつも通り会社で書類を承認していると、秘書兼護衛の佐藤文子からそのような情報がもたらされた。
「へー。そんなものができるってことは、頑張って世の中に車を送り出してきたかいがあったってことかしら」
「実は去年も似たような名前の大会があったんですよ」
「あー……なんかそういう話を聞いたような……」
実は「全日本自動車競走選手権大会」が1934年に東京の晴海で行われている。月島四号地という名の埋め立て地に作った臨時のダートトラックを周回するコースで、パワーとスピードがモノを言う豪快なレースだった。
「今まではダートのオーバルコースだったので、うちには適性のある車がいなかったんです。でも、今回から舗装路になるってことで、くろがね重工業はエンパイアで出場するみたいですよ」
「確かに、ジムニーじゃ横転しちゃうし、ウィズキッドじゃパワー不足だもんね」
この世界のジムニーは20年近く前にラリー・モンテカルロで優勝した実績がある。しかし、このレースは峠道を走ることが多いためパワーより旋回性が求められたこと、ライバル車が全員二輪駆動だったため、積雪路面での走行速度が段違いだったことが原因であった。ひたすら速度を出して周回するオーバルコースでは、車高が高すぎて横転する危険がある。
くろがね重工業 SJ12W "ジムニー"
乗車定員:4名
車体構造:鋼製ラダーフレーム
ボディタイプ:3ドアワゴン
エンジン:くろがね重工業 "B010C" ユニフロー強制掃気2ストローク水冷直列2気筒直打OHC
最高出力:75hp/5000rpm
最大トルク:10.8kgm/3000rpm
駆動方式:パートタイム4WD
主変速機:前進5速後退1速フルシンクロメッシュ
副変速機:2H、4H、4L
サスペンション
(無印) 前:リーディングアーム縦置きリーフスプリング車軸懸架
後:トレーリングアーム縦置きリーフスプリング車軸懸架
モンテカルロ 前/後:ダブルウィッシュボーン横置きリーフスプリング独立懸架
全長:3550mm
全幅:1500mm
全高:1600mm
ホイールベース:2,250mm
車両重量:990kg
ブレーキ 前:ツーリーディング 後:リーディング・トレーリング
一方、ウィズキッドはコストを抑えるために、排気量が500ccしかない2軸バランサーシャフト付2ストローク単気筒エンジンを搭載しているため、単純にパワーが不足していた。
くろがね重工業 LC11S "ウィズキッド"
乗車定員:4名
車体構造:鋼製モノコック
ボディタイプ:3ドアファストバックセダン
エンジン:くろがね重工業 "B005C" ユニフロー強制掃気2ストローク水冷単気筒直打OHC
最高出力:37hp/5500rpm
最大トルク:4.9kgm/3500rpm
駆動方式:RR
サスペンション
前:ダブルウィッシュボーン縦置きトーションバー独立懸架
後:セミトレーリングアーム横置きトーションバー独立懸架
全長:3290mm
全幅:1290mm
全高:1260mm
ホイールベース:2100mm
車両重量:490kg
ブレーキ 前:ツーリーディング 後:リーディング・トレーリング
その点、日本産業に製造を委託しているエンパイア──日本産業にはグロリアの名でOEM供給され、豊田工業はセンチュリーの名でライセンス生産している──であれば、1500ccの3気筒エンジンを載せているので、パワーの伸びしろがある。それに、車高に対して車幅もあり、重心も低いから、高速でコーナリングしても横転はしづらいと考えられた。
くろがね重工業 RC11S ”エンパイア”
日本産業 A30 "グロリア"
豊田工業 BG10 "センチュリー"
乗車定員:6名(3名×2列)
車体構造:鋼製ペリメーターフレーム
ボディタイプ:4ドアセダン
エンジン:くろがね重工業 "B015C" ユニフロー掃気2ストローク水冷直列3気筒直打OHC
最高出力:102hp/5000rpm
最大トルク:14.7kgm/3000rpm
駆動方式:MR(エンジンは2列目座席下に配置)
主変速機:前進4速フルシンクロメッシュ
副変速機:前進2段後退1段遊星歯車式
サスペンション
前:ダブルウィッシュボーン縦置きトーションバー独立懸架
後:ダブルウィッシュボーン横置きリーフスプリング独立懸架(アッパーアームを板バネが兼任)
全長:4680mm
全幅:1690mm
全高:1545mm
車両重量:1390kg
ブレーキ 前:ソリッドディスク 後:リーディング・トレーリング
「私、またレースに出てみたいんですけど、さすがにレースのためだけにエンパイアを買うお金はないから、どうしようかなあって……」
「なるほどねー……レギュレーションはわかる?」
「え? とりあえず、レシプロエンジンでタイヤを駆動して走る四輪車であれば、なんだっていいと思いますけど……」
この時代にこの手の草レースに出てくる車両は、市販のフレーム車をベースにボディを新造し、エンジンを改造した専用車両である。
「それならどうにかなりそうですね。出ましょう」
「え、出るんですか?」
単なる与太話で済ませるつもりだった秘書は、思わず社長に聞き返してしまった。
「実はね、私もレース出てみたかったの。でもモンテカルロって外国だから、万が一のことがあるとまずかったし、あの時は日本も帝国人繊も盤石の体制ではなかったから……」
「やっぱり、そうだったんですね。耀子さん運転うまいですし、ラリー・モンテカルロにも自分で出たそうなそぶりを見せてましたから」
文子に自動車の運転を教えたのは、現在帝国人繊試験部長をしている滋野清武と、耀子である。耀子は前世でシュタイアープフ650TRを愛車としており、たまに草レースにも参加していた。
「だから私も出るよ。さーて、またスポンサーを集めてステッカー張らないとなー」
「あはは……」
ラリー・モンテカルロに出場するとき、帝国人繊は取引先から寄付を募り、スポンサードしてくれた会社のロゴを車体にこれでもかと貼っている。そのため、ボンネットを見ないとジムニーがどこの会社の車かわからない状態になってしまったことを思い出し、文子は苦笑した。
明くる日、耀子は文子を連れて試作部に赴いていた。
「ええ!? B015Cをウィズキッドに載せるんですか!?」
「はい。そうしないと勝てませんので」
B015Cは高級車であるエンパイアのエンジンで、ウィズキッドのB005Cと比較して3倍の排気量がある。当然、体積も3倍であるから、そんなエンジンがリアに載るのかと試作課長が驚愕するのは、至極当然のことだった。
「いや、載るのはわかりますよ? お書きいただいた図面の通りに、補器類の配置を変えてやれば、どうやらエンジンルームの幅方向と奥行き方向には収まりそうです。高さは少しはみ出ますが、まあこれはラゲッジルームのふたの形状を変えるか、どうせレース車ですから無くしてしまっても構わんでしょう。しかしそもそも……」
「もともと490kgしかない車体に三倍の排気量のエンジンを付けてまともに走れるのかってことよね」
耀子が食い気味に確認すると、試作課長は無言でうなずいた。
「お察しの通り、エンジンを変えただけで車体はそのままだと、とんでもない暴れ馬になって明後日の方向にすっ飛んでいくでしょう。だからその対策も合わせてお願いするわね」
そういって耀子が別の図面と要求仕様書を取り出して試作課長に見せる。
「……はーなるほど。これだけやればどうにかなるような気はしないこともない……」
彼は書類に示された改造内容をしげしげと眺め、悩んだ末に耀子達の依頼を受けることに決めた。
滋野清武は史実ですととっくに病没していますが、この世界線では生存していることにしました。
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