海の狼
世間は鳥人間コンテストの真っ最中ですが、今回の話は海に深く潜る話です。とはいえ、例によって樹脂複合材料が絡むところは、あの大会と共通しているかもしれません。
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魚雷の気室をFRP化し、魚雷の驚異的な低コスト化と軽量化を達成した播磨造船所。次に海軍から依頼されたのは、高い水中速力を持つ涙滴型潜水艦の建造であった。
「魚雷づくりの次は、人が乗れる魚雷を作るのか……」
「本当に『人が乗れる魚雷』にすると、そのまま敵艦に向かって突っ込むことになってしまうから、ちゃんと『魚雷型の潜水艦』にしてくださいね……?」
播磨造船所技師長、渡瀬正麿のつぶやきに対して、海軍技術研究所の徳川武定が突っ込みを入れる。艦政本部で「魚雷肉攻案」なる提案に基づいた兵器が開発されているとのうわさを、彼は聞いたことがあった。
「ああ、はい。それはもちろんですよ。しかし、構造的にはFRP船には向かない部分が多く見受けられるので、そこは手直しが必要ですね。連絡を緊密にとりながら仕上げていきましょう」
ということで、まずはFRP船設計に不慣れな海軍が書いた図面を、播磨造船所の方で描きなおす作業が始まる。
「肋骨が全部T形鋼のつもりでかかれてるじゃねーか。構造計算やり直しか?」
「積層構成の指示もないですね。これはまあ予想出来てましたが」
技師たちが集まってあれやこれやと不備を指摘するが、この時代ではFRP船を建造できる造船所は、下手すると世界でも播磨造船所しかない可能性がある。そんな時代で、海軍技術研究所のFRP船に対する不勉強に悪態をついても、それは少々酷な可能性があった。
「まあ、ここで文句を言ってもしょうがない。建造するにあたって不都合がある部分は改修してよいと言質はとったから、相当いじくりまわしても、要求性能さえ出せれば文句は言われないぞ」
「それだけが唯一の救いだなあ」
事前の打ち合わせでは「設計したものを建造してほしい」と言われていたので、事実上構造計算からやり直しになってしまった播磨造船所は作業工数の大幅な見直しをする羽目になる。
そして、何とか設計変更を終えた後、生産現場も大変なことになっていた。
「事前にわかっていたとはいえ、これだけでけえ船を作るのは初めてだな……」
今まで建造してきたFRP船は大きくても排水量500t程度。1000t超えの潜水艦は当然建造したことがない。設計とは念入りに打ち合わせており、作業工程も確認しているが、思ったとおりにうまくいくかは未知数であった。
「こりゃバギングが相当しんどそうだ」
バギングとは、プラスチックフィルムの袋で硬化前のFRPを真空パックし、FRPに気泡が入らないようにする処理のことである。当たり前の話だが、成形物が大きいほどバギングの難易度は上がり、バッグが破けたり、しわが残ったり、脱泡がうまくいかなかったりするのだ。
「まあ、やるしかないだろ」
「『確実にやれます!』と自信を持って言えるようにならなければ、耐圧殻を作るのは夢のまた夢だろうな……」
今回建造する潜水艦は複殻式で、フェノール樹脂GFRP/AFRPで製造するのは外殻のみである。内殻をFRPで製造することは現代でもほとんど例がないので、播磨造船所や帝国人繊で作れるはずもなかった。
そうした悔しさや困難を乗り越えて、建造されたのが以下の艦である。
伊号第二〇〇潜水艦
排水量
基準:1150t
水中:1400t
全長:72m
全幅:7.0m
機関
発動機:三菱内燃機製造 UW6I200D 水冷直列6気筒OHVユニフロー式ディーゼル 1200shp×2
電動機:直流直巻整流子電動機 1250shp×2
推進軸:1軸二重反転
最大速力
水上:10.0kt
水中:14.0kt
航続距離
水上:1000海里@6kt
水中:135海里@4kt
兵装
533mm魚雷発射管 艦首固定6門
「まるで魚雷に乗っているみたいだな……」
伊二〇〇に乗って試験航海に出ている艤装員長は、水中14ktで爆走する伊二〇〇の艦内でそう独り言ちた。
「今までの我が軍の潜水艦は8ktがせいぜいでしたからなあ」
「これだけの速度が出れば、駆逐艦をまくのもたやすいだろう。これで水上速力が出ればなあ……」
涙滴型の船体を採用したため、水中速力と引き換えに水上速力が犠牲になっている。わずか10ktの最高速度は、タンカーにすら振り切られるレベルであった。
「まあ、我々ドンガメ乗りの主務は通商破壊だ。主要航路上で待ち伏せする分には、意外と困らないのかもしれないな……」
最大速力が要求通り出たことも確認できたので、次は探知性の試験である。深度50mで電動機を停止し、あの背筋が凍る音が来るのを待つ。
「……伊二〇〇の反響音、無くなりました」
「ん? 本当か? この艦の水中探信儀は最新の九三式だぞ?」
この駆逐艦は伊二〇〇の真上から少しずつ遠ざかりながら九三式水中探信儀──史実同名ソナーの五型相当品で、これの前に史実九三式水中探信儀三型相当の八八式水中探信儀があった──で伊二〇〇の探知距離を測っていたのだが、今までの潜水艦よりも近距離で反応がなくなったのである。
「取舵一杯。180°反転して、今度は近づきながら反応をとるぞ」
確認のためにもう一度測定するが、やはり似たような距離まで近づかないと探知できない。
「……とりあえず近づけば探知できているし、圧壊音も聞こえないから、事故で沈んだわけではなさそうだ。水中探信儀の故障でもないし……」
「時間だ。うきあがーれ」
「メインタンクブロー、うきあがーれ」
所定の時間になったため、伊二〇〇はその場で静かに浮上を始めた。
「うまくいきましたかね」
「そうだといいがなあ……この艦の表面に貼られている無反響タイルとやらに、どれだけの効果があるのやら」
試験航海についてきていた駆逐艦が伊二〇〇を近づかないと探知できなかったのは、山階耀子の発案で、この艦の全面に帝国人繊が開発した硬質合成ゴム製の無反響タイルが貼られていたからである。音というのは本質的に水の粗密波であるから、柔らかい物体で受け止めてやればその強度を減じることができるのだ。
「まあ、あの水中速力だけでも、ドンガメ乗りにとっては福音と言えるんじゃないか」
「あくまでこの艦は試験艦という位置づけですけど、ぜひ量産されてほしいですね」
上機嫌な乗員たちの心のように、複合材のクジラもまた、海面へと浮上していった。
一次大戦で欧州に派兵して、潜水艦の怖さを体感してますからね。このぐらいは耀子が少し工作してやれば自分からやってくれるでしょう。
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