カワサキかあ……
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川崎航空機は奮起した。必ず、下請けから元請けに昇格せねばならないと決意した。川崎は、自社設計の機体を製造したことがない。川崎航空機は、川崎系の航空機メーカーである。製造ラインを組み、空技廠の機体を量産して暮らしてきた。それゆえ設計から量産までを自社で完結させることには、人一倍の情熱があった。
「とはいえ、機体設計には帝国人繊や空技廠に一日の長がある。だから、両者が作っていない機種を作らなければ、受注は得られないだろう。そこでこれだ」
設計主務に任命された土井武夫は、現在日本で運用されている軍用機の表を広げる。余白には「我が国には重爆撃機が足りない」と書きこまれていた。
「重爆を作って売り込むということですか?」
「そうだ。ロシア戦争の時はシベリア鉄道という、わかりやすく、小さい目標を破壊すればよかったから、襲撃機や攻撃機で十分だったが、他国相手ではそんな幸運なことはない」
本来、戦略爆撃の目標というのは非常に広大でタフな建造物群であり、大量の爆弾をばらまいてはじめて破壊できるものである。そのため、襲撃機や攻撃機といった小型機の搭載量でどうこうできるものではなく、より大型の機体で広範囲を焼き払う必要があるのだ。
「製造技術なら、帝国人繊とも渡り合えるようになったはず。となれば、設計できさえすれば、中型機までの製造もできるはずだ。最悪、失注しても、爆撃機ならば輸送機や旅客機に改修して民間に売り込むことができる」
そのような目論見で設計がスタートし、同時に空技廠や陸軍航空本部への働き掛けも始まる。
「我が国も重爆の整備をはじめるべき、か……」
川崎からの提案を受けて、陸軍航空本部を中心に、その必要性を議論することとなった。
「あったら絶対に使うし、敵国は絶対に使ってくるものだが、我が国の身の丈に合っているのかが懸念としてある」
陸軍航空本部長の堀丈夫中将のつぶやきを拾って、参謀本部第1部長の石原莞爾少将が意見を述べる。
「それはどういうことかね?」
「次に我が国が経験する戦争は、おそらく重爆を使ってお互いの都市を焼きあう絶滅戦争になるだろう。すべての資源は都市にある工場に集まり、兵器にされて戦場に供給されるのだから、工場を焼くことで間接的に敵戦力をそぐことができるからだ。実際、ロシア戦争の時点ですでにロシアはわが国の八幡製鉄所を破壊するべく重爆を飛ばしてきている。何事もなかったのは、我が国の鍛え抜かれた航空兵と、優秀な航空機、そして電探を開発させていた山階侯爵夫人の先見の明によるものであって、何かが欠けていたら我が国は間違いなく鉄鋼生産量に打撃を受けていた」
発言者が石原であることから少々突飛な発想も入っているが、おおむね間違ってはいない。
「それなら工場だけを爆撃すればいいのではないか? 都市を丸々破壊するのは資源がもったいないだろう」
「イタリアのドゥーエによれば、敵国民そのものを標的に爆撃することも戦争を遂行する上で有益だとされている。彼によれば、非戦闘員であろうと攻撃することで敵国民を恐怖させ、降伏を促すことができるとしている」
実際にはむしろ爆撃した国への敵愾心をあおる効果もあるため、現代ではあまり有効な理論ではないと考えられている。
「そんなのハーグ陸戦条約違反ではないか!」
「ああ、存じ上げているとも堀中将。だが、我が国に敵国民を直接害する意思がなくても、敵国軍が我が国の一般人民を害さない保証はどこにもない。むしろ非戦闘員だろうと攻撃してくると考えた方がいいだろう。であれば、それに対して報復する力は持っておくに越したことはない」
「あとはその、実際問題、工場というのは往々にして市街地の中に点在しているので、それらを巻き込まずに工場だけを狙って爆撃するというのはまず不可能です。ですので私と石原閣下としては、基本的に重爆自体は整備する必要があると考えています。ただし、堀閣下のおっしゃる通り、重爆は大量の資源を消費しますので、調達数は慎重に考えるべきだと具申します」
石原の言動が挑発的になったのを見て、同席していた菅原道大がもめる前に議論をまとめた。
「そういうことであれば……とりあえず、作るだけ作らせてみることにしよう」
陸軍航空本部の決定を受けて空技廠も重爆の調達を企画し、川崎航空機を指名──当初は帝国人繊と競作になる予定だったが、帝国人繊が辞退したのだ──して重爆を試作することになる。ナセルストールに悩まされるなどの困難はあったものの、何とか解決して出来上がった機体が以下であった。
川崎航空機 十二試重爆撃機
機体構造:中翼単葉、引込脚
胴体:PBT系GFRPセミモノコック
翼:楕円翼、PBT系GFRPセミモノコック
フラップ:ファウラーフラップ
乗員:4
全長:13.0 m
翼幅:19.9 m
乾燥重量:4400 kg
全備重量:8040 kg
動力:日本航空技術廠 護一型甲 強制吸気4ストローク空冷星型複列14気筒OHV4バルブ ×2
離昇出力:1440 hp
公称出力:1200 hp
最大速度:553 km/h
航続距離:2800 km
実用上昇限度:9000 m(1600kg爆装時)
武装
9.3mm 九四式航空機銃(旋回)×3:前方、操縦席後方、尾部
爆装:2600kg(爆弾倉内1600kg(正規)+翼下懸架1000kg(過荷重))
史実を知る人が見れば、九九双軽の前部に一式陸攻の後部を接いだ様な機体になった。前面投影面積を減少させるために胴体幅を最小限に抑えつつ、1600kg分の爆弾を胴体爆弾倉に格納できるようにすることで、空気抵抗を増大させずに爆装できるようにされていた。
「重爆にしては防御機銃が少なくないか? 前方に1挺、後方に2挺しかないが」
審査に来ていた菅原が土井に尋ねる。
「どうせ旋回機銃では敵戦闘機を落とせませんので、とにかく爆弾を積み、高速化するために最小限としました。敵機の襲撃には防弾装備で耐え、その間に味方戦闘機に排除してもらう算段です」
「一理はあるが、それはどうなんだ……? 防御機銃を大量に積めば、護衛なしで任務を遂行できる気がするのだが……」
土井の反論に対して菅原が疑問を呈する。この時期は防御機銃の有効性を過剰に見積もる傾向が各国にあり、菅原の認識も当時としてはおかしなものではない。
「こちら、陸軍さんの旋回機銃手向けの教本なんですが、これを見ますと、旋回機銃は単純に敵機の方を見て撃つだけではあたらないことがわかるんです」
土井はどこからか入手した教本の該当箇所を広げて菅原に見せた。
「それはそうだろう。見越し角を付けて敵機の未来位置に射撃しなければ、移動目標への射撃は当たらんさ」
「地上の対空機銃についてはそうですね。ですが、自身も高速で移動している爆撃機は、自分の移動速度も考慮しないと当たらないのです」
「ん……? ああなるほど、これのことか。……自機の移動量も考慮して射撃をするとなると、直感に反する位置を狙わないといけないことがある、という意味でいいな?」
「その通りです。一瞬の判断が要求される空戦で、直感に反する操作を行うのは難しいと思いませんか?」
「……確かに……」
そこまで言われると、菅原としても納得せざるを得ない。
「防弾自体は帝国人繊さんの双発機よりも充実させております。燃料タンクは50mmの難燃剤入り耐油ゴムで被覆してますし、エンジンカウルも15mm厚の防弾鋼製です。発火した時に備えて消火装置も備えていますから、そう簡単には墜ちませんよ」
「戦闘機よりは劣速と言えど、他国重爆よりは優速であるし……十分な生存性は確保されているとしてよさそうだな……」
この後の試験飛行でも、十二試重爆撃機は過荷重状態での離陸に成功し、操縦特性も良好だったことから採用が内定。とりあえず1個飛行連隊分を量産することとなった。
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