小隼と大鷲-1
先週はFlyoutにはまっていて更新できず、すみませんでした。今回のお話はその成果物だと思ってください。
書籍版発売中です。詳しくは活動報告をご覧ください。よろしくお願いします。
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事の始まりは他愛もない出来事であった。
陸軍の飛行第5連隊にて、単発戦闘機の八七式戦闘機"長元坊"を装備する第1中隊と、双発戦闘機の九三式双発戦闘機"狗鷲"を装備する第3中隊とで、どちらの乗機の方が強いのかという議論が白熱したのである。
「この前受領した九三双戦の二型は素晴らしい。発動機後方を絞って重量と空気抵抗を低減し、翼幅を広げて旋回性と高高度性能を引き上げている。こいつならば単発機にも遅れはとるまいよ」
帝国人造繊維 NA32F 九三式双発戦闘機 "狗鷲" 二型
機体構造:低翼単葉、双胴、引込脚
胴体:エポキシ樹脂系GFRPセミモノコック
翼:ウイングレット付きテーパー翼、エポキシ樹脂系GFRP+AFRPセミモノコック
フラップ:ファウラーフラップ
乗員:1
全長:10.0 m
翼幅:15.6 m
乾燥重量:2950 kg
全備重量:3790 kg
動力:帝国人造繊維 C222D 強制ループ掃気2ストローク空冷星型複列18気筒 ×2
離昇出力:1120 hp
公称出力:1050 hp
最大速度:622 km/h
航続距離:1800 km
実用上昇限度:10800 m
武装
9.3mm 九三式航空機関銃(機首固定)×2
口径:9.3mm
銃身長:700mm
銃口初速:900m/s
発射速度:1800発/分
備考:ガスト式、弾薬を9.3mmブレネケに変更し初速を向上させた重機関銃
25mm 九四式航空機関銃(機首固定)×2
口径:25mm
砲身長:1500mm(60口径)
砲口初速:850m/s
発射速度:720発/分
備考:ガスト式、九四式対空機関銃の航空機搭載版
爆装:250kg
「そうは言っても、八七戦はまるで手足のように操れる素晴らしい戦闘機だ。いくら改良されたとて、双発機でこの領域には至れまい」
日本航空技術廠 八七式戦闘機 "長元坊" 三型甲
機体構造:低翼単葉、引込脚
胴体:PBT系GFRPセミモノコック
翼:ウィングレット付きテーパー翼、PBT系GFRPセミモノコック
フラップ:ファウラーフラップ
乗員:1
全長:8.0 m
翼幅:10.2 m
乾燥重量:1400 kg
全備重量:2030 kg
動力:帝国人造繊維 C222D 強制ループ掃気2ストローク空冷星型複列18気筒 ×1
離昇出力:1120 hp
公称出力:1050 hp
最大速度:579 km/h
航続距離:2160 km
実用上昇限度:10000 m
武装
9.3mm 九三式航空機関銃(翼内固定)×2
25mm 九四式航空機関銃(機首固定)×1
爆装:60kg
とまあ、乗機にマイナーチェンジが入って浮かれている狗鷲側が、「ロシア戦争最強の戦闘機」と謳われた長元坊側に絡みに行った、というところである。口論では案の定決着がつかなかったので、双方の中隊長が調整に奔走し、第1中隊VS第3中隊の模擬空戦が行われることとなった。
……とまあ、ここまでならなくはない話なのだが、この模擬空戦のうわさが耀子の耳に入ってしまったのである。
「面白そうなお祭りじゃない。知り合いも誘って見に行きましょうよ」
「あくまで訓練の一環でしょうから気は進みませんけど……一応問い合わせてみますね」
ノリノリな耀子の命を受けた文子が見学を申し入れると、なんと動揺した田中毅一連隊長がOKを出してしまった。さらに耀子は自社の航空技術開発部員や、子会社であるくろがね重工業の発動機開発部員、日本航空技術廠の小山悌をはじめとする設計陣、さらには衆議院議員をしている中島知久平を呼び寄せてしまい、いよいよもって「一部隊の個人的な実験」が「半ば公式化した大規模な試験」の様相を呈してしまう。
「この戦いは、ロシア軍よりも負けられない」
誰からともなくそのように覚悟し、第1中隊と第3中隊は熱心に訓練に打ち込んだ。
ちなみに、口論に加わらなかった第2中隊──こちらも第1中隊と同じく長元坊を装備している──は、審判役などの雑務を押し付けられ、訓練とは別の任務で多忙になったという。
そして当日、立川飛行場には両中隊の完璧に整備された機体がずらりと並べられていた。耀子たち部外者は急ごしらえの粗末な観覧席に座り、模擬空戦が始まるのを今か今かと待っている。
「いやー美しい。やっぱ我が国の機体はどこの国よりも美しいよ」
「イタリアよりも?」
「うーん……甲乙つけがたい……」
社長と秘書がコントをしていると、隣に中島と小山が座った。
「やあ耀子さん。今日は面白い催しを紹介してくれてありがとう」
「いえいえ、お祭りはみんなで盛り上げないとかわいそうですから」
長元坊の一型がロールアウトした時は、まだ中島が空技廠の廠長を務めていた。今は引退して国会議員をしているとはいえ、思いっきり関係者であるのだから、彼も呼ぶべきだと耀子は考えたのである。なので、今回はそんなに政治的な話をする気はなく、単に飛行機屋として楽しんでもらうつもりだ。
「耀子さんはどっちが勝つと思うかね?」
「さすがに長元坊でしょう。たしかに二型は他の機体との部品の共通性を捨てて、大幅な軽量化を実現しましたが、大柄な双発機が単発機に空戦で勝てるとはちょっと思えないですね」
「まあ、順当に考えればそうなるな。小山君は?」
中島が横にいる小山にも話を振る。
「この前少し計算してみたのですが、九三双戦は二型になると翼面荷重が八七戦の三型と大差なくなるんですよ。私もこの結果を見るまでは八七戦の方が勝つと思っていましたが、今となってはどうなるかちょっと読めなくなってきました」
ちなみに、長元坊の翼面荷重は機体サイズが似通っている史実のMC.200サエッタより少し低い。つまり単発戦闘機としては標準的な部類であり、これに肉薄するレベルで翼面荷重を下げてきた狗鷲の方が異常であると言える。材料から機体までを一貫して設計・製造できる、帝国人造繊維の強みがこの機体でも十全に生かされていた。
「そうなんですよね。旋回性能だけで空戦の勝敗は決まらないから、例えば狗鷲の横転性能が長元坊に明らかに劣っていることがどれだけ響いてくるか、飛行機は操縦できない私にはわからないのです」
方向舵、昇降舵、補助翼の3舵のうち、機体の姿勢を大きく変えられるのは昇降舵と補助翼である。自動車と違ってコーナリングフォースがないので、方向舵だけではほとんど機体の姿勢を変えることができないのだ。このため、飛行機で急旋回するときは補助翼で機体を大きく傾けてから昇降舵で「横に上昇」する必要があるから、横転性能が低いと、それだけ急旋回を始めるまでのタイムラグが大きくなるのである。
「車の操縦特性なら、耀子さん自分で体感できますもんね」
今まで自社や子会社で出してきた自動車については、試験部以外に必ず耀子もテストドライブをしている。中間管理職からすればうっとおしい話だ。
「あ、そろそろ始まるみたいですよ」
双眼鏡を覗く耀子がそう言うと、各々が用意していた遠眼鏡の類──当時はかなり高級な品々であるから、観客たちが高給取りであることがよくわかる──で飛行機の方を見る。史実では単発機側が圧勝した因縁の対決が、この世界でも始まろうとしていた。
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