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日米貿易摩擦

そういえばこの会合に芳麿がいませんが、これは信輔の希望だったりします。

本来学者である信輔が政治に集中する理由は、「後進の育成」にあるため、信輔の後身である芳麿には、あまり熱心に政治活動をしてほしくないのです。とはいえ、芳麿本人にも思うところがあるわけですが……


例によって書籍版発売中です。詳しくは活動報告をご覧ください。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1980903/blogkey/3068396/

並行してもうひとつ仮想戦記書いてます。こちらもよろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/n5107io/

「エチオピアのことですか? あれは何とか白紙講和になったと思いますが……」


 第二次エチオピア戦争は、日英蔵が介入した結果、エチオピアが北部を失っている間にソマリアを奪取する大健闘を見せたため、ハイレ・セラシエ国王が亡命しなかった。首都アディスアベバでは泥沼の市街地戦──アフリカと言っても、首都であるから、ある程度は建物が密集しているのだ──が展開され、結局戦費の浪費で国内の突き上げを抑えきれなくなったイタリアから白紙講和を引き出すことに成功している。


「そう。あれは白紙講和になったから違う。ついでに言うなら、結局なあなあになって終わりそうな国清内戦も、まあ中国人同士の問題だからろくでなし国家のあれこれとは毛色が違うだろう。私が言いたいのは、日米関係のことだ。具体的には、門戸開放・機会均等の要求だな」

「『清国内の日本人資産を安値で米国人に売却しろ』とか、『軽自動車規格は事実上の国産車優遇規格だから撤廃しろ』とか、とかく最近は無茶な要求をしてくることが多いですね」


 ドルブロックによるブロック経済が失敗し、長引く不況を脱せていないアメリカは、自国産業が影響力を持てる市場を拡大しようと、史実でもあった「門戸開放・機会均等」を、各国に要求しだした。


「どうせ今となっては何もできないんですから、『またなんか言ってるよ(笑)』と思ってたんですけど、違うんですか」


 耀子にとって、アメリカが理不尽な要求を出してくることは当たり前のことである。特に、軽自動車規格へのいちゃもんは史実でも行われており、このニュースが入ってきたときは盛大に嘲笑し、夫や子供たちが突然笑い出した妻(もしくは母)にドン引きしたものであった。


「今はね。でもこれからは違うでしょ」

「それに。大不況からいまだに抜け出せていないとはいえ、太平洋を挟んで直接対峙する列強との関係が悪化していることは、それ自体が懸念すべき事態なんだ」

「まあ、それもそうか……馬鹿にしてる場合ではありませんでしたね」


 今はまだ20世紀。耀子が前世で経験した21世紀に比べ、倫理観は比べ物にならないほど未熟であり、戦争や弾圧、敵対勢力の虐殺といった()()手段が平然と行われる時代である。ことアメリカについてはモンロー主義を掲げることもあるので、耀子はどうもあの国の外交について21世紀の感覚で受け取る癖があるようだった。


「とはいえ、アメリカの要求はどれもこれも『俺たちにうまい汁を吸わせろ』と言ってるに等しい、無根拠な恫喝に過ぎませんよ? 特に軽自動車規格の撤廃については、帝国人繊グループとしても認められるものではありません。基本的に、要求に屈して矛を収めさせる選択肢はないと思いますが……」


 横で聞いていた文子が、穏便に収める選択肢があるのかと疑問を呈する。もともと帝国人繊の自動車部門で、現在は子会社であるくろがね重工業の主力製品は、耀子が愛してやまない軽自動車であるから、その規格を撤廃するというのは言語道断なことであった。


「だからこうして知恵を出し合いたいと言っとるわけなんですが……まあ、文子さんの言う通り、アメリカが欲しいのは市場、もっと言うなら金でしょうから……そのあたりを何とかすれば、妥協するところはあるはずですなあ」

「問題はどこから金を出すかでしょう。我が国では作らないようなものが良いでしょうから、例えば……麦や動物用飼料作物なんかはいかがでしょうか」


 文子の疑問に対して中島がぼやくと、信輔が案を出す。


「まずはその手がありますな。我が国の湿潤な気候ではおいしい麦が育つところは少ないですし、農地が狭い分飼料作物を作る余裕もない……ですが、それら向こうが要求している市場の『広さ』には遠く及ばないんですよ」

「……日本人は白米ばかり食べたがりますもんね。実は健康によくないと、私も妹も散々申し上げてきたのですが」

「またその話かよもー……」


 耀子は白米にあまりこだわりがないため、農業についてはずれた答えを出すことがしばしばあった。今回も同様の案件のようで、彼女は悪態をつきながら頭を抱えている。


「ふーむ、いやまてよ? 大恐慌以前の米国からの輸入品目ってどうなってますか?」

「えーと、たしか多い順に綿花、原油、生ゴム、羊毛、鉄鉱石だったような……」

「それは……イギリスと競合しますね……」


 以前と同じ貿易状況に戻せばよいのではと信輔が輸入品目を中島に確認すると、大恐慌をきっかけにイギリス──というより、その植民地であるインドやサラワク──からの輸入に切り替えた品目が並んでいた。


「たしか、インドは不況で治安が悪化したので、これを回復させるためにイギリスからの要請で資本を投下したり、産品の輸入を奨励したりしましたよね。くろがね重工業も、この時の関係でインドに工場を建てましたし」

「ええ。そのあたりを考えますと、原油を妥協してサラワクには生ゴムの輸入量を増やすことで涙を呑んでいただき、鉄鉱石は清から輸入していたものを米国産に振り替える……というのはどうでしょうか」

「綿花と羊毛は妥協できなさそうですもんね。あと、軽自動車規格を残すなら、自動車の関税も、別に引き下げちゃっていいと思っていますよ」


 文子のコメントをもとに信輔が妥協できる品目を整理し、耀子も自動車に対する関税自体は引き下げてよいとの意見を出す。


「せっかく育ってきた我が国の自動車産業を、自動車先進国であるアメリカとの競争にさらすことになるが、いいのかい?」

「アメリカ相手なら大丈夫です。我が国と道路事情が似ており、車体をコンパクトに設計したがるイギリスやイタリア相手では警戒が必要ですが、あの土地が余っている国ではでかい車が正義ですから、我が国ではろくに乗り回せない車ばかり売ろうとして自爆します。よしんば生き残れたとしても、そもそもセグメントが違いすぎるので、我が国の自動車とは競合しません」


 中島に意図を確認された耀子は、前世での経験と今生でのマーケティングをもとに、アメリカ車相手なら自国の自動車産業は対抗できると宣言した。


「まあ耀子さんがそこまで言うなら、こちらの示す妥協案にアメリカが食いついてこなかったとき、追加のえさとして使ってもらうようにしようかな」


 その後も信輔と中島はアメリカに開放できる市場を整理し、最終的に彼らが提示した案が内閣に受け入れられている。アメリカ側も長いこと軽自動車規格の撤廃や在清日本人資産の売却、綿花の関税引き下げを求めて粘っていたが、最終的に追加で化学肥料や化学繊維、輸送機械(乗り物)の関税引き下げを提示することで、前述の要求を取り下げることに渋々合意した。


 この結果多数の米国製品が再び日本国内に入ってくるようになったが、もともと日本国内での生産がほとんどない品目が多かったため、国内産業には打撃を受けずに済んでいる。そして耀子が予想した通り、アメリカの自動車はその巨体が嫌われて自己顕示欲の強い成金にしか購入されず、在庫の山を積みあげることとなった。唯一の例外は自動二輪(バイク)であり、特にハーレー・ダビッドソンの製品は比較的好調な売れ行きを記録している。


 そんな調子であったから、「今回もまた日本に嵌められた」と憤るアメリカ人は多く、民間での日米関係はますます冷え込むこととなるのだった。

※綿花、原油、生ゴム、羊毛、鉄鉱石

史実ではおおむね綿花、生ゴム、羊毛、毛織糸、硫酸アンモニウムがTOP5。日本の重工業化が進んだ影響で、輸入品目が変化している。

https://www.customs.go.jp/kobe/00zeikan_top.htm/150toukei/3_taisyo.pdf


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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
もしかして当時のアメ車って、今の日本車に近いサイズ感じゃないかなぁ?(昔よりも道は広くなったけど、裏を返せば車の肥大化が進んでいるとも言える)
[一言] 結局アメリカの自動車屋には、660ccのエンジンで大人4人が乗れて、悪路に強く時速100kmで走れる自動車を製造する技術もノウハウも無いんですよねぇ、、、軽自動車って実は結構高度な技術が詰ま…
[良い点] 更新ありがとうございます! [気になる点] この頃アメリカはもうホワイトハウスに共産主義者がうじゃうじゃで、 日米を開戦させようと暗躍している時期ですものね [一言] 次話を楽しみにしてお…
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