球から石へ
去年の終わりから新作の連載を始めています。
救国の輪廻RTA:実績「東洋の番人」~逆行転生RTSで日本をアジアの覇者にする最速戦略~
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本作とは直接繋がりは無いものの、やはり逆行転生知識チート仮想戦記ではあります。もしよろしければこちらもお楽しみいただけると幸いです。
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「半導体素子の研究をやめたい、ですか……」
1933年の中頃、耀子は、帝国人造繊維に対して東京電気からそんな依頼がなされたことを、営業部長の大屋晋三から報告された。
「理由は……まあ不景気かしらね」
「東京電気には米国GE社の資本が入っておりました。それを世界恐慌で投げ売られてしまった危機感があるのでしょう」
「その投げ売られた株は全部うちで買ったんだけどねえ……これ幸いと安く買いたたいちゃったから、向こうの資産価値は目減りしたままと言われれば、まあ……」
耀子は気まずそうに言葉を絞り出す。ちなみに、似たような境遇にいた芝浦製作所も同時期にGEが持っていた株を叩き売られており、こちらもすべて帝国人繊が買い取った。
「株を放出されたことで、GEからの技術支援を受けられなくなったことも大きいようです。すべて自社の技術者で賄う必要が出てきてしまい、うまくいくかもわからない研究に割く人手がないとも言っていました」
「単純に飽きちゃったというより、負担が大きいうえに体力が減ったからやれなくなったという感じなのね。それなら……」
トランジスタを諦められない耀子は、プロジェクトに介入することを決めた。
後日、耀子は日本電気の会議室に関係者を集める。
「……というわけでですね、繰り返しになりますが、ケイ素単結晶の表面に微量のリンをドープした領域を作りまして、その領域を微量のホウ素をドープした領域で囲み、リンをドープした領域に電圧を印加しますと、ホウ素を印加した領域から何もドープしてない領域に向かって電流が流せるようになります。つまり、真空管と同じ増幅作用を持つ、より小型軽量かつ衝撃に強い構造の電子素子が得られる、ということを見出しました。ただし、製造方法が確立されておらず、製品化には課題が残っている状態です」
現時点でのケイ素トランジスタの開発状況を、東京電気の今岡賀雄が説明した。
「ありがとうございます。質疑応答に移ります。何かご質問はございますでしょうか」
司会の耀子が議事を進めると、出席者たちから手が上がる。
「では、日本電気の小林正次さん」
「はい。実際にうまく作れた素子の動作も見せていただきましたが、実用化できれば真空管と比べて非常に使いやすく、優れた電子素子になるのではないかと、今から楽しみでなりません。やはり、歩留まりが低いことが、製品化を阻んでいる、という理解でよろしいでしょうか」
「その通りです。本研究は帝国人繊様からの要請を受けて、何年もの間やってきたものですが、真空管同様の増幅作用を示すものが得られるようになったのは本当につい最近でした。あと一息というところなのかもしれませんが、アメリカのGE社から資本を引き揚げられて技術提携も打ち切られ、これ以上開発を進めるための資金も能力もなくなってしまっているのが現状です」
「ありがとうございます」
すでに日本で初めてFAXを実用化して名を挙げていた小林が質問すると、今岡が自社の窮状を残念そうに回答した。
「東北大学の渡辺寧さん」
「素人質問で申し訳無いのですが、真空管と特性に違いはありますか?」
「結論から申し上げますと、あります。例えば、真空管と比べて熱雑音が入らない分、きれいなコレクタ電流がえられます。一方、大電流を取り扱うときは消費電力が増える傾向があり、その点は真空管に分があるでしょう」
「このように、増幅作用があるとはいえ、鉱石三極管と真空管には多くの相違点があります。これにより、どのような製品に使えそうなのか帝国人繊も東京電機も想像が追い付かないところがあり、日本電気様や海軍様のご意見をお伺いしたいというのも、今回集まっていただいた理由の1つであります」
今岡に続いて耀子が説明を付け加える。将来的に商品になるめどが立つのなら、多少無理してでも開発するのが企業というものだ。そのあたりを東京電気にわからせ、自分たちの開発品に自信を持ってもらうことも、今回の会議の目的に含まれている。
「あとは……海軍の草鹿龍之介さん」
海軍からは草鹿が代表者としてきている。海軍側の航空分野担当者として帝国人繊とコネがあり、レーダーの開発をいち早く指示していた耀子を個人的に評価していたことから、わざわざやってきたのだった。
「説明ありがとう。現在、東京電気殿にはレーダーの開発も実施いただいており、基地航空隊からはおおむね良好な評価が下されている。そこでお聞きしたいのだが、電探にこの鉱石三極管を適用した場合、どのような利点が得られると予想されるかお伺いしたい」
「ありがとうございます。電探は鉱石三極管以上に昔から開発していたものですので、お褒めいただけて大変うれしく思います。さて電探への鉱石三極管の適用ですが、受信機の真空管を置き換えられると考えております。発熱量と消費電力、それから容積が削減でき、真空管と違って割れにくいものですから、何らかの攻撃を受けた際に故障しにくくなる利点はあるでしょう。似たような使い方で、無線機にも使えるかもしれません。特に航空無線機を小型軽量化することができ、激しい機動を行っても物理的に破損しないようにすることが容易になるのではないでしょうか」
「なるほど、それはなんともワクワクする話だ。何か他に適用できる装備ないかね?」
草鹿が他の活用法を求めると、耀子と小林が意見を述べる。
「帝国人繊から付け加えますと、近接信管や発動機の点火装置への適用が有効ではないかと考えています。近接信管であれば、信管の小型軽量化の他に衝撃に強くできる利点が生まれ、ロケット弾以外の普通の高角砲・両用砲からも発射できるでしょう。また、海軍機にも広く採用いただいているくろがね重工のC型エンジンは点火装置に真空管を用いておりますが、これをトランジスタに置き換えることで、故障率とメンテナンス頻度を低下させることができると考えます」
くろがね重工は帝国人繊時代に、史実のセミトランジスタ式点火装置のトランジスタを真空管に置き換えたものを開発していた。この点火方式は空技廠開発のエンジンを含む現行のすべての航空エンジンで採用されており、失火しにくくなったことでエンジン出力や燃費を向上させている。
また、帝国人繊の入知恵で、海軍が東京電気に近接信管を開発させていたが、信管に使用する真空管の耐衝撃性が足りず、ロケット砲以外から発射すると信管が故障するものしか作れていなかった。
「日本電気としては、もしかしたら射撃盤への活用ができるかも……と考えております。リレースイッチや真空管によって論理回路が作れることが最近わかってきたのですが、これで計算機を作ろうとしたら大量の部品が必要で、重く、場所も取りますし、故障率も高くなりそうでした。でも、鉱石三極管で論理回路を実装できれば、それをずいぶんと改善でき、軍艦に乗せることができるようになるかもしれません。ちゃんと検討はしてないので、本当にできそうかはまだわからないのですが」
「射撃盤を電気的に制御できれば、砲側や観測側の情報を自動的に入出力しやすくなりそうですね」
「特に迅速な対応力が求められる対空射撃盤で有用そうだな……そうかんがえると、この鉱石三極管はぜひともモノにしたい技術と言えそうだ」
小林の意見に耀子が同調すると、草鹿も楽しそうに評価する。
「というわけで、これだけ夢が広がる新技術なのですが、最初に今岡さんからご説明頂いた通り、歩留まりなどに課題があり、まだ実用化には至っていない状況です。皆様のお力が不可欠なのですが、ご協力いただけないでしょうか」
「海軍としては帝国人繊に賛成である」
「一旦上層部の判断を仰ぐ必要がありますが、ぜひやらせていただきたいですね」
「私も異論はないです」
耀子の狙い通り、東京電気はトランジスタ開発のために必要な支援を得られるようになった。こうして得られたトランジスタ技術は暫くの間イギリスにすら伏せられ、日本だけで独占することになる。
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まえがきでも書きましたが、以下の新作もよろしくお願いします。
救国の輪廻RTA:実績「東洋の番人」~逆行転生RTSで日本をアジアの覇者にする最速戦略~
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