頼まれたら断れない人
前回も告知しましたが、去年の終わりから新作の連載を始めています。
救国の輪廻RTA:実績「東洋の番人」~逆行転生RTSで日本をアジアの覇者にする最速戦略~
https://ncode.syosetu.com/n5107io/
本作とは直接繋がりは無いものの、やはり逆行転生知識チート仮想戦記ではあります。もしよろしければこちらもお楽しみいただけると幸いです。
書籍版発売中です。詳しくは活動報告をご覧ください。よろしくお願いします。
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1935年1月上旬、山階一家は鷹司家へ新年のあいさつに来ていた。
「信輔お兄様、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ん? なんだい耀子」
挨拶もそこそこに耀子が信輔に声をかけると、いつも通りののんびりとした口調で信輔が応じる。
「研究会の筆頭常務委員就任を打診されてるって芳麿さんから聞いたけど、本当?」
「うん。そうなんだよ。困っちゃうよね~」
「いや、困っちゃうよね~じゃないが」
まるで緊張感のない口調で信輔が答えると、耀子は冷静に突っ込みを入れた。
研究会とは、この場合貴族院の最大会派であり、政府にもたびたび閣僚を送り込んでいる団体のことである。
「でも実際そうじゃない? 保守的な体質で内部に不満がたまっている研究会より、新進気鋭の若手が中心で国民的な人気もある火曜会のほうが勢いあるし、申し訳ないけど貧乏くじだと思うよ」
「火曜会って、あの近衛のところでしょ? あんなの支持するような人たちは無視していいと思うよ」
史実での行いを念頭に、耀子が近衛文麿を罵った。
「まあねえ……日本をアジアの盟主として、欧米の支配から解放するとか、何様のつもりだって感じはするけど……」
横にいた芳麿が苦笑する。この世界線でもアジア主義は健在で、それどころか日本の国力が高まっている分、むしろ勢力を増している雰囲気もあった。不穏な動きをしないように陸軍情報部が目を光らせており、実際に「処分」されたものも出ているが、その分対外諜報に割くための人員を圧迫されており、数ある懸念事項の1つになっている。
「まあともかく、一介の学者でしかない僕には重すぎる仕事だし、さすがに断ろうと思うんだ」
「気持ちはわかるけど……信輔お兄様は1つ勘違いしてることがあるよ」
「なに?」
「お兄様は、ここ10年くらいで政治家としてすごく成長したと思う。後進が育つように、学術を振興する議案をたくさん提起して、関係省庁とも一生懸命に折衝を重ねてきた。実際、新卒採用のために大学とか師範学校に行くと、信輔お兄様の通した提案のおかげで、研究が助かっているって声を聞くよ」
兄ならきっとそう言うだろうなと思っていた耀子は、申し訳なく思う気持ちを押し殺して反論を行う。
「鳥学会でも、信輔さんが鳥類の保護活動のために、あえて議員活動を優先していることはだれもが知っていることです。学会の若手たちも、信輔さんの支援があるから、研究活動がしやすくて助かっているとみんな言ってました」
それを受けて芳麿も妻を援護した。史実では自分の研究にかまけてあまり精力的な議員活動をしていなかった信輔だが、末の妹に感化されて研究者の育成に力を入れる方針に転換した結果、本人も知らぬ間に「貴族院きっての学術通」として認められるようになっていたのである。……まあ、妹である耀子との兄妹仲の良さはよく知られており、その影響で「アカデミックな領域全般に精通している」と思いこまれているのもあるのだが。
「そういった今までの積み重ねがあって、信輔お兄様なら研究会を立て直せるって思われてるからこそ、筆頭常務委員就任を打診されたんだと思うよ」
「決して落ち目の会派でなり手がいないから、断らなさそうな人に押し付けたってことじゃないと思います」
「うーん、そうかあ……」
また、貴族院特有の事情として、五摂家である近衛家当主を総裁に戴く火曜会に対抗するためには、おなじ五摂家の鷹司信輔を頭に据えなければ、総裁の家格で押し負けてしまうという判断もあった。実際、近衛のカリスマを支えているのは、彼の言動や容姿のほかに家格の高さもよるところも大きい。
「だから、気は進まないとは思うけど、筆頭常務委員は引き受けた方がいいと思うよ」
「僕もそう思います。最初のうちは、信輔さんを陰から操ろうといろいろ言ってくる人もいると思いますが、自分の意志を示していけば、あの組織なら、そのうち信輔さんが好きなように扱えるようになるでしょう」
研究会の規約では決議拘束が強く設定されており、会の決議に反する行動や決議が出ていない議案に対する意思表明が禁止されていた。とはいえ、こうした厳格な決議拘束が研究会内部に不満を発生させ、近衛らを離脱させた原因ではあるのだが。
「うーんそれはそれで趣味じゃないんだけど、耀子さんと芳麿さんがそこまで言うなら、引き受けるかあ……」
「さすがはお兄様です」
耀子がどこかで聞いたようなセリフで信輔を持ち上げる。
「でも、そこまで僕の常務委員入りを後押しするなら、耀子さんたちもちゃんと僕のことを支援してくれるんだよね?」
「当り前じゃない。私と帝国人繊の総力を挙げて支援するよ。まずは知り合いの小金持ちを集めて後援会を組織するでしょ? それから知り合いの技術者や研究者を集めて政策研究会も作らなきゃいけないし、あとは……」
精一杯の意地悪のつもりで、信輔が問うと、耀子はここぞとばかりにまくしたてた。
「耀子さんの場合は帝国人繊の労働組合に根回しもしないといけないよね」
「そうそうそれそれ」
「あ、うん。本気なのはよくわかったから、今日はその辺でいいよ……」
芳麿が耀子に悪乗りすると、びっくりした信輔が二人を止める。
「まあそういうことなので、お兄様にはご苦労を掛ける分、私も全力で支援するから、大船に乗った気でいてね」
「大船に乗った気でいるのは耀子さんのほうじゃないかなあ……」
「まあしょうがないよ。史実のことを一番知ってるのも、それ故にこれからの日本を一番心配しているのも耀子さんなんですから」
興奮を抑えられない耀子を見ながら、兄と夫は苦笑いを浮かべつつ同情するのだった。
というわけで、火曜会総裁の近衛文麿に対抗して、鷹司信輔を研究会筆頭常務委員にするという決定的な歴史改変が行われました。史実ではどうやら一緒に行動していたらしい(と言っても、信輔は本当にその場にいただけだった様子)この二人ですが、この世界線ではどうなるのでしょうか。作者もぼんやりとしか決めてないです。
前書きでも書きましたが、新作の連載を始めてみました。よろしければこちらもご覧ください。
救国の輪廻RTA:実績「東洋の番人」~逆行転生RTSで日本をアジアの覇者にする最速戦略~
https://ncode.syosetu.com/n5107io/