来年と去年の境界
新年早々大地震が発生し、大変な事になっているかと存じます。
被害に遭われた方々が、一刻も早く普段の生活を取り戻されることを切に願います。
書籍版発売中です。詳しくは活動報告をご覧ください。よろしくお願いします。
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1934年12月31日23時30分。山階芳麿は、妻の耀子、長男の耀之(13)、長女の響子(11)、次女の馨子(7)を連れて、最寄りの神社へと歩いていた。積もるほどではないが、ちらちらと雪が舞い、吐く息も白く凍りつく寒さである。
「さむい……」
まだ7歳の馨子が、寒さに耐えかねて不平を言った。
「さむいねぇ~」
一方、馨子の手を引く耀子は、なぜか嬉しそうにそれを茶化す。子煩悩な彼女にとっては、子供がむずがる様子すらもかわいいようだ。
「ねむい……」
「ねむいねぇ~」
「お母様、やっぱり馨子に二年参りはちょっと早かったんじゃない?」
響子は眠気をこらえながら歩く妹を不憫に思い、母親に向けてささやかに抗議する。
「まあその時はそのときよ。今もフィールドワークで体を鍛えているお父様が背負ってくれるわ」
「え、僕ぅ!?」
唐突に話を振られた芳麿がびっくりしながら耀子のほうを見た。
「冗談よ。このぐらいの距離なら、さすがに7歳児を背負ってても歩けるから」
いくら運動不足で貧弱と言っても虚弱ではない。あくまで昭和初期の基準に照らしてのことであって、7歳の幼女すら抱きあげられないほど筋力がないわけではないのだ。
「まあ、誰もいない家に一人残すのも不安だし、やっぱり連れてくしかなかったと思うよ」
父の横を歩く耀之は母親を擁護する。年末年始は女中たちも休暇中で、この時期は山階一家しか家にいない。
「それに、馨子にはまだわからないだろうけど、今日は適度に雪がちらついていい天気だからさ。こんな時こそ、夜の神社を見ておいた方がいいと思うんだ」
そうやって芳麿は夜空を見上げた。
「あー、なるほどね、確かにきれいかも」
響子がそんな感想を漏らす。目的の神社は大きなたいまつの明かりに照らされて闇夜の中に浮き上がっており、そこを真っ白な雪がふわふわと降りてくることで、幻想的かつ荘厳な風景となっていた。
「ほら馨子、神社きれいよ?」
「……ねむい……」
結局途中から耀子におぶられていた馨子は、うっすら目を開けて神社を見た後、不満そうにそう言って目を閉じた。
「もったいないなあ」
「私はそうなると思ったけどね。馨子もつらいだろうし、さくっとお参りして帰ろ」
耀子が苦笑すると、響子はさっさと境内に入るように促す。5人は鳥居をくぐって参道を歩いていった。
5人は参拝客の列に並ぶと各々に5銭硬貨を配布して順番を待つ。参道の脇では甘酒がふるまわれており、参拝を終えた客たちが焚火にあたりながら柔らかな甘味を楽しんでいた。
「んみゅ……」
さすがに背負われたままでは参拝できないため、馨子は母親の背中から降ろされている。7歳ながら人の目を気にして脱力することはしないが、やっぱり眠いようだ。
「この風景を見ると、やっぱり1年が終わるんだなって実感するよ」
焚火のほうを眺めながら耀子がしみじみという。
「この先もずっと、この景色がみられるように頑張らないといけないな」
それを受けて芳麿がそんなことを口にする。
「そうねえ……」
「不安かい?」
「多分部分的にそう」
何かのアンケートの回答欄のようなセリフで耀子は答えた。
「私は政治家じゃなくて一介の技術者だから、国政への関与には限界がある。だからこそ、不安になるほどの責任は背負ってないとも言えるし、いざというときに十分な干渉が行えないかもしれない不安があるとも言えるの」
「そうだなあ……気にするなと言っても、耀子さんには難しいだろうしね……」
理想的な日本を作るため、幼少期から働き続けた彼女である。もはや歴史の流れは史実とかけ離れ、転生者としてそこまで気負う必要はないと諭しても、理解こそすれ納得はしないに違いなかった。
「ごめんね、おめでたいときに湿っぽい話しちゃって」
「きにしなくていいよ。それにね、ちょっと、耀子さんの不安を和らげられるかもしれない情報もあって……」
「ん?」
その時芳麿からもたらされた情報は、一部新たな心配を呼び起こすことになったものの、確かに将来への不安を払拭しうるものではあったのである。
参拝を終え、一家は帰り道を歩いていた。
「馨ちゃんは何をお願いしたのかな?」
「ピアノが上手くなりますようにって、おねがいした」
とりあえず、何か話しながら歩きたいと思ったのだろう。初詣で何を願ったのか響子が聞くと、馨子は極めて真っ当な答えを返した。
「兄ちゃんは?」
「まあ、今年は首席が取れますように?」
「流石に東京高校尋常科ともなれば、耀君といえどそう簡単には一番になれないものね」
そんな事を言いながら、耀子は自分が東北大学に通っていたときのことを懐かしむ。前世で大学院まで卒業していたからどうにでもなると思っていたが、なんだかんだいって最後まで首席を取ることは叶わなかった。
「お父様は何をお願いしたの?」
「それはもちろん、響子達が今年1年健康に過ごせますように、だよ」
「おお〜ありがとう。お母様も同じかな?」
響子は無邪気に母の方を見る。
「私はね……この幸せがいつまでも続きますように、かな」
実は、去年の終わりから新作の連載を始めました。
救国の輪廻RTA:実績「東洋の番人」~逆行転生RTSで日本をアジアの覇者にする最速戦略~
https://ncode.syosetu.com/n5107io/
本作とは直接繋がりは無いものの、やはり逆行転生知識チート仮想戦記ではあります。もしよろしければこちらもお楽しみいただけると幸いです。