【外伝】ソマリランド戦線異状なし
というわけでいったん外伝挟みます。
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「ひまねぇ、ミカ」
「そうだねぇ、キャロちゃん」
1934年12月。チベット戦車中隊"砂狐"──勝手にそう呼ばれていたものがいつの間にか正式名称になってしまった──の面々は、全く動きのない前線を前に暇を持て余していた。
「エリトリア戦線はどう? 相変わらずじりじり押し込まれてる?」
「特に情報が入ってないから、今も少しずつ押し負けてるんだと思うよ」
ミカの問いかけに対し、キャロリンが興味なさそうに答える。開戦後、腰の引けた用兵をするデ・ボーノは更迭され、エリトリア方面の司令官にはバドリオが任命された。
「ハーグ陸戦条約違反の毒ガスまで使って、アフリカの小国相手にようやく有利取れるとか、イタリア軍は恥ずかしくないのかな」
史実では「使わなくても普通に勝てた」と言われる毒ガスだが、この世界線のイタリアは実戦経験が不足しているため、ここまでやってようやくエチオピア軍に勝てるという醜態を見せている。もっとも、エチオピア側もダムダム弾──人体に命中すると弾頭が裂けて傷口をえぐる弾丸で、これもハーグ陸戦条約違反である──をイタリア兵に撃ち込んでおり、自業自得的なところがあるのは否めない。
「恥ずかしいだろうねえ。そんな状態で我々義勇軍のいるソマリランド戦線に攻撃を仕掛けて、撃退なんかされた日には目も当てられないんじゃないかな~」
「こっちはいつ来てくれたっていいんだけどな~」
そんなのんきなことを言っていたからかもしれない。突如としてあたり一帯にサイレンが鳴り響いた。
「空襲ー!」
イタリア軍空軍基地から爆撃機が離陸したとの知らせを受けたのである。この警報を受けて司令部にたむろしていたミカ達は、一斉に自分の車両に向けて走り出した。車両はあらかじめダグインし、入念に偽装してあるから、後は相手が見当違いなところへ爆弾を落とすことを祈るのみである。
「ミカさん、空襲があるんですか!?」
「そうみたい! ハッチとかを閉めて衝撃に備えて!」
破片や砂が飛び込まないように、暑さをしのぐために開けていたハッチ類を急いで閉めさせる。ミカもいつでも戦車の中に入れるように構えながら対空見張りを厳とすると、やがて南東から日本では見かけない三発機が飛んでくるのが見えた。
サヴォイア=マルケッティ SM.81 ピピストレッロ
機体構造:低翼単葉、固定脚
胴体:鋼管フレーム
翼:楕円翼、木製セミモノコック
フラップ:スプリットフラップ
乗員:6
全長:18.3 m
翼幅:24.0 m
乾燥重量:6800 kg
全備重量:9300 kg
動力:アルファロメオ 125 R.C.35 強制吸気4ストローク空冷星型9気筒4バルブOHV ×3
離昇出力:800hp
公称出力:650hp
最大速度:340 km/h
航続距離:1500 km
実用上昇限度: 7000 m
武装:7.7mm機銃×6
「あれがイタリアの飛行機ねえ……」
帝国人繊の洗練された双発機を見慣れているミカたちにとって、このガチョウのような三発機は、どこか不格好な印象を与える物であった。とはいえ、見た目が不細工でも、戦車にとって爆撃機が恐ろしいものであることは変わらない。
「そういえば、あれは今回が初陣になるんだなあ」
遠くのほうで派手に射撃している対空戦車を見やる。ロシア戦争のときは航空機に対してなすすべがなかったが、その時の教訓をもとに日本と共同開発している対空戦車を試験投入しているのである。
タプチ工廠 試製34年式自走対空砲
全長5.2m
全幅2.4m
全高3.0m
重量:15t
乗員数:5名(車長、運転手、無線手、砲手、装填手)
主砲:九二式対空機関砲
口径:40mm
砲身長:2400mm(60口径)
砲口初速:850m/s
発射速度:300発/分
装甲貫通力
破甲榴弾:62mm/90°@100m、51mm/90°@500m
九一式徹甲弾:77mm/90°@100m、58mm/90°@500m
備考:ガスト式
装甲
主砲前盾:13mm
主砲側盾:13mm
主砲天蓋:(オープントップ)
主砲後盾:13mm
車体正面
上部:25mm25°
下部:25mm50°
車体側面:13mm90°
車体背面:非装甲
車体上面:非装甲
車体下面:非装甲
エンジン:三菱内燃機製造 "UW6V40D" 水冷120°V型6気筒OHVユニフロー式ディーゼル
最高出力:240hp/2200rpm
最大トルク:82.9kgm/1600rpm
最高速度:32km/h
昨年正式化された九三式突撃車をベースに、乗員区画を切り開いて対空機銃座を設置。初めて見たとき、思わずミカは「なにこの駄コラ」と日本語でつぶやいてしまったほどの見た目だが、その防空能力は今の戦場で十分に通用するとの評価がなされていた。
「……敵機投弾。目標はうちじゃなさそうだけど、衝撃に備えて」
ミカは自車の乗員たちに注意喚起をする。あの位置での投弾は、おそらく自分たちより手前に設置してあるおとり陣地に落としているのだろう。相手が間抜けで何よりだ。
「……!」
いくつもの爆発音と地響きが来る。まだ命の危険を感じるほどではないが、いよいよ殺し合いが始まるのだと、チベット軍のだれもが覚悟を決めていた。
ミカが覗視孔から様子をうかがうと、遠方で砂煙が立っているのが見える。豆戦車を押し立てて突撃してくるようだ。
≪中隊長より2号車へ。キャロちゃん、敵勢力が突撃を開始したみたい。そっちはどう?≫
≪こっちも似たような状況だよミカちゃん。それから、我が方の第一線が砲撃にさらされて制圧されている。我々第二線からも援護射撃をした方がいい≫
≪そうだね……砂狐中隊長より砂狐中隊へ! 偽装を解くことを許可します! 味方第一線に迫る敵軍を撃退してください!≫
ミカの号令一下、敵豆戦車に対して75mm破孔榴弾が撃ち込まれる。初速510m/sで打ち出された砲弾はイタリア軍戦車の傾斜した13mm装甲をやすやすと貫き、内部で炸裂した。
「敵戦車撃破……って、あれうちや日本が運用してる十年式戦闘車じゃないですか!? なんでイタリア軍が!?」
「日本から十年式を買ってたのはチベットだけじゃないってことだよ。日本とイタリアの関係が冷え込んだのは、本当にここ1、2年のことだったし」
動揺する砲手に対して、ミカが背景事情を説明する。イタリアやチベットのほかにも、日本製戦闘車両はオーストリアやベルギー、フィンランド、タイに輸出され、少なくない外貨を日本にもたらしていた。
特に総合的な国力ではチベットと同レベルであるベルギーは日本製兵器を毎年のように買っており、時にはチベットと在庫を奪い合うこともあったりする。
昔はここにオーストリアも加わっていたが、一次大戦からの復興が終わり、自国産業も復活したので、ここ数年は自国で開発した兵器に順次置き換えていっているようだ。
「装填完了!」
「あ、ひゃい!」
装填手に頭をはたかれた砲手が素っ頓狂な声を出す。
「ほら、次行って。目標方位003、十年式」
「えーと003……いた! 照準、ヨシッ!」
「放て!」
正直なところ、イタリア軍の攻撃は甘い見通しの下に行われたと言わざるを得ない。彼らは砂狐中隊の装備車両を正確に把握しておらず、「自分たちと同じ十年式だろう」と思い込んでいた。そのため、第二線からの狙撃で自分たちの戦車部隊がなすすべなく溶けていくことは全く想定しておらず、「重装備に欠ける日英蔵義勇軍は、機械化部隊で押せば勝てる」と考え、今回の攻撃に出たのである。
「……なんか弱ない? 給料未払いの中国軍でももうちょっと粘るんだけど」
「車長、日本語出てますよ」
「おっと失礼……いや、なんかあっけないな~と思ってさ」
きちんとした中戦車と正面戦闘では力不足な豆戦車では勝負にならず、チベット軍正面のイタリア軍は早くも攻勢を中止して撤退を始めてしまう。
≪砂狐中隊より日本機動連隊へ。正面の敵軍を撃退しました。追撃の許可を求めます≫
≪日本機動連隊より砂狐中隊へ。イギリス軍のみで防衛しているわが軍中央が押されている。追撃の代わりに敵中央への側面攻撃を要請する。貴隊の攻勢発起にあわせて、我が隊も逆襲を開始する≫
つまり、正面の敵を追いかけるのではなく、味方の中央に殺到する敵軍を左右から側面攻撃し、最終的に包囲殲滅したいとの提案であった。
≪了解しました。我が軍は3分後に攻撃に移ります≫
≪了解。武運を祈る≫
≪砂狐中隊長より砂狐中隊へ。3分後に我が軍正面の敵軍が敗走した間隙を突き、敵中央に対して側面攻撃を仕掛けます。逆サイドにいる日本軍も合わせてくれますので、うまく握手できるように無線に注意を払いながら攻撃してください≫
各車両は大急ぎで戦車壕から抜け出すと、突撃に備えて集合し、前衛のイギリス軍歩兵を拾いに行く。タンクデサントとして一緒に突撃してもらい、程よいところで降ろして側面攻撃に備えるためだ。
≪各車両準備はいいですね? ……突撃!≫
チベット軍戦車たちはしがみついているイギリス兵を振り落とさないようにやさしく発進し、イタリア軍中央に対して突撃を開始する。同時に日本軍機動歩兵連隊も九三式突撃車による逆撃を敢行し、両サイドからイタリア軍中央を圧迫した。
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