泥沼の内戦
エチオピアと満州をめぐる争いの説明回です。
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一発の銃弾をきっかけに始まった内戦は、早くも泥沼の様相を呈し始めている。開戦当初は景気よく攻めていた中華民国軍であったが、装備の質で勝る清国軍の火力に死体の山を築き、早くも息切れしてしまった。これを見た清国軍は反撃に転じてみたものの、今度は戦闘経験の無さから部隊間の連携が取れず、こちらもわずかな成果しか得られていない。
「んー、我が国の軍事顧問団がついていながらこの体たらく……いや、北京ぐらいまでぶち抜かれちゃったら、それはそれでよろしくないんだけどさ」
大陸の戦況を伝える新聞を読みながら、ぶつくさと文句を言う耀子。
「その軍事顧問団なんだけど、あまり仕事をしてないみたいなんだよね」
「ん? どういうこと?」
通りがかった芳麿が妻のつぶやきに答えると、耀子はそれに反応した。
「大恐慌でだいぶ小さくなったとはいえ、今の清はまだまだアメリカの影響が強い国でしょ? 真面目に指導なんかしたら、我が国のノウハウをアメリカに盗まれるかもしれないじゃない」
「なるほど、確かにそれはまずいかもしれない」
それもそうかと納得する耀子。世界恐慌の引き金を引いた事や、不況の影響が深刻化しなかったことから、アメリカでは黄禍論が過去最高の盛り上がりを見せており、政府間関係もまたぎくしゃくし始めていた。特に野党である民主党は、政府の不景気に対する無為無策を批判する傍ら、国民の支持を集めるために日本脅威論をぶち上げるようになっている。
「いますぐではないとおもうけど、近いうちにアメリカとは雌雄を決する時が来ると思うのよね……孤立無援にならないように、できる限りのことはしてきたつもりだけど……」
「ひとたびあの生産力が機能し始めたら、我が国はひとたまりもないよなあ……おちおち野鳥観察にもいけないよ」
そう言って夫婦はため息をついた。
「とはいえ、ここからどうやってアメリカと我が国が戦争をするんだ? うちからも向こうからも仕掛ける理由がないだろう」
「そうねえ……例えば大恐慌の時、日本人が在清アメリカ資産を買いあさっていたでしょ? あれを『我が国の満州権益を脅かす行為だ』と言って、アメリカ政府への無償引き渡しを要求するとか」
芳麿からの問いかけに、大恐慌当時からひそかに心配していた口実を耀子が答える。
「いやそれはどうみても言いがかり……でも欧米ってそういうことするしなあ……」
今はまだ昭和初期。アジア諸国に対する欧米列強の無法はまだ記憶に新しかった。そもそも、米国が主張するであろう満州権益も、合法的に得たのは満州鉄道とその周辺に関係する部分だけである。残りの満州全域については辛亥革命に対して暴発した結果、生存させた清に対してなし崩し的に認めさせたものであり、イギリスあたりからも不興を買っていた。
「商取引で得た在清資産を無償引き渡しとか、受け入れたら今のわが国では暴動が起きるでしょうね。下手すると民衆に同調した軍がクーデターを起こしかねない」
史実日露戦争の日比谷焼き討ち事件を思い出しながら耀子が言う。
「耀子さんのおかげで我が国は本当に強く豊かな国になったものな。それこそ、近代に入ってからは一度も負けてないくらいには。だからこそ、ここ最近外国と戦争をしていないアメリカに対して、国民感情的には下手に出られない……」
史実より国力をつけ、より良い選択肢を選び続けてきた弊害である。先のロシア戦争も世論はイケイケドンドンだったことを考えると、アメリカの挑発行為に対して炎上する可能性は常に考慮すべきだ。
「いろんな意味で素直に喜べないなあ……でも、弱く貧しい国のままではいられなかったし、切り替えていくしかないか」
「そうだね。僕もできることはするから」
「芳麿さん……すみません、助かります」
夫の申し出が、今は素直にうれしかった。
「……そういえば、チベットの戦闘車乗りの子はどうしてるって?」
「元気に陸軍勤めを続けているみたい。手紙には書かれてなかったけど、あの子の実力なら間違いなくエチオピアに居るでしょうね」
兵士がどこで何をしているかは重要な機密情報である。国内外で知られる軍人となったミカも例外ではないため、耀子との手紙のやり取りも、当たり障りない内容がほとんどだ。それでも、マスコミから得られる国際情報から、チベットが日本に便乗して戦車1個中隊をイギリス領ソマリランドでの合同演習に参加させたことはわかっている。
「エチオピアでも戦争が始まったけど、思ったよりもだいぶ善戦しているね。いくら我が軍が精強とはいえ、1個旅団規模の義勇軍で15万人のイタリア軍をどうこうすることはできないだろうから、向こうの戦争経験不足が足を引っ張ってるのかな?」
この世界線のイタリアはロシア戦争はもちろん、一次大戦にも参戦していないため、戦車や歩兵戦闘車が跋扈する近代の戦場を経験していない。一応列強の端くれではあるため、日本から十年式軽戦闘車を購入するなどして装備だけは整えているが、それらをうまく運用できるかとは別問題であった。
「一応、日英が武器弾薬を支援しているのも大きいんじゃない? 小銃すら自力で揃えられるか怪しい国だから、三八式歩兵銃とか渡すだけでも結構な戦力増強になるんでしょ」
ほかにも、エチオピア北部は地形が山がちで進軍しづらいこと、イタリア軍エチオピア北部側指揮官がエミリオ・デ・ボーノであるため、用兵が慎重すぎることも原因として挙げられるだろう。
「ソマリランドで演習をしていた日英蔵の部隊も予定通り義勇軍としてエチオピア側で参戦したようだし、せっかくだから勝ってほしいね」
「そうねえ……でも、現実はそううまくはいかないんじゃないかなあ……」
そう言って耀子は、異国の地で産まれた同郷の友人の無事を祈るのだった。
流れ的に次はエチオピア内戦の外伝になりそうですが、すぐに書けるかわからないので別の話になるかもしれないです。
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