【外伝】砂狐中隊
遅くなってすみませんでした。中国で内戦が始まり、こちらもいよいよ火の手が上がりそうです。
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イタリアがエチオピアに挑発を繰り返し、日本が唐突にソマリランドへ1個機械化歩兵連隊を派遣したとき、もう1国これに1個戦車中隊を便乗させた国がある。例によってチベットであった。
「目標、方位015の歩兵砲陣地!」
近隣の中華民国が清との内戦を始めようとしているものの、残念ながら講和条約によってかの国への敵対行動はやりにくい状態にある。そもそも恐慌の影響で陸軍予算が削減されており、またあの畑で人が取れる国と争うのは避けたかった。
「照準ヨシ!」
そんな状況でも軍に経験を積ませるため、チベットの最精鋭、機動第1旅団戦車第1連隊隷下の、第1大隊第1中隊をアフリカに派遣している。日英との合同演習で得るものがあればよし、その後イタリアがエチオピアに侵攻したなら、エチオピア側に義勇軍として参戦できてさらによし、といった具合だ。
「放てっ!」
チベット戦車中隊の中隊長車が発砲する。と言ってもこれは演習であるから、使われたのは空砲であった。演習相手の英軍陣地には撃破判定が下され、沈黙する。
≪敵陣地撲滅!≫
≪よし! 間髪入れずに押し込むよ! 全車前進!≫
中隊長のカヤバ・ミカ・サカダワ大尉は勝負を決めるべく、僚車に前進指示を出す。
≪チベット戦車隊、6号車撃破≫
その矢先、中隊左翼にいた1両に撃破判定が下る。アフリカの資源もない地域に駐屯しているとはいえ、経験豊富なイギリス軍であることは変わらないらしい。とはいえ、その程度で足を止めるほどチベット戦車兵も未熟ではない。
≪左翼側から撃たれてる! 遮蔽をとりながら前進を継続して!≫
ミカは敵歩兵砲陣地を放置して前進を続行させる。
≪後続の機動歩兵に伝達します! 我が部隊の左翼側に隠蔽された歩兵砲陣地があるようです! 撃滅できますか!?≫
≪了解! あれだけ片付けてくれれば十分やれます!≫
同時に日本軍の機械化歩兵に連絡し、無視した敵陣地の撲滅を依頼した。これで後方から撃たれ続けることはないだろう。
≪敵最終防衛線を確認!≫
≪全車ダックイン! 砲塔正面装甲を信じて真っ向勝負するよ!≫
中隊の装備する日本製の戦車、十二年式中戦闘車1型乙の砲塔正面装甲は75mm。日本やイギリス本国の部隊ならともかく、ソマリランド駐屯部隊の装備では貫通できない。結局、チベット戦車中隊をうまく拘束できなかったことが致命傷となり、演習は日蔵連合軍側の勝利で幕を閉じた。
「はぁー楽しかった! みんな、ついてきてくれてありがとう!」
「こちらこそ、ミカ大尉の指揮下でイギリスとの合同演習に参加でき、大変うれしいです!」
「一生の思い出になりました!」
人的資源が乏しいチベットでは、男手が皆歩兵科に取られてしまうため、戦車や飛行機に女性兵士を乗せていた時代があった。今でこそ大恐慌や中華民国との和平により軍備を縮小したため、そのようなことは少なくなったが、現在もこの中隊は全員が女性で固められている。
「お疲れミカ。やっぱイギリス軍は強いね」
「あ、キャロちゃんもお疲れ。やっぱ新疆軍と比べて陣地の作り方が凝ってるよね」
幼馴染で戦友のオールコック・キャロリン・トーギャー大尉も、ミカのもとへ駆け寄ってきた。彼女も大尉であるため、本来は戦車第1大隊本部付の人員なのだが、イギリス人とのハーフで英語が堪能なところを買われ、今回の演習にアサインされている。
「ロシア軍は幾重にも備えがある感じの重厚な陣地を築くけど、イギリス軍の陣地は生き残って奇襲をかけることに重点を置いてる気がする」
「いやまあ、野戦築城なんてどこもそんな感じなんだけど、イギリス軍の防御陣地は何というか、こう……ねっとりしてるよね……」
キャロリンの乗っていた2号車は演習中に側面から射撃され、撃破判定を下されていた。今回の演習目的が「機械化部隊に対する防御方法を研究する」ところにあったのもあり、巧妙に隠蔽された歩兵砲陣地が、突破しようとする戦車や歩兵戦闘車を側面から射撃できるように築城されている点が多数存在していたようである。キャロリンはそれを、粘着質に感じたようだった。
「其処はやっぱ、海千山千の英国紳士のなせる業ってことなんでしょ。耀子さんもブリカスって呼んでたし」
山階耀子がたまたまチベットへ家族旅行に訪れた時、日本人とのハーフで日本語が得意なミカが護衛兼通訳についたことがある。その時の縁で耀子が転生者であることを知り、今では現代日本ネタが多少通じる唯一の友人──自覚も記憶も薄いが、ミカもまた転生者ではあるのだ──として文通する仲になっていた。
「うーん、なんか複雑な気分」
「でも、割と素直なキャロちゃんもイギリス人っぽいところ見た目以外にもあるよ」
「ん? なにそれ」
気になったキャロリンが首をかしげる。
「アクセル全開で走るとき、POWWWWWEEEEEEEEEEEEEEEERRRRRRR!って叫ぶところ」
「普通のイギリス人そんなことしないと思うよ!?」
間髪入れずにキャロリンはツッコミを入れた。
「そうかな……そうかも……」
そういわれてみると、どうして自分もそう思ったのか疑問に思い始めるミカ。この手のことは大抵前世の記憶が絡んでいるので、今度手紙で耀子に聞いてみようと思うのだった。
「さて、皆! 汗まみれでぐしょぐしょなところ悪いけど、反省会するよ! 集まって!」
雑談もそこそこに、ミカは部隊員を招集し、反省会を始める。中隊としての反省がまとまったら、今度は各国部隊指揮官同士で集まって、今回の演習の総括をするためであった。
「……というわけでして、我が軍としてはやれることはやったわけですが、対装甲火力が根本的に不足しており、チベット戦車中隊を抑えきれなかったことが敗因だと考えております」
イギリス軍司令官はそのように総括した。彼らからしてみれば、資源もないアフリカの治安維持用部隊で、完全機械化された精鋭部隊を相手するというとんでもない無茶をさせられたのである。言葉の端々から、もう勘弁してほしいという気持ちが漏れ出していた。
「そうですなあ……エチオピア北部の山岳地帯ならともかく、このあたりの開けた土地では、肉薄攻撃も難しいでしょうし……」
難しい表情で日本の機動歩兵連隊長、宮崎繁三郎大佐が意見する。彼も自分たちが勝つのは当たり前だと考えていたため、自分たちがイギリス側の立場だったらどう対処したかを思案しているようだ。今後戦場になるであろうエチオピアを話題に乗せるのも忘れない。
「日本の機動歩兵の皆さんがうまく随伴してくれていたので、そもそも肉薄攻撃を行うチャンスがなかったと思います。とはいえ、先陣を切るときはどうしても援護がもらいにくくなりますので、そこを狙われて、隠蔽された陣地から側面攻撃を受けたことは何度がありました」
「もっと陣地の縦深が深ければ、我々はすり減らされて壊滅したでしょうね」
チベット側指揮官として参加しているミカに続けて、通訳扱いで同席しているキャロリンが発言する。
「うーむ……今回は意識的に縦深を大きくとったのだが、まだ足りなかったということか。だが、一方でこちらの想定以上に日本の機動歩兵を制圧できなかった感触があったのだが、宮崎大佐、やはり火力密度が低くて動きやすかったりしたのか?」
「そうですねえ……別にこちらとしてはこんなもんかなという手ごたえでしたが……」
イギリス側歩兵連隊は現地民の反乱を鎮圧する程度のことしか想定していない部隊であるから、火砲も旧式で小口径のものばかりである。一方、日本側は配備が始まったばかりの最新型歩兵戦闘車、九三式突撃車の各バリエーションが歩兵を乗せて突っ込んでくるのだから、生半可な火力では止められるはずもなかった。
「……やはり、戦術や作戦の工夫にも限界があるので、装備を充実させて対装甲火力を強化すべき、が結論になる、いや、した方が良いのではないかと思います。イギリス軍の防御陣地は、全員帰還を目指していた我々チベット軍にとっていやらしいつくりをしており、出血を強いられました。ですが、本来であれば戦車や突撃車、対装甲兵器によって正面からのぶつかり合いで押し勝てたほうが犠牲が少なくて済むはずです。あまり、工夫次第で何とでもなるような報告書は上げない方がよろしいかと」
「身もふたもないなあ」
ミカの意見にその場の全員が苦笑する。一種の理想論であり、金より人の方が希少な国の軍隊だからこそ出せる結論でもあった。
「とはいえ『敵の兵器が優れていたのでなすすべなくやられました』なんて言い訳、戦時では通用しないのだよミカ大尉。これまでの意見を聞くと、機械化部隊の攻勢に対しては、縦深を深くとって陣地を入念に隠蔽し、側面からの奇襲を心がけることで出血を強いることができるみたいだから、その方向で報告を上げることにしよう」
彼の言う通り、どんなに装備が劣勢でも、護るべきもののために戦わなければいけないのが軍隊である。隠蔽された陣地からのゲリラ的な発砲により、有力な戦車中隊に出血を強いることができたのは事実であるから、イギリス軍司令官はそこをうまくまとめて戦訓としたいようだ。
「日本軍としても、自分達とは異なる着眼点での防御陣地を文字通り体感でき、有意義な演習でした。来るべき本番に向けて、引き続きよろしくお願いしたい」
「先ほどは生意気なことを言ってすみませんでした。こちらからも引き続きよろしくお願いします」
宮崎とミカ、ついでにキャロリンが頭を下げる。中国では清と中華民国の内戦が始まった。欧米の視線が国清内戦の行方に集中している今のうちに、イタリアもエチオピアに戦争を仕掛けるだろう。
「少なくとも我々が負けないためには、貴殿らの協力が不可欠だ。こちらこそ、ぜひともよろしく頼むよ」
たった2個連隊と1個中隊で守るには、エチオピアの領土はあまりにも広い。かの国がイタリアに敗北し、降伏することは避けられないだろう。それでも、せめて自分達だけはイタリア相手に勝利し、貴重な戦訓を持ち帰りたい。この場の全員が、そう考えていたのだった。
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