自走砲車
というわけで、自分で走るあれです。
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個人携行火器の試験が終わったが、審査はこれで終わりではない。今度は1個分隊以内の人員で運用する直射火器の試験を行うのだ。
「あれが十糎直射歩兵砲か。陸軍技術本部が用意したどの歩兵砲よりも太いが、その割に砲車が華奢に見える」
「構造的には五糎擲弾銃を前装式から後装式に変えて拡大したものですからね。反動が小さいので駐退復座機や砲車が貧弱でも問題ないですし、砲自体も薄肉化して軽量化できました」
試製五糎擲弾銃を拡大し、軽量砲架に据え付けたのが、試製十糎歩兵砲である。こちらの弾頭は十糎榴弾砲弾を流用しているため、歩兵砲としては世界でも上位の威力をもっていた。にもかかわらず、ロケット砲であることから腔圧が低く、低反動であるため、歩兵砲としては最軽量の放列砲車重量に抑えられている。
試製十糎歩兵砲
砲口径:105mm
砲身長:630mm (6口径)
砲口初速:200m/s
砲重量:45kg
放列砲車重量:195kg
有効射程距離:1.0km
俯仰角:-5 ~ +20度
要員数:4名
「さて、撃ち始めたが……ロケット砲らしく、少々癖のある弾道だな」
「でも精度自体は良さそうですね。ゴダードさんがいい仕事をしてくれたようです」
ロケット砲の場合、ロケット自体の設計が命中精度に影響してくる。史実の試製66㎜擲弾銃でも、当初20%だった命中率が、M-Vロケットなどで有名だった日産自動車宇宙開発部の参入によって80%まで向上したという事例があった。
「一発の威力はさすが十糎砲と言ったところか。うちの40mm狙撃砲とは比べ物にならんな。それ以上に砲弾がおおきくて、装填には苦労しているようだが」
「コンクリ製のトーチカ相手なら豆鉄砲を複数発撃っても意味があるかもしれませんが、鋼鉄製の装甲戦闘車両には、何度撃ってもはじき返されるだけです。それなら、苦労してでも重い一発をぶち込める方が、対処できる相手が増えて有益だと思いました」
「その通りだ。とはいえ、大きな火砲はそれだけ動かしづらく、動き回る敵車両に追随するのは容易ではない。そのあたりのバランスをとろうとすると、あの構造の歩兵砲が最適解であるというわけだな」
「まあそういうことにしておいてください」
当たり前のことだが、帝国人繊は軍の工廠ではないので火砲の製造経験がない。一方。ロケットであれば射場がある焼津でちょくちょく打ち上げているため、そこそこのノウハウをため込んでいた。つまるところ、まずロケット技術があって、それを応用できる使い道として提案している、というのが実情である。
「試験が終わったようだな。次は……例の自走砲車か」
「はい。前世でああいうのを見たことがあったので、今の技術力で真似してみたんですよ」
十糎歩兵砲に続いて登場したのは、くろがね重工業が試作した「試製一号自走砲車」だ。山砲クラスの火砲を搭載する想定で設計された砲車であるが、軽自動車に使われる35馬力のB005Cエンジンを搭載することで、短距離なら最高20km/hで自走する機能を持つ。ようは小さなFH70である。
「……意外とよく走るな、あれ」
「でしょ? 鈴木親子がいい仕事をしてくれたんですよ」
馬も牽引車もなく、自分で走っていく砲車に何とも言えない感情を抱く信煕であった。
「無事に、射撃地点に到達したな」
「砲を展開し始めましたね」
今回、この砲車に据え付けられているのは史実でも長きにわたり活躍した四一式山砲である。この口径75mmの山砲を展開状態で1回発砲した後、自走形態に移行して50m躍進し、再び展開して発砲するというのが今回の試験だ。
「車輪とサスペンションはジムニー、発動機はウィズキッド、変速機に至っては御料車の遊星歯車式副変速機を流用してるのか。相変わらずお前は流用するのが好きだな」
「新規に設計するとめんどくさいんですもの。既存の物が使いまわせるなら、それに越したことはありません」
そう言って耀子は苦笑した。
そうこうしているうちに試験の全行程は問題なく終了し、砲と要員は集合場所へと歩いて行く。鷹司兄妹も、砲車の使い心地がどうだったかを聞くために集合場所へと向かった。
「いやあ楽ですね。このクラスの火砲でも、陣地転換をしようと思ったら、馬で牽くか、分解してから人力で搬送する必要がありますから」
試験を担当した陸軍技術本部付の能登久は、まず一号自走砲車の利便性をほめる。
「つまり、自走機能は狙い通りちょっとした陣地転換にうまく使えるようになっていると?」
「そうですね。あれは本当に便利ですよ。でもしいて言うなら、もっと重い火砲についていた方が便利な機能ですかね。十二年式戦闘車の二型みたいなのが突っ込んできたら、野戦両用砲で直射しないと撃破が難しいので」
十二年式戦闘車二型の正面装甲は砲塔が75mm、車体が40mm/25°であり、四一式山砲の徹甲弾では貫通できない。八年式七糎野戦両用砲なら距離500mで92mmの貫通力があるので理論上は撃破可能だ。
八年式七糎野戦両用砲
口径:75mm
砲身長:3.4m(45口径)
砲口初速:750m/s
砲重量:490kg
放列砲車重量:2600kg
最大射程距離:14.0km
最大射高:9500m
俯仰角
対地砲架:-5 ~ +45度
対空砲架:-7 ~ +85度
要員数:4~12名
ちなみに、両用砲とは言うものの、対空射撃のためには専用の背の高い砲架に積み替える必要があった。このため、戦況に応じてフレキシブルに対地対空をきりかえられるわけではなく、両用砲としては他国の例に漏れず不完全な代物である。
「そういわれると思いまして、野戦両用砲を搭載した二号自走砲車もご用意しているのです。後ほどお見せしますよ」
「成程それは楽しみです」
二号自走砲車はエンジンがジムニー用の70馬力B010Cに強化されており、砲架にも相応の補強が入った野砲用の砲車である。貫通力に優れた野戦両用砲に限定的ながら機動力をもたせ、対戦車砲としての運用を容易にする狙いで開発された。つまり、これら自走砲車もまた、直射火力を充実させる策の一環なのである。
「欠点を上げるとすれば、やっぱり砲架の剛性が足りないというか、きしみ音がするところが気になります。目標に忍び寄るときに不都合があるかもしれません」
「お出しした砲車はすべて同じ基準で設計してますからね……二号自走砲車も似たようなものかと思います。陸軍で手直しいただいたほうがよろしいかと」
ノウハウ不足を痛感しながら耀子が答えた。
「もとよりそのつもりだ。はじめからうまく作れるとは思ってない。むしろ、陸用兵器の経験がない中でよくここまでやってくれたな。まだまだ検討は必要だが、少なくとも十糎歩兵砲と五糎擲弾銃は制式化されるだろう」
「短い開発期間でここまで斬新なものを用意してくるのもすごいですよ。技本の試作品はあまり冒険することができなくて、結果的に凡庸な物ばかりになってしまいました。帝国人繊さんを見習って、我々も精進する必要がありますね」
「いえいえそんな……こちらこそもっと精進しなければなと思っているところです」
二人から褒められた耀子が恐縮する。今回あまり目立たなかったが、陸軍技術本部の試作品も決して悪いものではなく、細かい使い心地などでは帝国人繊の物より優れていた。
「いくつかの試作品は、まとまった数を満州に送って国清内戦で実戦投入する。どれを持っていくかは追って連絡するから、工員とかの都合をつけておいてくれ」
「わかりました。ちょうど海軍から発注されていた対艦ロケット弾の量産ラインを引くところでしたので、その片隅で作れるように準備しますね」
日本からはすでに軍事顧問団が清に送られている国清内戦だったが、義勇航空隊の追加派遣と、兵器の供与が行われることになっている。今回試験した試作兵器群も戦場へと送られ、中華民国軍に向けて猛威を振るったり振るわなかったりしたのだった。
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