Anti Tank Crossbow
急遽内容を膨らませたので遅れてしまいました。申し訳ありません。
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1934年7月7日。この世界線での盧溝橋事件が発生した。ただし、満州国の位置にいるのは清であるから、勃発したのは日中戦争ではなく「国清内戦」である。
「ありがたいですねえ。これで我が国は戦争特需にわきたちますから、この隙にMEFO作戦を中止しても不景気にはならないでしょう」
「おまけに良い機会だからと試作兵器の実験場にしようと考えるとか、向こうにとってはいい迷惑だろうな」
隣国でありながら戦禍に巻き込まれることはまずない日本にとって、この展開はとても都合が良かった。理由は鷹司兄妹が述べたとおりで、日本は不景気対策として密かに実施していたMEFO手形の振り出しを中止して経済の健全化をはかり、試作兵器を清に貸与して実戦データを取ろうとしている。
「いいじゃないですか。清はロシア戦争のときにさんざん儲けましたし。少しぐらい返してもらいましょう」
「とはいえ……少しは加減してやったらどうだ?」
さも当然とばかり耀子が言うと、信煕は審査会のために陸軍技術研究所と帝国人造繊維、そして設立されたばかりのくろがね重工業から集められた試作品に目をやった。
「国家の一大事ゆえ、情けは無用にございまする」
「向こうがな……我が国は別に困窮などしていないのだから、弩の試験をする必要はないだろ」
呆れた口調で信煕が話すと、耀子はスタスタと試作品の方へ歩いていき、話題の「対戦車弩」を拾い上げる。このGFRP製クロスボウはコンパウンドクロスボウであり、動滑車の原理で弦の重さを軽減していた。
「いやいや、これがなかなか便利なものでしてね。フンッ〜!」
そう言うと耀子は弩の先端についている鐙に足をかけ、渾身の力を込めて弩の弦を引いた。
「はあ……はあ……このように、動滑車の原理を使うことで、女性の力でも何とか、装填をおこなうことができまして……」
息を整えつつ、鏃の代わりに麻束を取り除いた八九式破甲手榴弾がついている「穿甲ボルト」をつがえると、射撃場の射点につく。100m先の、歩兵戦闘車を模擬した的に狙いを定め、引き金を引くと、風切り音とともにボルトが発射された。
「……このように、100m先まで穿甲榴弾を投射することができます。ほぼ無音で」
放たれたボルトは的を飛び越えて向こう側へと消えたが、確かに100m以上は飛んでいっている。
「確かに、歩兵による対車両戦闘は奇襲が基本だから、発砲炎がなく、音もほとんどしないのは利点になるだろう。だが、あの弾道と弾速で動いている車両に当てるのは難しいんじゃないか……?」
「戦車の方も、動いている間に砲弾を当てるのは難しいでしょう。射撃するためにはどうしても止まる必要があります。応急的な武器ですから、止まっている車両に当てられれば十分です。まあ、音も光も発しませんから、きちんと隠れていれば外したところで気づかれないと思いますけどね」
この対戦車弩、形状的には全く似ていないが、参考にしたのは史実のイギリス製対戦車兵器PIATだ。PIATもほぼバネの弾性力によって対戦車弾を打ち出すため、耀子が言ったように発射音や発砲炎が小さく、発射位置が暴露しにくい特徴を持つ。ネタ兵器呼ばわりされることも多いが、史実の二次大戦中挙げた戦果は、有名なパンツァーファウストにも引けを取らない。
「ふーむ……まあ、ノリと勢いだけで作ったわけではないのはわかった。雑談はこのくらいにしておいて、試験を始めてもらおう」
まずは兵士一人で扱える小火器の試験から始まった。
「今から試験するのは……ライフリングを刻まない擲弾筒だな」
「陸軍技術本部と、弊社から1個ずつ出てますね。技本さんのは十年式擲弾筒の改良型ですか?」
「そうだな。時間もなかったし、なるべく開発費を抑えたいのもある。そっちのは……これはスピガットモーターか?」
「ご明察。飛翔体開発課が作れそうなものとなると、普通の発射機ではなくて、こっちの方が都合が良さそう、となりました」
帝国人造繊維開発本部航空技術部飛翔体開発課は、本来ロケットの開発を担う部署である。アメリカから引き抜いてきたロバート・ゴダードが課長を務めており、その開発力は折り紙付きだ。
「さて、そろそろ撃ち始めるぞ……おや、そっちの小型差込式擲弾筒は、射手が擲弾筒から離れたな」
「砲弾側に装薬があるので、発射すると射手に向かってガスが飛んでくるんです。なので、有線遠隔点火装置で装薬に点火します」
「なんだそりゃ、さっきの対戦車弩以上に待ち伏せに特化した兵器なんだな……」
やれやれと言った調子で信煕が言う。
「逆に、着火装置を工夫することで、無人での待ち伏せもできますよ。敵戦闘車がスイッチを踏むと、物陰から砲弾が発射されたりとか」
「……そう聞くと便利そうだな。擲弾筒としてはかなり使いづらいが、対車両障害機材としては良さそうだ。後日工兵科に感触を聞いてみるとしよう」
このほか、この差込式迫撃砲は大きな安定翼を持つことで、滑腔砲身である十年式擲弾筒よりも命中精度が良いことが分かった。しかし、発射前に射手が発射機から離れる必要があること、発射機を固定する手間があること、弾薬がかさばることから、擲弾筒としては不適と判断される。とはいえ、ブービートラップとしても使える汎用性が評価され、工兵機材として後日再審査されることになった。
うまく記述できなかったのですが、対戦車弩の投射能力はPIATと同等です。しかし、反発力90kgのばねをそのまま引き延ばさなければいけなかったPIATと違い、コンパウンドボウ構造となっている対戦車弩はもっと軽い力で弦を引くことができるようになっています。
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