成形炸薬弾の欠点
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「では、後回しにした擲弾筒の問題について、鷹司殿お願いします」
「了解しました。それでは、八六式擲弾筒における穿甲榴弾の貫通力低下について、鷹司信煕大佐より報告させていただきます」
「お兄様ももうそんな階級か……私も歳をとるわけだわ」
耀子がため息をつきながらそんなことをつぶやく。
「……えー、本件は八六式擲弾筒用に開発した穿甲榴弾で、貫通力試験の結果が単体試験の時と比較して約半分に低下するという事象が発生したものであります」
耀子を一瞬じっとりとした目で見た後、信煕は鉄塊を2つとりだし、机上に並べた。
「こちらが砲弾単体試験で90mmの装甲板を貫通した時の断面で、もう片方が実射試験で90mmの装甲板を貫通できなかった時の断面です。お手に取っていただいても構いませんが、重いので慎重に取り扱ってください」
「少なくともデスクワーク女子では持ち上がらないかも……」
見るからに重そうな外観を見て耀子が軽口をたたく。
「穿甲跡からみるに、実射試験では製造バラツキでギリギリ抜けなかったというわけではなく、明らかに貫通力が低下していることがわかります。実際、このあと2回ほど同様の試験を繰り返しましたが、用意した100㎜の装甲板を貫通できませんでした」
それを無視して信煕は話をつづけた。ここまできいて、耀子はある事象を疑いはじめる。果たして、彼女の予感は当たることになった。
「単体試験と実射試験の相違点を分析したところ、実射試験では砲弾に旋転が加わっているのが原因ではないかと考えました。そこで、試作した穿甲榴弾をライフリングの無い十年式重擲弾筒を使って実射試験を行ったところ、予想通り、単体試験と同等の貫通力を発揮することが確認できました。これにより、少なくとも砲弾が旋転していると、穿甲榴弾の貫通力が大幅に減少することはわかりました」
この問題もまた史実で発生していて、ライフル砲から発射する二次大戦期の成形炸薬弾は口径と同程度の貫通力しか持たない。無旋転の60mmロケット砲弾を用いる同時期の対戦車兵器M1バズーカの貫通力は100mmもあり、口径の6割6分増しになっているところからも明らかだ。
「そこで、擲弾筒を十年式の改良型に更新し、貫通力の高い穿甲榴弾を擲弾筒から放てるようにしたいと考えております」
「うーむ……私なら専用の発射機を別途用意して、擲弾筒には手を加えない方が良いと思うのだが、理由を聞かせてもらってもいいかな?」
南部が尋ねると、信煕が回答する。
「理由は3つあります。1つ目は歩兵一人で操作できる兵器から穿甲榴弾を発射できること。2つ目は大抵の歩兵が操作に習熟しており、転換訓練がさほど必要ないこと。3つ目は、専用の発射機には専用の砲弾が必要になり、兵站の負荷が増すことです」
「成程、一理はあるが……絶対に擲弾筒でなくてはいけないという理由もないな」
「同意見です。いったん解決策をできる限り出してみませんか? 絶対何か見落としてますよこれ」
耀子はそういうと、出席者にヒアリングをしながら要求仕様をまとめていく。
要求仕様
・歩兵一人で操作できる直射火器であること
・穿甲榴弾を旋転させないこと
解決策
1:ライフリングを刻まない擲弾筒に更新する
2:旋転しない穿甲榴弾を開発する
3:旋転の影響を受けない対装甲弾を開発する
4:専用の擲弾発射機を開発する
「旋転しない穿甲榴弾を開発する、という手があるのか。無意識に排除していたが……」
「ぱっと思いつく限りでも、わざとライフリングにかみあわないように設計すれば、旋転しないようにできる。まだほかにやり方があるかもしれんな」
「弾帯が弾体から浮いていて、回転する力を直接伝えないようになっていてもいけると思います。もともと新規開発の砲弾で、まだ制式化されてないのですから、この対応が最も現実的かと思われます」
史実でもこの「ライフル砲から発射しても旋転しない構造にする」方法が模範解答となっている。
「とはいえ、専用の直射擲弾発射機というのも、なかなか捨てがたいところがあります。昨今の突撃車や戦闘車の発展を見るに、擲弾筒で発射できる弾では対応できない車両も将来登場するでしょうから、歩兵中隊レベルで運用する、より大型の直射兵器は必要なのではないでしょうか」
「八八式自走砲が演習で好評なのを考えるに、近接支援直射火力とでもいうものは歩兵からの評判が良い傾向がある。菅殿の言うとおり、歩兵中隊隷下で使用する大型擲弾発射機を……いやまて、よく考えたら、我が軍の歩兵は自分の自由に使える直射火力が連隊までさかのぼらないとないのではないか?」
信煕が気付いた通り、この世界の日本陸軍歩兵部隊は、大隊以下の単位で自身の指揮下に擲弾筒以外の直射火力を持っていなかったのだ。他国の陸軍では大隊指揮下に武器中隊がおり、この武器中隊が軽対戦車砲などの直射火力を持っている。
「歩兵大隊には歩兵砲中隊がありますが、あそこが装備しているのは迫撃砲……つまり曲射歩兵砲ですから、直接照準射撃はまだしも、直射はできません。そして、中隊以下の単位で装備しているのはいずれも小火器ばかり……」
「だから『歩兵一人で使用できる対車両火器』が求められたし、その上位互換である『75mm砲装備の軽戦闘車』の評判が良かったんだ。つまり我々は、これまでかなり高級な解決方法をとってきてしまったんだな……」
一次大戦で歩兵戦闘車を運用し、成功した経験にとらわれて、装甲車両を充実させることで諸問題を解決することが常態化していた。それ故に、このときの日本軍は確かに強かったが、同時にあらゆるコストが高くつく体質になってしまっていたのである。
「私としては可能な限り機械化は推し進めるべきだと考えていますが、先ほどの兵器開発方針を聞くに、経費削減圧力がかかっている状況下では難しいわけですね」
「それどころか限界まで削減するようにいろんなところから要請が来ているんですよ……どうやったら戦闘力を維持したまま部隊の維持費を削減できるのかとずっと考えてたんですが、安価な兵器で我が軍の弱点を埋めつつ、過剰な長所を削る方向に行けば、総合戦闘力を維持したままの軍縮ができますね……!」
耀子は菅に同情したが、当の菅は解決の方向が見えたことに喜んでいた。
「ちなみに山階殿、旋転の影響を受けない対装甲弾とは徹甲弾……ではないよな? 何か案があるのか?」
「粘着榴弾、とでも申し上げましょうか。柔軟な弾殻に可塑性のある爆薬を目いっぱい詰めて、弾底に遅延信管を備えた砲弾ならどうかなと」
「弾底に遅延信管……そして柔軟な弾殻に可塑性のある爆薬……弾着時に車体にへばりついてから起爆することで、装甲を爆砕しようということだな?」
火薬の爆発力でダメージを与える粘着榴弾なら、初速が遅い擲弾筒でも徹甲弾よりは装甲目標に対して有効性が高いだろうと耀子は考えたのである。
「さすがはおに……鷹司殿。その通りでございます」
兄の呑み込みの良さに、耀子は思わず呼び方を間違えそうになった。なお、この兄は陸軍砲工学校の劣等生どころか優等生であったことを付記しておく。
「いい機会だ。もう全部試してしまってはどうかね? どの方策でも、何かしらの成果を得られるように見えるが」
議論を眺めていた南部が、この場をまとめにかかった。
「やらせていただけますか。ありがとうございます」
「楽しそうなお祭りですね。弊社も前向きに参加させていただきたく」
「おまえな……」
またなにか企んでいる妹に対し、兄は呆れながらツッコミを入れる。俗に陸軍珍兵器博覧会と呼ばれる競争試作の開催が決まった瞬間であった。
史実の日本でもプラスチック爆薬に相当するものは九九式破甲爆雷の開発時に作れているので、粘着榴弾も作れるんじゃないかと思います。
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