個人防衛火器
話の着地点が書いてる間に二転三転してしまい、とても大変でした。
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「続いて拳銃についてですが……これは南部閣下に直接ご回答いただいた方がよろしいですか?」
「南部閣下が回答なさるということは……もしかしてすでに動いていたということでしょうか?」
「ええ、そうなんですよ山階さん」
これまで解説していた菅にかわり、南部麒次郎中将が説明を始める。
「陸軍も士官の軍刀や拳銃に様々な仕様が混在している弊害を認識しておりました。ですので、既に軍刀の自弁は禁止されていますし、今日の話し合いを受けて、私個人としては、もう軍刀を銃と同じように無料で支給すべきだと考えております。これは拳銃も同じでして、現在、今年度の採用を目指して士官に支給するための小型拳銃を開発しているところです」
史実の九四式拳銃だ。安全装置や弾を撃ち切った後のホールドオープン機能などに問題があり、あまり良いとは言えない拳銃である。しかし耀子はそれを知らない。
「なるほどそうでしたか。ところで、普通の士官以外にも、拳銃を使用する人たちはいましたよね? たしか、砲兵とか、航空兵とか、せ……騎兵とかが小銃の代わりに拳銃を持つ兵科だったと思います」
耀子も言いかけていたが、ここでいう騎兵は事実上戦車兵の事だ。この世界線の日本では突撃車という名前になっている歩兵戦闘車を歩兵科が、戦闘車という名前になっている戦車を騎兵科が運用している。
「その理解で大丈夫かと思います。ほかにも、歩兵分隊の軽機関銃手や弾薬手に、機関銃の故障時に備えて拳銃を配当することを試みたこともありますが、結局うまくいきませんでしたね……」
現行の大型拳銃である十四年式拳銃は、試作時に16連発ダブルカラムマガジンを備える甲型と、シングルカラムの乙型が比較審査されている。甲型が作られたのは軽機関銃が故障したときの分隊火力の低下を最小限にするためだったが、結局乙型で十分として甲型は不採用になった。
「現状、彼らには普通の小銃が割り当てられているぞ。5kgの小銃と一緒に弾薬も運ばなければいけないから、それが1kgぐらいになれば楽になるだろうが……」
「拳銃では小銃に勝てませんし、我が国では小銃と軽機関銃で共通の弾薬を使用しておりますから、いざというときに自分の運んだ弾薬を自分の銃で撃てる利点もあります。小銃と弾が違う重機関銃分隊ならともかく、軽機関銃の担当兵には小銃を支給したほうがいいでしょうね」
重機関銃は9.3×62mmモーゼル弾を使用する六年式機関銃が、改良を重ねつつ今も使用され続けている。他国より大型の実包を使用するのは、一次大戦でドイツ軍の7.92mm機関銃にアウトレンジされた経験があるからだ。
六年式重機関銃五型
口径:9.3 mm
銃身長:700 mm
使用弾薬:六年式機関銃実包(9.3×62mmモーゼル弾互換)
装弾数:(ベルトリンク)
銃口初速:805 m/s
作動方式:ガスオペレーション
全長:1200 mm
重量:27.7 kg
発射速度:500発/分
なお、完全に余談になるが、同じ9.3mm弾を使用する長距離狙撃銃の開発が進められており、後に九六式狙撃銃として採用されている。開発自体は一次大戦後から行われていたのだが、スコープの開発に手間取った結果、ここまでの時間がかかってしまった。
九六式狙撃銃
口径:9.3 mm
銃身長:700 mm
使用弾薬:六年式機関銃実包(9.3×62mmモーゼル弾互換)
装弾数:5
銃口初速:805 m/s
作動方式:ボルトアクション
全長:1200 mm
重量:3.6 kg
「私おもうんですけど、勝つことはできないにしても、拳銃と小銃の間を狭めることはできるような気がするんですよね……中国人が大好きなモーゼルC96は、高初速な弾丸と着脱式のストックで狙撃にも使えるみたいですし……」
「そのやり方は南部式大型拳銃の時にためしたのですが、性能が中途半端だったんで十四年式では採用しなかったんですよ」
「それは本当にコンセプトが悪かったのでしょうか。お言葉ですが、南部式大型拳銃の性能が、そのような運用に向いてなかっただけではないですか?」
その言葉を聞いた南部は少し考え込むと、耀子の質問に回答する。
「……否定はできませんね。モーゼルの方が銃口初速で100m/sほど上回っていたはずです。あれのように強力な銃弾を使用する拳銃だったなら、ピストルカービンとしての運用も有用だったかもしれません」
「ですよね。私としては、より強力な弾薬に更新し、ピストルカービンとして運用可能な大型拳銃と、それの銃身と弾倉を短縮した、士官向けの小型拳銃を開発してはどうかと考えます」
「ふーむ……」
「面白そうには見えるが山階殿、新規の開発コストが高すぎやしないか? それこそ装備の整ってない中国あたりならともかく、我が軍はそんなに戦場で拳銃を使わないぞ?」
主力装備とは言えない拳銃に多額のお金をかけられないと、信煕が耀子にくぎを刺す。
「後ほどご説明しますが、弊社の防弾着は8mm南部弾で貫通できません。9mmパラベラムや45ACPも同様です。防弾着の製造に最適なアラミド繊維は、弊社がもう20年くらい前に発明したものですので、英米でも製造できるようになりました。特にアメリカは、銃を使った犯罪から身を護るため、防弾着の研究が盛んにおこなわれております」
「彼らがそのノウハウと生産力をもって、今回我々がやろうとしているように防弾着を歩兵の標準装備としたら、拳銃はほとんど役に立たなくなるかもしれないな……」
実際、マグナム弾が開発されるようになったのは、防弾ベストを着たギャングや、自動車強盗などに拳銃一丁で対抗しなければいけない警察官からの需要があったためとされている。
「そうなると、我々がすべきなのは強力な拳銃弾か……携行しやすい小銃を開発することでしょう」
「携行しやすい、小銃……?」
てっきり拳銃を強力にする方向に行くと思っていた耀子は首を傾げた。
「実際のところ、拳銃が支給される兵科の人々も、どうにかして小銃を携行していることが多いのです。つまるところ、彼らは拳銃を信用してないんですよ」
「そういえば、櫛淵の奴も自分の車両に小銃を積んでたし、何なら、車載機関銃を簡単に取り外して持ち歩けるように要求されたことがあるな。たしかに、理由を聞いたら、下車しての戦闘に備えるためと言ってた覚えがあるぞ」
拳銃の有効射程は一般に50m。一方で、野戦での交戦距離は300m以上である。それこそ、ストックをつけるなどして射撃精度を上げれば、200m以上の射撃戦に対応できる物もあるが、先述の通りそのようなことができる拳銃は日本軍にはない。
「裏を返せば、拳銃ほどコンパクトにして欲しい人はそんなにいなくて、多少無理があっても小銃を使う人のほうが多いと」
「そういうことになります。ですから、十年式突撃銃の全長をギリギリまで切り詰めるのが良いかと。だいたい……500mmぐらいまでは縮められるかと思います」
「攻めますね……」
全長を切り詰めることは、当然銃身長を切り詰めることにつながる。銃身長が短くなれば、銃弾の初速が下がり、貫通力や弾道の低伸性が犠牲になるのだ。
「以前、現状の2/3程度である400mmぐらいの銃身を十年式突撃銃に取り付けて試験したことがあるのですが、初速の低下は100m/sくらいでした。そこからさらに銃身長を六割位にしても、大型拳銃よりずっと強力な銃になるはずです」
「なるほど、勉強になりました。ありがとうございます」
「それでは、限界まで全長を切り詰めた小銃を開発するということで、手配を進めます。拳銃自体はすでに規格統一を進めておりますので、そのままで問題ないとします」
菅が議論をまとめて、横道へ逸れに逸れた拳銃の話は収束した。
このような経緯があって開発されたのが、九六式短突撃銃である。日常的には小銃を使わない兵科の者に拳銃に代わって支給され、取り回しやすい小銃として人気を博した。この影響で、意地でも歩兵用の小銃を携行する文化を衰退させている。
九六式短突撃銃
口径:6.5 mm
銃身長:240 mm
使用弾薬:三八式実包
装弾数:20発
初速:500m/s
作動方式:ガス圧利用
全長:480 mm
重量:3.0kg
発射速度:900発/分
備考:ブルパップ式
なお、拳銃は九四式に一本化され、史実にあった問題はそのまま残された。しかし、もはや誰も拳銃のことを気にしなくなったため、威力が低いことや、その割に高コストなこと、安全性に問題があることについて対処されるのは、だいぶ後になってからのことである。
8mm強装南部弾、面白いと思うんだけどなあ
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