侍魂
やっぱり手癖で書けると文量が稼げていいですね。とはいえ趣味でしか知らない世界なので、いろんな人に聞いて回っています。
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ある日のこと、耀子は鈴木岩蔵を連れて陸軍技術本部を訪れている。陸軍の装備開発方針会議に呼ばれたからだ。
「……さっそく本題に入らせていただきます。今回、歩兵装備の見直しをするにあたって、以下の3つを重視しました。1つ目は対装甲火力の強化、2つ目が生存性の強化、3つ目が維持調達費用の削減です」
陸軍省兵器局の菅晴次が、各歩兵装備の開発方針を説明していく。
「まず火器類ですが、一部を除いて現在のものを引き続き使用します。小銃ならば、十年式突撃銃を引き続き採用します。英仏と共同開発した関係もあって、世界各国は本銃の同等品を現在も使用しております。世界水準の性能を持ち、新規設計をしても大した効果は得られない見込みであることから、改良のみに留めるのが良いと判断しました。軽機関銃、重機関銃なども目立つ欠点はなく、同様に新規開発はしません」
一次大戦後、軽量な自動小銃がほしい英仏と、まともな軽機関銃がほしい日本の思惑が一致し、部品交換でアサルトライフルにも分隊支援火器にもなる自動小銃の共同開発が行われた。このときの日本軍における成果物が十年式突撃銃であり、その後も改良を重ねて今に至っている。「ブルパップ式なので銃剣格闘がし辛い」以外の欠点がなく、わざわざ更新する必要性に乏しかった。
十年式突撃銃三型[十年式軽機関銃三型]
口径:6.5 mm
銃身長:550[830] mm
使用弾薬:三八式実包
装弾数:20[30]発
初速:735[770] m/s
作動方式:ガス圧利用
全長:820[1100] mm
重量:4.3[5.8]kg
発射速度:400[600]発/分
備考:ブルパップ式
「唯一の例外として、擲弾筒は再度新規開発を実施します。これは、現行の八六式擲弾筒の場合、穿甲榴弾の貫通力が低下する問題があるためです。問題の原因と対策については、後ほど技術本部の鷹司殿にご説明いただきます」
八六式擲弾筒は、史実の八九式重擲弾筒と同様の兵器である。改良前の十年式擲弾筒に比べて射撃精度が向上し、有効射程を3倍延長することに成功した。しかし、信煕らが成形炸薬弾を試作したところ、想定を遥かに下回る貫通力しか発揮されない問題が発生している。
「大きく手を加えるのは防護装備です。現在のヘルメットは、高所からの転落時や投石などを防げる程度のガラス繊維強化樹脂製のものですが、こちらの防弾性を高めて砲弾片に抗堪できるようにします。また、以前不採用となった防弾衣を改良の上で採用し、頭部だけでなく、胴部についても弾片防御をします。防弾衣を開発した帝国人繊の方々をお呼びしておりますので、後ほど詳細を詰めさせてください」
この言葉を聞いて、岩蔵は自分が呼ばれた意味を理解した。陸軍は帝国人繊に対し、パラ系アラミド繊維「テクノーラ」などを使用したヘルメットとボディアーマーを設計してほしいのである。耀子が岩蔵を連れてきたのは、材料系技術者としての腕を見込んでのことだった。
「開発方針としては以上ですが、ここまでで何かご質問ご指摘等はありますか?」
「うーん、2つ、のうちの1個は後で話せるから1つ! いいですか?」
耀子が発言を求める。
「どうぞ」
「副兵装全般についてです。現在、拳銃から軍刀に至るまで、自弁するものが後を絶たず、昨今の戦争では先祖伝来の名刀が戦場で失われる事態にまで発展しております。また、いわば業務で使用する物品であるのにもかかわらず、従業員たる兵士の資産でそれを用意するのは不健全な状態であると言わざるを得ません。こちらも今回を期に新規開発を行い、優れた規格で統一すべきではないでしょうか」
小銃はともかく、軍刀や拳銃については自弁することが史実でも常態化していた。こうした物品には愛着がわくので、戦場において士気高揚に役立った一方、耀子が言った通り名刀が戦場で失われたり、大事にするあまりいざというときに使えなかったりと言った失敗も起きている。
「ご指摘ありがとうございます。拳銃と軍刀に分けて話をさせていただきます。話が簡単なので先に軍刀の方からお話しますと、公式には軍刀の自弁は禁止されております」
「あ、そうなの?」
思わず気の抜けた声を出す耀子。実は、こちらも史実通りである。
「しかしながら、命のやり取りをする緊張感に耐えるため、祖先のお力にすがるものが後を絶たないのです。取り締まる側も同情してしまうのか、不徹底に終わっていて……」
「じゃあもうそんな情けないこと言ってないで、徹底的に摘発するしかないでしょう。……この方向だと憲兵の話になってしまうので、話題を戻すとして……現在の軍刀に関して、欠点や不満点は指摘されていませんか?」
「水が入ってさびやすいという実用面のはなしから、単純に美しくないという不満まで、色々聞かれます。ですので、現在も鋭意改良中というところです」
「わかりました。興味があるので、後で軍刀の開発状況についても聞かせてください。お力になれる部分があるかと思います。ちなみに、そもそも軍刀を廃止することはできないのですか? もはや、儀礼的用途以外無いように見受けられるのですが」
軍歴がなく、軍事パレードなどもちゃんと見ていない耀子には、軍刀の必要性がいまいちわからなかった。
「……その儀礼的用途が大事なのですよ。大衆に対する見栄えという観点は士気高揚にも影響がありますし、部下を統制する上で刀剣の威圧力というのは馬鹿にならないのです。撃たれたことのない人間は山ほどいますが、刃物で手を切ったことのない人間はまずいませんから」
「それから、将校であることを示す身分証的な一面もある。我が国程刀剣に執着がない欧米でも同様だ。完全な廃止は難しいだろうな」
信煕も横から口を出す。兄妹なだけはあり、こういう時の妹の御し方をよく知っていた。
「ふーむ、外国も似たような状況なら難しいですね……舐められたら困りますから……」
共通の文化は相互理解を促進する。さすがにそれがわからない耀子ではなく、軍刀の全廃についてはあきらめざるを得なかった。
結構長くなりそうなのでここで一旦切ります。
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