列強の本懐
久しぶりに2週連続で更新できた気がする。
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「僕はまだまだですよ……それで、意思表示はしたわけですけど、我が国は具体的な行動をしているのですか?」
耀子が頭をなでるのをやめると、耀之はそう聞いた。
「新聞記事によれば、とりあえず1個機動連隊が、英領ソマリランドに向けて出発したみたい。イギリス軍との砂漠での合同戦闘演習のためって名目だけど、どう見ても有事の際は義勇軍としてエチオピアに投入されるでしょうね」
「機動歩兵は陸軍の精鋭ですよね。連隊規模とはいえ、それを派遣するんですか……」
「本気で止めにかかる気なら1個師団以上は派遣すべきでしょうから、腰が引けてると言わざるを得ないけど……景気対策にバンバンお金を使っている今の政府にとって、アフリカの無資源国家に出せる金としてはあれが精いっぱいでしょうね」
耀子はそう言うと、60℃くらいのお湯でじっくり淹れた緑茶を湯飲みに注ぐ。今回のお茶は眠気覚ましではなく、嗜好品としての役割を持たせたいらしい。
「それに……エチオピア自身も、我々の支援に頼り切るのではなく、自力で国を守る意志を示さないといけないの」
「自分の身を守ることができない国を、助けてくれる国など無い、ということですね。かつてのチベットやフィンランドがそうしたように、エチオピアも、独力である程度は抵抗できることを示さなければいけないと。……あれ、さっきの話と、なんか矛盾してませんか? そういう力のない国相手でも侵略すればただじゃおかないぞって姿勢を示すことが、世界平和を保つ秘訣なんだって言ってませんでした?」
耀之は出された緑茶を少し飲むと、耀子の発言に疑問を呈した。
「あー、そうね……えーと……うん、悲しいことに矛盾はしないよ。悲しいけど、それが現実。なんでか考えてごらんなさい」
実はちゃんと考えていたわけではなかった耀子は一瞬焦ったものの、検討の結果「舐めた真似をする国は殺すと平和」「すべての国家は自分の身を自分で守らなければいけない」の2つが矛盾しないと結論付け、逆にどうしてそうなるのかを息子に考えさせることにした。
「……まさか、ある国が他国の言いなりになっている状態でも、争いが起きてなければ一応平和……ってコト!?」
「中正解ね。私も言えたことではないけど、色々説明が飛んでいるよ」
結論は耀子の想定とあっていたが、途中をすべてすっ飛ばしていたため、耀之に説明を促す。
「えーと……まず、他国が手を出さなくても、言いがかりをつけた国をつけられた国が自力で倒せれば、世界平和は保たれます」
「そうだね」
「それから、第三国が言いがかりをつけた国を叩きのめした場合。もしこの第三国が助けた国に対価をもとめたら、まず間違いなく認めざるを得ないですよね。恩を仇で返したら、それこそ『舐めた真似をした』ことになりますから」
「そうそう」
「そして、争いに介入してきた第三国に『助けたお礼』をたかられても、争いは発生することなく認められる。だから世界は平和ではある……助けられた国の独立性を犠牲にして……」
「そうだよ。だから、『ならず者国家はどこかが制裁すると平和』という原則と『自分の身を守れない国を助けてくれる国はいない』という名言は矛盾しないの。平和であることを絶対視して、全てをなげうってでも優先したがる人がいるけど、私はそんなの御免こうむりたいわね」
耀子は真に迫った様子で耀之の言葉に同意し、平和原理主義者をこき下ろした。
「……とはいえ、戦争をすれば多くの人が死に、産業構造が歪み、国家予算が吹き飛びます。好き好んで仕掛けるものでもないでしょう」
「本当にその通り。この前のロシア戦争だって、ものすごい出費だったでしょ? 支払いをロシアに賠償金として押し付けたら、大恐慌のせいで滞納されてるし、ほんと、平和であることが無価値であるとは決して言わないわ。ただ、平和より価値のあるものがこの世には存在する。それだけのこと」
耀子はそこまでまくしたてると、氷──山階家には、耀子が芝浦製作所に執拗に主張して開発・製造・販売させた家庭用電気冷凍冷蔵庫がある──を入れてぬるくした緑茶を一気に飲み干す。
「はあ……もうちょっと気を張らなくても安全に過ごせる世の中にしたいよ……」
「そうですね……」
母は4歳のころから御国のために働いてきた。教科書にあるように、彼女が明晰な頭脳と旺盛な好奇心、そして強い愛国心を持っていたことも大きな理由の1つだろう。だが、こうして日々他国の狼藉を嘆く耀子を見ていると、本当は必要に迫られて、生き残るために必死に働いていたのではないかと、耀之は思わずにはいられなかった。
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