侵略するものされるもの
ようやくとっかかりを見つけられた気がします。
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大恐慌が始まってから2年近く、スターリングブロック諸国はだんだんと立ち直りはじめ、マルクブロック諸国もドイツ帝国銀行総裁ヒャルマー・シャハトの必死の努力で何とかなる兆しが見えている。その一方で、ドルブロックやフランブロック、その他の独自勢力ではいまだに不況を脱出するめどは立っておらず、勝ち組と負け組に二極化する様相を見せていた。
「貧すれば鈍するというか、皆発想が野蛮というか……」
「お母さま、新聞読んでため息つくの好きなんです?」
そんななか、耀子は今日も新聞を読みながら呆れたような表情でため息をつくと、息子の耀之から皮肉を言われる。
「んー……意外と嫌いではないのかも」
「僕もお母様の息子なんで、分からなくはないのですが、一般受けはしない気がしますよ?」
「女だてらに会社経営して、製品開発の最前線に居るんだから、一般受けなんて今更よ」
「それは世の中の方がおかしいのであって、今回の話題とはまた性質が違うと思いますけど……」
幼少期からバリバリ働いてガンガン走り回る母親を見て育った耀之は、この時代の人間と比べて男らしさや女らしさというものに対する偏見が少なかった。とはいえ、自分から面白くない情報に接してわざわざため息をつくようなことをしているのは、男女関係なく他人からの好感を得難い習慣ではないかと感じている。
「まあ、芳麿さんはこんな私でも愛してくれるし、これも夫を支える妻としての活動の一環でもあるから、まあ結局やめられないのよ」
「お父様、学者のイメージが強いですけど、ちゃんと貴族院にも登院してますからね。世界情勢を把握して夫に情報を入れるのも、妻としての役割から逸脱はしない、ですか……」
日本という国がこの先も続いていって、華族制度が維持されていくのなら、自分もそのうち侯爵として貴族院議員になるのである。そうなったとき、自分は妻にそこまで苦労を掛けたくないなあと耀之は思った。
「そういえば、その発想が野蛮な出来事って、何だったんですか?」
「イタリアがエチオピアに、中華民国が清国にそれぞれちょっかいをかけてるのよ。領土をよこせ。併合されろ。戦争も辞さないってさ」
さすがにオブラートに包んだ言い方と、とりあえずの大義名分は備えていたものの、伊中両国の主張は結局その程度の物である。
「支那大陸の統一が中国の悲願なのはわかりますし、今までも散々小競り合いを仕掛けていましたけど、イタリアはエチオピアになんの恨みがあるんですか?」
「耀子が生まれるすこし前くらいに、一度植民地化しようと戦争しているのよ。で、まんまと返り討ちにあって失敗したのよね」
「逆恨みじゃないですか」
今度は耀之の方が呆れる番であった。
「しかも舐めプしてボコられるとかいう救いようがない経過だったらしくてね。そりゃあもうエチオピアという国を滅ぼして、なかったことにしたくなるでしょう。完全に自業自得だけど」
「あれ、お母さま、もしかしてこの前エチオピア皇族と、黒田子爵の娘さんとの間で婚約が発表されたのは……」
「そう。あれはイタリアに対する我が国の牽制ね。もしエチオピアに何かあったら、我が国は何らかの便宜を図るぞって言う、軽ーい脅しみたいなもの」
エチオピア皇族のアラヤ・アババと、黒田子爵令嬢雅子の縁談は、史実でもこのころに存在し、イタリアからの圧力で破談になったものである。この世界線では強気の日本政府によってイタリアに対する圧力として利用され、幸か不幸か成立することになった。
「へぇー……」
「エチオピア自体はアフリカの貧しい弱小国でしかないし、特にこれと言った産業も資源もなかったと思う。でも、だからこそ救援することが大事だって政府に助言したの」
「しれっと政府を裏から操ってますって発言が聞こえた気がしますが、今は置いておきます。お母さまのその考えの根拠を教えてもらってもいいですか?」
耀子ぐらいの国内影響力とコネがあれば、状況次第では国の意思決定に介入することができなくもない。そんな母の権力に目を背けつつ、息子はそう考えるに至った理由を聞く。
「端的に言うと、世界平和の原則とは、舐められたら殺す! ってことかな」
「平和なのに殺すとはこれいかに」
他の人が聞いたら混乱するだろうが、耀之はこういうのに慣れているので、無視してツッコミを入れた。もっと慣れている芳麿だったら、次の耀子の台詞を自分で言ったことだろう。
「つまり、取るに足らない小国であっても、暴力によってその独立を脅かし、財産を奪取しようとするのならば、他国と敵対して実力行使される、という状態を維持しなくてはいけないってこと」
「他国は経済がボロボロで動きそうにないから、我が国が先陣を切ってそれを促す、ということなんですね」
「そういうこと。やっぱり耀之は賢いねえ」
そういうと耀子は優しく息子の頭を撫でた。
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