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栄光あれ! 嗚呼……栄光あれ!

大変遅くなって申し訳ありませんでした。今回はいつもよりほんのりボリュームがあります。

 帝国人繊設計の御料車、型式名「RC11L」の要求仕様は以下のように設定された。


・全長は6.0m以下であること

・全幅は2.0m以下であること

・車重は5000kg以下であること

・発動機には、十分な出力と静粛性を持つガソリンエンジンを使用すること

・大人9人を乗せて以下のことができること

 ・不整地を60km/hで2時間巡航する

 ・舗装路を120km/h以上で2時間巡航できる

 ・気温40℃の中で10km/h以下で2時間走行できる

・国家元首の足にふさわしい、荘厳かつ上品な外観とすること

・他国元首を同乗させても恥ずかしくない上質な内装とすること

・別途指定する重要区画については、ホットロードした.38スペシャル弾の射撃に抗堪すること


 高級車としての快適性や動力性能が求められた他、御料車特有の要求として低速走行と銃撃への耐性が挙げられている。


「気温40度の中で10km/h以下……ということは、真夏日に2時間パレードをしても、オーバーヒートさせるなということですかね」


 要求仕様を眺めながら俊三が蒔田に聞いた。


「問題はオーバーヒートに限らないが、概ねそうだな。一見楽そうに見えても、実際にはかなり厳しい」

「大きくて重い車体を、低回転でゆっくり走らせることになりますから……ラジエターに風が当たりにくいですし、発動機のポートタイミングが高速寄りですと、点火栓がカブる可能性も上がってしまいます」


 レシプロエンジンは4スト2ストに関係なく、吸排気のタイミングや長さ(とストローク)によって、最も効率の良い回転数が変わってくる。効率の悪い回転数で長時間エンジンを回していると、この時代の場合は点火プラグが不完全燃焼によって生成された煤によって覆われ、火花が飛ばなくなる現象「プラグカブり」が発生するのだ。


「まあ、B型発動機は元から点火栓を1気筒当たり2本使用する贅沢な仕様であるし、必要な排気量を考えるとシリンダーブロックは新造になるから、ポートタイミングは比較的自由に決められる。気を付けてさえいれば、問題になることはないはずだ」

「すごく贅沢な発動機になりそうですね……」


 御料車ではない一般向け仕様は防弾装備を削減して軽量化するため、また違うエンジンを搭載する予定である。つまり、御料車仕様のエンジンは今のところほんの数台の高級車にしか採用予定がないということであり、常にコストを意識し、あらゆる要素を美しくそぎ落とすことに注力してきた俊三は、そのとてつもなさに苦笑した。


「……ところで、『ホットロードした.38スペシャル弾』って何者ですか?」

「俺も銃器は詳しくないが…….38スペシャルっていう、9mm口径の拳銃弾があって、これに設計以上の火薬を詰め込んで威力を上げた弾薬のことらしい」


 強力な拳銃弾と言えばマグナム弾を思い浮かべるのが一般的だろう。9mm口径のマグナム弾と言えば.357マグナムであるが、この弾薬が発売されるにはあと2年ほどの時間が必要である。耀子はこの.357マグナムに抗堪する防弾装備を備えるよう要求したかったのであるが、まだこの弾がこの世に存在していないため、苦肉の策として.357マグナムのベースとなった.38スペシャルのホットロードで代替としたのだ。


「つまり、強力な拳銃弾にも貫通を許すなって言ってるわけですか」


 なお、防弾区画を試験するための銃器については、その強力な腔圧──設計以上の火薬を詰め込んでいるのだから当たり前である──に耐えられるようにするための試行錯誤があり、紆余曲折の末コンパニオンカービンを改造して使うことになったのだが、それはまた別のはなしである。


「そういうことだな。これは結構、足回りの設計が大変かもしれないぞ」


 かなりの重量が防弾装備に割かれると予想し、蒔田もまた、この車の途轍もなさに苦笑した。




 そうして2年の歳月をかけ、完成した試作車の仕様がこちらである。


帝国人造繊維 RC11L "エンパイアロイヤル"

乗車定員:9名(3名×3列、2列目は3列目と向い合せに設置)

車体構造:鋼製ペリメーターフレーム

ボディタイプ:4ドアリムジン(観音開き)

エンジン:帝国人造繊維"B030C" ユニフロー掃気2ストローク水冷120°V型6気筒直打OHC(バランサーシャフト付き)

 最高出力:204hp/5000rpm

 最大トルク:29.4kgm/3000rpm

駆動方式:MR(エンジンは3列目座席下に配置)

主変速機:前進4速フルシンクロメッシュ

 副変速機:前進2段後退1段遊星歯車式

サスペンション

前:ダブルウィッシュボーン縦置きトーションバー独立懸架

後:ダブルウィッシュボーン横置きリーフスプリング独立懸架(アッパーアームを板バネが兼任)

全長:5990mm

全幅:1990mm 

全高:1820mm

車両重量:3990kg

ブレーキ 前:ソリッドディスク 後:リーディング・トレーリング


「うーん、これは思ったよりグロリア……」


 結局、外観(エクステリア)デザインは耀子が描き、佐々木は内装(インテリア)デザインに注力することになった。その結果、エンパイアロイヤルの見た目は二代目プリンスグロリアと日野コンテッサ1300を足して2で割って大きくしたようなものになっている。とはいえ、車室内にいる天皇皇后両陛下が外からもよく見えるように、ベルトラインの高さを車体中央部でかなり下げているため、真正面から見なければ意外と受ける印象は違ってくるだろうか。


「グロリア……?」

「あ、いえ、こっちの話です……」


 耀子のつぶやきを拾ったのは日本産業の鮎川義介である。なぜ彼がいるのかと言えば、エンパイアロイヤルの生産は日本産業が請け負うことになったからだ。というのも、エンパイアロイヤルの車格が大きすぎて、今まで帝国人繊設計の自動車やバイクを製造していた三共内燃機では、既存の生産設備を活用できないことが分かったからである。


「いや、何やらピンと来たぞ。市販車仕様の名前はグロリアにさせてもらいたい」

「は、はあ。お好きにどうぞ……」


 耀子が焦りに焦っていたころ、豊田佐吉の息子である豊田喜一郎もまた、エンパイアロイヤルの試作1号車を見に来ていた。父の佐吉は現在の「サプライヤー路線」が最良であると考えていたが、喜一郎は自分達でも自動車を作ることができる「独立メーカー路線」をとることが必要だと信じており、手始めにエンパイアロイヤル一般向け仕様のライセンス生産を始めることにしたのである。


「うわ、内装は西陣織なのか……」


 織機屋の息子である喜一郎は、後席シートに使われている布地が西陣織であることを見抜き、今までの帝国人繊設計車とは根本的に金のかけ方が違うことに唖然とした。


「そうなんですよ。自分はここまで高級な作りになっていると、なんだかむずむずしてしまって……」

「おや、俊三さんじゃないですか。お久しぶりです」


 そんな喜一郎に俊三が声をかけた。彼は堅実で地に足のついた人間であるため、設計中どうにも落ち着かなかったらしい。


「とうとう本格的に自動車づくりの道に行くんですね」

「ええ。帝国人繊さんとは競合相手になってしまいますが、それでも同時に、今まで通りの協力関係も維持したいと考えております」


 豊田式織機(佐吉が追い出されることがなかったため、豊田自動織機は設立されていない)は、帝国人繊のものづくりをその黎明期から支えてきた重要なサプライヤーである。お互いの大株主(豊田は三井、帝国人繊は鈴木)の仲が悪いという問題を除けば、帝国人繊が最も信頼する提携会社と言ってもよい。


「私としてもそうしていただけると嬉しいですね。義父からも、困ったときは豊田を頼れと言われてますので」

「ははあ、わたしなんかでよろしければぜひとも……しかし、先ほど高級な作りとおっしゃいましたが、構造自体は非常に手堅くできていますね」

「あ、わかりますか?」

「今までの帝国人繊製品で使われた構造できちんとまとめ上げているじゃないですか。トーションバーはウィズキッドですでに採用実績がありますし、横置き下板バネをアッパーアーム代わりにするダブルウィッシュボーン式懸架装置はジムニーで使われていたものです。発動機も新規開発はせず、既存の物を多気筒化して対応していて……いやはや、やはり帝国人繊さんの車なんだなと思わされる次第です」


 初めて挑戦したと言えるのはペリメーター式フレームやMRレイアウトあたりだろうか。それですら極力自分たちの経験している物から逸脱しないように設計しているのである。簡単なようで、一から作るよりも実は難しいのだ。


「さすが喜一郎さん……よく見ていらっしゃる……」


 熱心にこの車の事を調べてくれたことに俊三は感激する。


「今からカタログからはわからない細部を観察しようとしているところなんです。これからこの車を生産する時困らないように、将来自分たちの車を設計する時に活かせるように」

「分かりました。私のつたない仕事でよければぜひ見ていってください」

「拙いなんてそんな……勉強させていただきます」


 試作車の完成からさらに熟成を重ねた後、国産御料車第一号は無事に宮内省へと納入された。溜色に塗装された美しい御料車は日本人の心を魅了し、1年後に発売された一般向け仕様は、アジア系富裕層のショーファーカーとして不動の地位を築くことになる。


日本産業 A30 "グロリア"

豊田工業 BG10 "センチュリー"

乗車定員:6名(3名×2列)

車体構造:鋼製ペリメーターフレーム

ボディタイプ:4ドアセダン

エンジン:帝国人造繊維"B015C" ユニフロー掃気2ストローク水冷直列3気筒直打OHC

 最高出力:102hp/5000rpm

 最大トルク:14.7kgm/3000rpm

駆動方式:MR(エンジンは2列目座席下に配置)

主変速機:前進4速フルシンクロメッシュ

 副変速機:前進2段後退1段遊星歯車式

サスペンション

前:ダブルウィッシュボーン縦置きトーションバー独立懸架

後:ダブルウィッシュボーン横置きリーフスプリング独立懸架(アッパーアームを板バネが兼任)

全長:4680mm

全幅:1690mm 

全高:1545mm

車両重量:1390kg

ブレーキ 前:ソリッドディスク 後:リーディング・トレーリング

ベルトライン:自動車の側面の、下側の窓枠が作るラインのこと


前話のタイトルと合わせて本話のネタが完成します。はい、いつものやつです。エンパイアロイヤル、色々設定は作りこんでいるんですが、グダグダ語っても面白くないのでこのくらいにしておきます。


少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[一言] 始めて、感想を書かせていただきます。 エンパイアロイヤルは寸法に関しては、 史実のメルセデス・ベンツ770Kグローサー (メーカー型式W:07型)より全長が少し長い位で ほぼ同寸法に対し、民…
[気になる点] エンパイアロイヤルの性能についてです。この車の車重が約4tという設定は防弾性能を踏まえると妥当だと思います。しかし車重に人員分の重量が加算された全重量4.6t越えの超重量級の車を200…
[一言] 依頼を受けてから完成まで2年。 物語はこの2年をワープせずに遡って 綴って欲しいです。
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