栄光の移動帝国
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「ご、御料車を、弊社が?」
時はすこし戻って1932年ごろ、耀子は御料車、すなわち皇室専用車の発注を受けたと営業本部から報告された。
「小型車の分野ではもう2回も世界一を取った帝国人繊を擁しながら、いつまでも皇室が外車を使い続けているのは弊社に申し訳ないと、皇室関係者から声が上がっているらしく……」
「あー、そういうことですね……」
似たような現象として「自動車会社に勤めておきながら、他社の車を使い続けるとはどういうことだ」という指摘が入るというものがあり、現代でも大抵の自動車会社では他社製品を駐車場に止めることができないようである。耀子はそれを思い出し、まあわからんでもないからなあと納得はした。
「辞退は、しませんよね?」
「しませんよ。むしろいい機会ですから、これを機に高級路線のラインナップも作りましょう。陛下には悪いですが、絶好の広告宣伝塔になっていただきます」
耀子の言葉を聞いて、営業部員は内心、普段から皇族とかかわりのある人は言うことが違うなあなどと思う。
「わかりました。よろしくお願いします」
「まあ、恥ずかしいものは作りませんので、安心して待っていてください」
そういうと耀子は、ジムニーやウィズキッドを生み出した少数精鋭集団のもとへ向かうのだった。
「ご、御料車を、弊社が?」
「あんたは私か」
耀子から用件を告げられた蒔田哲司は素っ頓狂な声を上げ、それに対し耀子はツッコミを入れる。
「もちろん、天皇陛下も乗られる車ってことですよね。そんな大事な車を、弊社が作るんですか」
「小型車の分野では2回も世界一をとっているのだから、御料車を作るのにこれほどうってつけなメーカーが他にあるだろうか、いやない(反語)ってことなんじゃないかしらね」
「……納得したようなしないような……」
「納得するな俊三君。大衆向け軽自動車と高級リムジンではほとんど別物と思った方がいいぞ」
言いくるめられそうな俊三、突っ込む蒔田、引っ掻き回す耀子。部屋の空気はもはやしっちゃかめっちゃかになっていた。
「……実際、蒔田さんの言う通りなのよね。大衆車はやかましくてもボデーがペラペラでも許されるし、それより安くて取り回しやすいことが求められるけど……」
「高級車の車内は静かである必要があるし、暗殺に備えて拳銃弾くらいには抗堪する装甲が必要になる。必然的に大重量の車体を作ることになるから、概念的な言い方になるが『世界が違う』んじゃないかな……」
史実の日本で1932年に導入された御料車はメルセデスベンツ770である。全長は5.6mとウィズキッドの7割増しであり、重量は4tとウィズキッドの8倍に達する。エンジンも直列8気筒7.6Lであるから、シリンダーの数は8倍、排気量に至っては15倍の大きさであった。
「ダイヤモンドフリーみたいなモペッドや、河原鳩みたいな飛行機のように、極端に大きい、あるいは小さい乗り物なら作ったことはありますよね」
「でもその間のサイズの場合、帝国人繊はもちろん、製造を請け負う三共内燃機にも製造経験はないはず……まあ、頑張りましょう」
挑戦しなければ、ノウハウはたまりませんし、と耀子は挑戦を促す。
「俺が道雄さんとジムニーを作ったときより、日本はうんと豊かな国になった。これからはもっと豊かな国になっていくのだから、武骨で頑丈な輓馬みたいな車じゃなくて、優雅で美しい車を欲しがれる人が増えていくんだろう」
「義父ならきっと『お客様の欲しがってるもんなら、なんとしても作り上げろ』『大丈夫、何とかなるもんだ』っていうでしょうしね」
史実でも今日まで語り継がれている道雄の言葉を引いて、俊三は気合を入れるのだった。
後日。耀子はデザイン室で渋い顔をしていた。
「うーんしまったなあ……」
「何か問題でも……?」
ウィズキッドのデザインを担当した佐々木達三にデザインを描かせたところ、丸っこい宇宙船のようなデザインが上がってきたのである。
「知ってても知らなくてもごめんね。実はもうすでにタトラのヒトラーさんが似たようなデザイン描いてて……」
「……! うわぁ~……やっちまった……」
「私はこういうの好きなんだけど、だいぶタイミングが悪かったかな……」
耀子が佐々木に提示したのは、つい最近タトラが売り出し、リムジン版がオーストリア皇室専用車にも選定された「タトラT600」のカタログである。
タトラ T600(通常版)
乗車定員:6名(3名×2列)
車体構造:鋼製プラットフォームフレーム
ボディタイプ:4ドアセダン
エンジン:空冷自然吸気4ストローク90℃V型8気筒OHV
最高出力:104hp/4000rpm
最大トルク:30.4kgm/2400rpm
駆動方式:RR
主変速機:前進3段後退1段遊星歯車式
副変速機:前進2段フルシンクロメッシュ
サスペンション 前/後:ジョイントレススイングアクスル横置きリーフスプリング独立懸架
全長:5060mm
全幅:1910mm
全高:1530mm
車両重量:1490kg
ブレーキ 前:ツーリーディング 後:リーディング・トレーリング
例によってアドルフ・ヒトラーがデザインしたこの車、史実のT600タトラプランをT603クラスまで大きくしたような車で、流線型の美しく上品なボディがオーストリアの上流階級、とくにモラビア系貴族の間で評判を呼んでいた。
「いわゆる収斂進化というやつよ。気にしないで」
「ですね。みんな考えることは一緒ということで……」
とはいえ、そんな事情を宮内省は考慮してくれない。デザインは描き直しになったのだった。
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