暗黒の日々
前回更新から間が空いてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
デスマーチは終わったのですが、入れ替わりに私生活がバタついており、今みたいに手癖で話をかける展開ではない状態ですと、更新が滞りがちです。大変申し訳ございませんが、ご了承願います。
アメリカの恐慌が全世界に波及した理由として、史実ではアメリカからの流入資金によってドイツが連合国への莫大な賠償金を返していたことが挙げられる。アメリカからの資金が止まればドイツ経済は破綻し、ドイツ経済が破綻すればイギリスやフランスは収入が減ってしまうのだ。
ではこの世界ではどうだったかというと、単にドイツがロシアに代わっただけで、同じことが起こった。 ただでさえ国内が不安定なロシアは、清同様大量の投資をアメリカから引き上げられて国庫が破綻。これにより賠償金収入が途絶えたため、ドイツ、オーストリア、トルコ、イギリス、チベットの経済は急速に悪化していった。
「……そっか。プティーちゃんも退役するんだ」
「そりゃそうでしょ。ロシア戦役を生き抜いたベテランって言ったって、私はただミカちゃんの後ろをついて回ってただけだからね」
今月末で戦友たちが次々と退役するため、ミカはこのところ意気消沈している。恐慌前、チベットの最精鋭として名高い機動第1旅団隷下の戦車第1連隊は、その構成員のほとんどが女性で、男性は大隊及び連隊本部のわずか数人しかいなかった。ところが、世界恐慌によって政府の財政収支が悪化したため、軍事費の削減のために大勢の女性軍人が退役することになったのである。
「これからどうするの?」
「とりあえず故郷に戻って……誰かの家に嫁ぐのかな。ミカちゃんやキャロちゃん、ツェダさんのおかげで、今は退役軍人って言うと男女問わずモテモテらしいよ」
「あはは……」
もともとチベットの戦車兵が女性だらけなのは単なる人手不足の結果であり、中華民国との長きにわたる領土紛争がようやく終結した後、チベットの女性兵士の数は減る一方であった。それでも、戦車第1連隊はすべての戦車兵が女性だったのだが、来月には大部分が退役して残りは1個中隊に集約され、空いたところには機動歩兵から転科した男性戦車兵が補充される。
「まあ実際、女は家庭に入って雑用してれば、最悪穀潰し呼ばわりは免れるじゃん? 男はちゃんと稼いでこないと何言われるかわからないからねえ。一緒に退役する男たちの方が私は心配かな」
「……そっか、そういえばそうかもしれない」
実際、この施策によって軍事費を削減することはできたが、それまで高止まりしていた有効求人倍率が不況によって落ち着いてしまったため、国内では就職できない退役軍人が発生してしまった。彼らは軍で身に着けた日本語のスキルを頼りに日本へ出稼ぎに行き、ようやく糊口をしのぐことができたようである。
「なるほど、中央銀行による買取が事実上約束されている手形か……」
「日本の実業家の有志と、中央銀行からの出向者で運営されているペーパーカンパニーから手形を発行し、保守的で知識のない緊縮財政派の政治家の目を巧妙に欺きながら、市場を循環する資金の量を増やしているらしい」
先ほど国王の仲介で首相に返り咲いたマクドナルドは、大蔵大臣ネヴィル・チェンバレンから、日本経済が不況の影響をそれほど受けていない理由を説明されていた。
「うーん、我が国でやるにはリスクが高すぎるな。日本だって、今はうまくやれているが、この先も問題が起きない保証はないだろう?」
「うむ。民間人が通貨の発行権を握っているようなもんだからな。数々の奇跡を起こしてきた山階夫人と、日本一の経済通高橋是清氏が手綱を握っているうちは大丈夫だと思うが……」
日本政府自体も何もしていないわけでは当然なく、アメリカで株価が暴落してからすぐさま通貨発行高を増やしている。これは、日本が日露戦争以後イギリスと通貨協定を結び、金本位制を捨てて管理通貨制を維持してきたからこそできたことであった。これを見たイギリスも直ちに金本位制の停止を発表し、日本と同様の手段に出たのだが、「MEFO手形」のブーストがない分、効果は限定的になってしまっている。
「こうなったら気前よく金を払ってくれる彼らの力を借りるしかないな」
「というと?」
「スターリングブロックの中に日本をとりこみ、円の力で大英帝国勢力圏の経済を支えてもらおうではないか」
マクドナルドは少々苦し気に言った。
「それは……」
「わかっている。下手をすれば、好況に沸く日本企業に我が国の産業を食いつぶされる恐れがあることぐらい。そこで我が国お得意の外交交渉の出番というわけだ」
「そうなると……私は日本に、スターリングブロック入りのための対価として、何を要求すべきかを考えればよいということか」
合点がいったようにチェンバレンが答える。
「そういうことだ。各国に経済ブロックを作られて困るのは日本の方だから、下手に出る必要はないが、だからと言って下手なものを要求するなよ? 相手を怒らせて交渉が成立しなかったら、我が国も長いこと苦しむことになるんだからな」
「わかってるさ。それじゃ、官僚と要求案を作成してくるから、そっちは良い感じに日本の興味を引いてくれ」
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