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半額総菜

しぶとく書籍版発売中です。詳しくは活動報告をご覧ください。よろしくお願いします。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1980903/blogkey/3068396/

 世界恐慌の影響を強烈に受けた国の1つに清がある。かの国は史実通り辛亥革命を起こされ、国土の大半を失ったのであるが、日露戦争の影響で権益を持っていたアメリカの介入によって、史実満州国相当の領土を維持することに成功、中華民国と小競り合いを繰り返しながら存続していた。


「ええ! そんな! 今旦那様たちに出ていかれたら、我々はどうすればいいのです!」

「知りませんよそんなこと。おまえたちはもともと路上で暮らしてたんですから、また昔に戻るだけでしょう」


 しかし、世界恐慌が発生すると、現地を牛耳っていたアメリカ人たちは清国内の資産を捨て値で売却し、駐在していた人間も引き上げさせている。


「あの時と違って、我々には養うべき人がたくさんいます! 満州から離れるのをやめるか、アメリカまで連れて行っていただけませんか!」

「くどいですよ。こっちだってこの後どうなるのかわからないんですから、よけいなことに使う金なんて1ペニーもないんです」

「そ、そんな……」


 追いすがる中国人使用人たちを冷たくあしらい、元主人たるアメリカ人駐在員たちは足早に引き上げていく。満州国内では至る所でこのような光景が見られ、中には殺し合いに発展した場所もあった。


「これは天祐だ! アメリカが満州に残した遺産を安く買いたたけるぞ!」


 ここに付け込んだのが日産コンツェルンの鮎川義介である。彼は清にあったアメリカの資産を安く買いたたき、中国大陸進出を果たした。彼に続く者も現れ、清国内における日本人の影響力は急速に拡大する。だが、世界恐慌が起きても満州に残ったアメリカ人や、現地住民との軋轢があったかというと、微妙なところがあった。


「アメリカの株価を崩壊させた金で日本人が満州に食い込んでくるのは苦々しいが、わざわざ喧嘩を売るような体力は今の我々にはない」

「その日の、明日の、未来の飯を食う金をくれるなら、アメリカ人だろうと日本人だろうと同胞だろうとかまわないさ」


 また、日本人の進出と同じくして、満州人の躍進が起こったことも、現地住民の心を慰撫している。例えば、王荊山はもともと製粉業である程度成功していた人物だったが、アメリカ人が手放した農地で原料の、機械工場で生産設備の自家生産を開始し、彼の「裕昌源」グループは清国有数の財閥に成長した。貧しい家庭の出身で、たゆまぬ努力の末に栄光を勝ち取った王荊山は、もとから裕福な家の出身で、やはり世界恐慌を期に勢力を拡大させた韓雲階とよく比較され、並び称されるようになる。張作霖は息子に


「今の清の繁栄は砂上の楼閣だ」


と数年前に語ったが、楼閣の中で土台となり得る実業家が育っていたのである。こうした経緯もあり、世界恐慌以降、清はアメリカ一国に依存する体制から、日米の間を回遊するより独立した体制を志向するようになった。




「清に進出ですか? うちはそんなことしませんよ」


 ぶら下がり取材で、日産のように満州に進出するか聞かれた耀子は、そのように回答する。


「チベットの時は真っ先に工場を建てに行きましたが、今回土地や人、建物などが安く売られている中で、清への進出をためらう理由はどういったところにあるのでしょうか」

「ためらうというか、わざわざ日本から出ていく理由がないだけです。チベットの時は特別ですよ。あの時は日本の国策として、チベットの生産力を強化するというものがありましたから、原料がすぐ近くで手に入るというのもあって、うちの工場を建てることにしただけです」


 わざと小ばかにしたような口調で耀子は答えた。


「満州もすでに油田や炭鉱があって、原材料がすぐに手に入る土地だと思いますが」

「そういうところはもう現地の人々が占有してますし、手放されたところは鮎川さんが買ってるでしょ。日本国内にもまだ未開発の場所がたくさんあって、土地が必要ならそこを使えばいいんですよ。関東大震災の後は道路網の整備も急速に進みましたし、人件費もまだまだ安いですからね」

「なるほどそうですか」


 反論できなかったのか、あきらめたのか、記者は渋々と言った風に引き下がる。


「うちはうちで、日産さんは日産さんで繁栄すればいいのです。現状で成功しているのに、わざわざ他所の真似事をする必要はないんですよ」


 耀子はそう話した後、


(日本人がバスに乗り遅れるなと思った時、その行き先がロクなもんであったためしがないんだよな)


 と思いながら、愛車のカギを開けて、運転席に座るのだった。

王荊山、韓雲階ともに実在の人物で、史実でも活躍していた実業家です。彼らを発見するにあたり、東條のと先生に助言をいただきました。ありがとうございました。


少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[一言] > 日本人がバスに乗り遅れるなと思った時、その行き先がロクなもんであったためしがない ブラジル移民、朝鮮帰国事業、リタイア後のタイなどの海外移住が頭を過りました(笑)
[一言] 東條のと先生が気になって検索したら アフリカン・カンフー・ナチスとかいうえらいもんに出会した件 アドンコが少し気になってきた今日このごろ
[気になる点] 米の人間なら1ペニーでなく1セントと言うのでは
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