軍人の責務と政治的取引
先週は全く更新できずすみませんでした。すこしずつリハビリしていきます。
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「軍人同士の交渉では遅々として進まなかった海軍軍縮条約も、政治家同士でなら何とか進んでいるみたいですね」
新聞記事を見ながら、耀子はコメントを出した。
「軍人は来るべき外敵から国を守ることに責任を負っているからね。敵となりうる国家……つまりイギリスと連合した日本に勝てないような約束は絶対したがらないだろう」
「……日本がアメリカと戦争、ですか? そんな意味不明なことを考える意味はあるのでしょうか」
食卓に居た耀之がそんな問いを出す。
「さっき言ったように、軍人には何が起きても外敵から国を守る責任がある。そう。文字通り、何が起きても、だ。極端な話をすると、いきなり全世界が敵に回ったときにも備えていないといけない」
「現実に絶対はないの。機械を相手にする科学技術ですらそうなんだから、移ろいやすい人の心によって動く政治の世界なんてなおさらよ」
元陸軍の父がそういうと、母は妙な実感を込めて付け加えた。
「確かに、私とあまり仲良くない子の噂って、昨日と今日で内容が違ったりするし……」
「え、そうなの?」
最近こういう話にもついていけるようになった響子が参入すると、耀之は彼女の発言に軽く驚く。どうやら二人ともゴシップに興味がないグループにいるようだが、特に子供三人の中で一番技術者肌である耀之はよりその傾向が強いようだ。
「そんなわけで、『ある日突然、全世界が敵に回る』可能性は常に微小レベルでも存在しうるし、それが否定できない以上、軍人さんたちは『今は友好的な大国』と戦って勝つことを想定しないといけないのよね」
「そのうえで、政治家の数ある仕事の中の1つとして、自国の外敵を減らす、というものがある。そもそも敵が減ってくれるのなら、軍が想定しないといけない敵戦力も減らせる……ということにして、何とか交渉を前に進めてるんだろうな」
「何より、政治家は国を維持することも仕事だから、このまま艦隊を増強していくと、国庫が破綻して国がなくなる、つまり自分の仕事が果たせないと思っているでしょうし」
「軍人さんは与えられた条件の中で頑張る人、政治家さんは与えられる条件そのものを良くしようとする人。だから、軍人さんたち同士では話が進まなくて、政治家さん達での話し合いになってようやく進むようになった、というわけなんですね」
両親が深く掘り下げた話を、長男が簡単にまとめた時、家の電話──いくら昭和初期の日本と言っても、山階家は富豪なので電話くらいあるのだ──が鳴る。
「はい、山階です」
「高橋です。その声は耀子さんかな?」
「あ、是清さん。いつもお世話になっております」
耀子は電話をかけてきた高橋是清に対して、目の前にいるかのように頭を下げた。
「耀子さんもつかんでると思うけど、私も複数の情報源から、軍縮会議はどうやら前に進みそうな様子だと聞いている。そうなると、造船業を発端とする不況が発生しそうだね」
「はい。彼らにとっては大型の受注が大噓憑きされるようなもんですからね。ダニエルズプランは非常に大規模な軍拡計画ですから、私も影響は甚大だと思っています」
「そうなると、そろそろ耀子さんの宿題を答え合わせする時期かなと思ったんだ……この後、申し訳ないがうちに来てくれるかい?」
「承知いたしました。すぐに……あ、化粧の時間くらいはください」
こういう時、女って面倒だなと思いつつ、耀子は是清の家に向かう準備を始めた。
今回の話とは全く関係ないんですが、まさかこの年になって今更Vの者を推すことになるとは思いませんでしたね。日本もまだまだ捨てたもんじゃない。
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