名ばかりの平和会議
このところ更新がぱっとしなくて申し訳ありません。
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1932年11月に、アメリカのワシントンで海軍軍縮会議が開かれることが決まった。
「……しかし、難しい仕事だな」
「結局のところ、ババの押し付け合いですからね」
予備交渉に当たっている山本五十六海軍少将と、その補佐として派遣されている山階宮武彦中佐は、これまでの予備交渉を振り返って難しい顔をしていた。本多熊太郎外務大臣をはじめとする日本の代表団は、もうすでに日本を発っており、現在アメリカに向かう船上にいる。
「一応、日本全権団の体制としては、内輪もめが起きにくい人選ができているとは思います。海軍の代表者は我々航空派で固められていますし、政治家の皆さんも、現実が見えている方々です」
ちなみに、現在の日本の総理大臣は横田千之助だ。史実では激務の末にインフルエンザをこじらせてこの時期にはもう死去しているが、この世界線では立憲政友会の政権が安定していて疲労していなかったため、問題なく生存している。
「本土に居る大砲派は……航空機の性能向上が著しい昨今、少数勢力になって久しいし、義妹殿の言う『統帥権干犯問題』についても、弟殿や義兄殿が先回りして対処してくれている。情報のやり取りも暗号電報ではなく航空便で行っているから、少なくとも日本国内に足を掬われる要素はない」
「そのあたりは本当にありがたいですよね。しかし、それだけ盤石な体制を整えても、この交渉をまとめるのは……」
武彦がそこまで言うと、二人は予備交渉の内容を思い出してため息をついた。
「とにかく、軍事的な優位を確保したい意図が見え透いているアメリカが厄介だ。主力艦60万トンとか冗談も大概にしてくれ」
「そのくせ日本には35万トンとか言ってくるんですから、自分たちが言い出したことのくせに本当にやる気があるのか疑わしいですね……」
「イギリス人があんなに憔悴した様子を他人に見せるの、僕は初めて見たよ」
「イギリスの持ち分を自分と同量にしようとするのもすごいですよね。確かに、工業力ベースで考えるなら、今はアメリカの方が上回っていますが……」
アメリカ代表が傍若無人に暴れまわるため、日本とイギリスの代表はそれを相手にしなければいけなくなっている。おかげで、折角なので呼ばれたドイツ、フランス、イタリア、オーストリアの代表団は蚊帳の外に置かれてしまっていた。
「だが、それに怒って交渉を打ち切るのはもっとまずいだろう。ダニエルズプランの艦艇がすべて建造されたら、アメリカ海軍の総排水量は100万トンを超えかねないし、それにつきあったりなんかしたら我が国の国庫は破綻してしまう」
「それは向こうも同じですので、アメリカから中止を言い出すこともないのですが……だからこそなんですかね、なんとしてでも自分たちがババを引かないように、意固地になっていますよね」
実はこの時、アメリカの造船業界はロビー活動を行って、何とか軍縮条約を撤回、もしくは緩和できないか悪あがきをしている。彼らはダニエルズプランによって発注された艦船のバックオーダーを抱えており、これらがキャンセルされると経済的に苦境に陥るからであった。アメリカが妙に譲歩しないのは、このような背景があったからである。
「……なんとなくそんな気はしていたが、軍人に交渉は向かんよ。一応、航空技術の優位は絶対に取れるって意気込みを帝国人繊や石川島から見せてもらってはいたが、だからと言って安心して空母を削減できるかというとそんなわけないじゃないか」
「同感です。こういう時こそ『政治的妥協』が必要なんだと思います。熊太郎さんはうまくやってくれるかな……」
そう言って二人は、今日何度目になるかわからないため息をついたのであった。
このまま今年度中はずっと忙しそうです……
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