次期突撃車競争試作
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次期歩兵戦闘車の競作には、耀子が推薦したメーカーのうち、石川島重工、東京瓦斯電気工業、豊田式織機、日本産業が応じた。それぞれのメーカーは納期として定められた1四半期以内に改設計案を提出している。それに基づいて基本型の製造を受け持つことが内定している三菱内燃機製造が試作を実施した。
「……壮観だな」
「仕様を1つに決めきれなかったから、結局実物を見比べるしかなかった、というところなんですけどね」
四両の試作車を評価しようと群がる機動歩兵達を遠巻きに見守りながら、原と信煕が話している。
「良いじゃないですか。現場、現物、現実。三現主義は大切ですよ」
「それはそうだが、できればお金をかけずに決めたかったじゃないか。……って、何で耀子がここに居るんだ。帝国人繊の事実上の下請けである三共内燃機は競作に参加してないだろ」
ここにいないはずの妹が会場に居ることに、信煕は思わずツッコミを入れた。
「ちょっとそそのかしてしまったメーカーさんが居るので、さすがに見守ってあげる必要があるなあと」
「……わかった。兵員搭載数0人とかいうふざけた車両を作らせたのはお前なんだな」
信煕は訝し気な目を耀子に向けた後、日本産業が試作してきた車両を指さした。
陸軍技術本部 試製九三式重戦闘車
全長5.2m
全幅2.0m
全高2.7m
戦闘重量:18.8t
乗員数:5名(運転手、車長兼無線手、砲手、装填手×2)
主砲:十年式十二糎加農砲
口径:120mm
砲身長:5.4m(45口径)
砲口初速:825m/s
貫通力:248mm@100m()
装甲
砲塔正面:105mm
砲塔側面:40mm
砲塔天蓋:13mm
砲塔背面:13mm
車体正面
上部:75mm25°
下部:90mm50°
車体側面:40mm90°
車体背面:13mm90°
車体上面:13mm
車体下面:25mm
エンジン:帝国人造繊維"C099B" 強制ループ掃気2ストローク強制空冷水平対向8気筒
最高出力:326hp/2600rpm
最大トルク:100.0kgm/1600rpm
最高速度:38km/h
「あれはどう見たって突撃車じゃない、いわば重戦闘車じゃないか」
「私は豊田さんのことも日本産業さんのこともよく知っています。そして両方から、どうすれば採用を勝ち取れるか相談を受けました」
いかにも深い事情があったのだという風に、耀子は神妙な面持ちで話す。
「……その時点で何とも形容しがたい感じがするな。それで?」
「豊田さんには『陸軍の立場になって、価値ある製品を作れば勝てますよ』、つまり、今まで帝国人繊のサプライヤーとして培ってきた実力をいかんなく発揮すれば、問題なく採用してもらえますよと助言しました」
「なんとなく読めてきたぞ。日本産業には『普通にやったら豊田に勝てません』って吹き込んだな?」
「さすがはお兄様ですわ。会社の黎明期から弊社と2人3脚……5人6脚? ぐらいでやってきた豊田さんと比べて、日本産業さんはまだまだ新参ですから、どうしても経験に劣ります」
耀子は茶化すように答えた。
「一発逆転の手が、要求とは少々外れた、でも間違いなく強力で衝撃的な車両を提示することだったと」
「おっしゃるとおりでございます。実際、インパクトあったでしょ?」
耀子がいたずらっぽく笑いながら答える。
「下手すれば軍の不興を買うでしょうに……」
「私はアイデアを提示しただけ。それに乗ってきて実行することにしたのは日本産業ですよ」
「それは詐欺師の論法なんだよなあ……」
原は頭を抱え、信煕も呆れてため息をついた。
「で、今回は我が国の車両だったわけですけど、これを敵に出されたら、どうです?」
「少なくとも正面戦闘では勝ち目がなさそうに見えるが……おっ、櫛淵、ちょっといいか?」
信煕がたまたま通りがかった櫛淵をよびよせ、十二年式中戦闘車で試製九三式重戦闘車に勝てるかコメントを求める。
「……いやーきついでしょ(二回目)。正面装甲は十二年式の75mmでは抜けないし、逆に向こうの火力は2km先からでも十二年式をやすやすと──本当に当てられるかは別として──撃ち抜ける。日本列島で防衛側なら側面攻撃して撃破する目があるが、例えばフランスやロシアの平原とかで相対したら悪夢だろうな」
「……なんでしょう、雪の中で乗ってる馬が膠着して、肩に雪を積らせながら必死になだめた経験がありそうなコメントありがとうございました」
「妙に具体的で意味不明な例えだな、それ」
こういうわけのわからないネタは前世関係なんだろうなと信煕は思ったが、本題ではないので気にしないことにした。
「これは、私や耀子さんの言う『上陸戦をするには、敵の所有する装甲戦闘車両を撃破できる装備を揚陸できないといけない』に基づいて、何かしらの開発が必要なんですかね」
原が心配そうに言う。
「んー、まあそのうち? ですかね。何なら、あれを改良して採用するだけでもいい線行けると思いますよ」
「……わかった、日本産業の車両については後日詳細な試験を行うことにしよう。言われてみると、あの規模の車両は、我々には未知の領域だ」
「そうですね。我が国でモノにするにせよ、相手が使ってくるにせよ、あのレベルの強力『過ぎる』車両とはどんなものなのか、一度現物を確認する機会が必要だと思います」
そのような経緯で、試製九三式重戦闘車は、徹底的なテストと改良を受けることになる。その結果、主砲の反動が重量に対して過大で、とくにコーナリング中に側面へ向けて射撃すると横転するという致命的な欠陥が判明した。これを防ぐためには、車高が高くて車幅が狭い戦闘車の車体を流用するのではなく、重戦闘車専用車体を開発する必要があると結論付けられ、日本産業の"やっちまった"車両はあえなく不採用となってしまう。
しかし、このときの実績を買われて、老朽更新された三年式突撃車をベースに八六式十五糎榴弾砲を自走砲化する業務を受注・成功させることができたほか、国内で車両の競争試作があるたびに、個性的な車両で陸軍の注目を集める有力企業へと成長することができた。
重戦車、自国領土では使いにくくても、他国は普通に使ってくるのが、我が国では悩ましいですね。
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