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プリント基板

更新遅くなってすみません。


書籍版発売中です。詳しくは活動報告をご覧ください。よろしくお願いします。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1980903/blogkey/3068396/

「うーん、いつ見ても電気系の部品は高い……」

「そら耀子さん、部品と配線を一個一個手作業ではんだ付けしてんだに、時間も手間もかかるら」


 原価一覧表を眺めていた耀子がそんなことをつぶやくと、それに鈴木道雄が反応した。


「あー、そういえば確かそうでしたね」


 文字通りスパゲッティコードと化していたジムニーやウィズキットの電装系ボックスを思い出して、耀子がため息をつく。


「これをもっと簡単につくれりゃ、原価も抑えられんだがなあ……そういえば耀子さん、なんかやり方を知ってるみたいなこと言ってたけんど、あの時は時間がえれぇかかるからやめるって言ってたっけな。結局どんな方法だったん?」

「えーとですね、簡単に言うと、FRPの板に銅箔で作った回路をうまいこと張り付けることで、配線がすでに出来上がっている基板を作れるんじゃないかと考えたわけです」


 いわゆるプリント基板の概念を耀子は説明した。実際に目の当たりにするまでわかっていなかったが、この時期のプリント基板は様々な製造法が世界各国でぽつぽつと出ているのみであり、実用化まではされていなかったのである。ただし、もう数年たつとユダヤ系オーストリア人パウル・アイスラーがエッチングによるプリント基板の製造法を発明するため、もし特許を取るなどしたい場合時間的余裕は少なかった。


「そいつは便利そうな代物だなあ。生産技術部(うち)にやらせるか」

「そうですね、今なら余裕もありますし、やっちゃってください」




 道雄率いる生産技術部は比較的すぐにプリント基板の試作に成功する。何せ、構造はそんなに難しくもないし、完成イメージも耀子によって明確化されているのだから、作れない道理はなかった。彼らはさっそく試作品を東京電気に提供し、その使用感を訊ねる。


「配線を一個一個はんだ付けしなくて済むから、すごくやりやすいね」

「大量の配線をストックしなくていいから在庫管理も楽でいいし、材料調達も簡単だ」


 東京電気の輸送機器向け製品部門の担当者たちは口々にプリント基板をほめたたえ、帝国人繊の生産技術部員たちは自信をつけた。


「予想通り部品屋に喜んでもらえたぞ」

「後はこれを量産する方法を考えるだけだな」

「しかしどうするんだ? エポキシGFRPに張り付けた銅箔から、要らない部分を剥がす作業はなかなか神経を使うぞ」


 この時の試作品は、普通にガラスクロスをエポキシでFRP板にした後、その上に銅箔を張り付けたのち、要らない部分を物理的に削って配線パターンを作り出している。このため、試作するならともかく、量産性には難があった。配線の手間を省き、原価を下げるための部品を手間暇かけて作っていたら、本末転倒である。


「うーん……」

「……困ったら手を動かそう。とにかく片っ端からアイデアを出して、全部試してこうじゃないか」


 チームリーダーはローラー作戦で製造法の検討を行うことを決心し、プリント基板チームは半日かけてアイデア出しを行った後、出てきた製造方法すべてを2週間で試行した。


「このなかなら……こいつが一番よかったかな」

「接着剤を回路状に塗った後に銅粉をふりかけて、接着剤が固まったらよぶんな銅粉を吹き飛ばす奴ですね」


 帝国人繊生産技術部は、いわゆるダスティング法による導体形成法を編み出す。活版印刷の要領でFRP板の上に接着剤で回路を「印刷」し、そこに銅粉を振りかけて固めたのだ。


「うちでもできるかもしれないが、餅は餅屋という言葉がある。印刷なら印刷屋というわけで、この回路基板の製造は印刷屋にやってもらおうと思うが、どうだ?」

「良いですね。うちよりもっとうまく『印刷』してくれそうですし」

「ここで道雄さんと耀子さんにも報告しておいた方がいいでしょう。ここから失敗することはほぼないでしょうし」


 そうして彼らは、勝海舟に命名されたという名門印刷会社「秀英舎」に、ダスティング法によるプリント基板の共同開発と量産をお願いする傍ら、耀子と道雄のトップ二人にも、ダスティング法でプリント基板を量産できそうだという報告会を実施する。


「よし! よくやった。こりゃなかなかええ方法だら」

「へぇ~、そんな作り方もできるんだ……」


 素直に称賛する道雄に対して、耀子の方は意外な方法を提示されて感心しているような反応だった。


「このまま量産適用を進めるべきだと思うんだけんど、耀子さんは?」

「……私は道雄さんの意見に付け加えて、検討してほしいことがあります。えっと……」


 耀子はそう言って席から立ち上がり、黒板の前に来ると、図を書きながらエッチング法の説明を始める。


「FRPに銅メッキをした後、上から回路の形をした樹脂膜を張り付けて、この状態で基板を酸か何かにつけることでよぶんな銅メッキを溶かし、回路にするという方法を検討してみてください。樹脂膜は最初からパターンが刻まれていてもいいですし、一旦銅メッキ面に張り付けた後不要な部分だけ剥がしても構いません」

「ああー……」

「……回路を『作る』ことにこだわり過ぎて、『削り出す』ことが頭から抜けてたな……」


 報告に来ていた生産技術部員たちは、反省したりうっとおしく思ったりした。ただ、本人がどう思おうと、この方法については検討の俎上に上がっていなかった、というのは事実である。


「だけんど耀子さん、その方法のうれしさって何だいな」

「こちらの方がより微細なパターンを作れると思います。接着剤はどうしても滲みますが、すでに固まっていればそんなことはありませんので」


 付け加えると、耀子も含めこの場の全員が知らないことだが、ダスティング法による導体形成は1926年に他国でひっそりと発明され、特許が取られているため、公知の情報扱いでもあった。これではすぐに他社にまねされたり、下手すると特許権者に訴えられたりするかもしれない。


「わかりました。銅箔を溶かして回路を作る方法を検討します。耀子さん、お手数おかけして大変申し訳ありませんが、材料開発部に今回の話を持っていっていただけないでしょうか?」

「言うまでもないことです。岩蔵さんとかにつないでおきますので、うまく連携して頑張ってください」


 その後、帝国人繊は秀英舎と共同でフォトレジストを開発し、エッチング法による現代的な片面プリント基板技術を特許で抑えることができた。この発明によって無線機などの弱電系製品の価格と性能が日本においては改善され、後ほど開発される近接信管のコスト削減などにもつながっている。

本当はもっと早くやっておくべきネタでした。秀英舎は今のDNPです。


少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。

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挿絵(By みてみん)

本作世界のチベットを題材にしたスピンオフがあります。

チベットの砂狐~日本とイギリスに超絶強化されたチベットの凄腕女戦車兵~ 

よろしければご覧ください。
― 新着の感想 ―
[一言] シリコンのデバイスとなると、化学屋の独壇場です。 シリコンとなると、その純化技術はニッチツのチッソ水俣工場の技術者の、前田一博氏が史実日本でのシリコン純化プラントのパイオニアですこの方の開発…
[一言] 基盤のユニット化と、DIN規格のコネクターにスロット接続が始まる? インパネ廻りがすっきりしてメンテしやすくなり、何処ぞの戦車兵からお礼の手紙が…。
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 基板のエッチングを突き詰めると 「如何に微細なパターンを描けるか」 となります。 そしてそれは 「どうすればパターンが断線しないように出来るか」 という問題と…
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