護国の星
遅れてすみませんでした。
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「単純に寿二型乙の倍の過給圧が出せるのか」
「頑張れば3倍ブーストできますよ。地上のベンチだと吸気が過熱してパワーが出ませんし、ノッキングでエンジン傷めますのでやりませんけど」
寿が全力で咆哮するベンチを見ながら、耀子は武彦のつぶやきに答えた。
「帝国人造繊維が得意としている2ストローク機関は、高高度での性能低下が4ストローク機関より大きいんだろう? エンジンの外径が小さい関係上、単発機に搭載されることが多いから、今すぐは難しいかもしれんが、こいつを使えばその欠点も克服できるんじゃないか」
「まあそうですね。ただ、バルブの無い2ストの場合、あまりブースト圧を上げると、排気干渉で押し戻せなくなってしまって吹き抜けるので、難しいんですよね」
一般的な2ストエンジンでは、過給機で大量に新気を送り込んでも、そのまま排気ポートから抜けていってしまう。帝国人繊のエンジンではこれを防ぐため、あえて排気管を集合させてエキゾーストマニホールド内で排気干渉を起こし、よそのシリンダーからの排気ガスの圧力で、吹き抜けた新気を押し戻している。おのずと、この排気ガスの圧力がブースト圧の限界を決めてしまうのだ。
「なるほどな。そう簡単にはいかないのか」
「はい、なのでバルブのある2ストエンジンをそろそろご用意できる予定でして、試作機はもうそこにあるんです」
耀子はそういうとベンチの寿を止めさせ、隣のベンチにかぶせてあった布を取るようスタッフに指示を出す。
帝国人造繊維 D222A
形態:空冷星型複列18気筒ユニフロー式2ストローク
排気量:22.2L
ボア×ストローク:110mm×130mm
動弁系:OHV1バルブ
過給機:石川島重工業 機械式一段二速+排気タービン式一段 計二段
離昇出力:1450hp/3400rpm
公称出力:1350hp/3000rpm
直径:1.1m
「こちらが弊社最後の航空レシプロエンジン、D型エンジンです」
「……ほう、確かにプッシュロッドが見えるな」
「ユニフロー式か。船舶用ディーゼルで三菱がよく使っている方式だな」
「弊社でも自動車用のガソリンエンジンで使っているんです。日本ではそう珍しくはないと思います」
武彦と話しつつ、耀子は草鹿龍之介大佐のつぶやきを拾った。
「いやしかし相変わらず小さいな。その割に大飯喰らいだと、以前小山君が嘆いていたが」
「同じ回転数でも4ストの2倍燃料燃やしてますからね。どうしても燃費が悪くなります。ストロークが短くて、回転数も3000回転越えですし」
「それが小少軽短美の秘訣なんだから、まあ仕方ない面もあるよな。燃費が悪いのが美しいかは疑問だが」
草鹿が帝国人繊製エンジンの燃費に言及すると、耀子は開き直り、武彦がフォローに入る。
「それでも、三菱さんに協力いただいてインジェクターのコストが下がったので、軍用型もキャブレターを全廃してポート噴射式に全面移行していますし、ノッキングが抑制されて圧縮比も上げられたので、今の長元坊に載っているC222Bよりは割とましになっています」
「コストダウンと言ってもこちらでの設計変更はそんなになくて、帝国人繊さんが大量に買い付けてくれるおかげで量産効果が増した部分が大きいんですよね。ありがとうございます」
「いえいえ、これからも持ちつ持たれつやらせてください」
耀子と三菱の深尾と頭を下げあう。その後、D222Aも試運転が行われ、海軍関係者たちはそのパワーに度肝を抜かれることとなった。
同日、日本航空技術廠の佐久間一郎と関根隆一郎らもまた、寿をベースに設計した2つのエンジンの試験を行っていた。
日本航空技術廠 護 一型甲
形態:空冷星型複列14気筒4ストローク
排気量:44.5L
ボア×ストローク:146mm×190mm
動弁系:OHV4バルブ
過給機:石川島重工業 機械式一段三速
離昇出力:1440hp/2400rpm
公称出力:1200hp/2000rpm
直径:1.4m
日本航空技術廠 栄 一型甲
形態:空冷星型複列14気筒4ストローク
排気量:36.3L
ボア×ストローク:146mm×155mm
動弁系:OHV4バルブ
過給機:石川島重工業 機械式一段三速
離昇出力:1300hp/2700rpm
公称出力:1170hp/2400rpm
直径:1.21m
どちらも史実の中島飛行機製エンジンの名前を冠しているが、中身は全くの別物である。エンジンの直径は、護が史実のジュピターよりわずかに小さく、栄は史実の金星と同程度であった。
「やはり出力と大きさでは帝国人繊に勝てないな」
「高高度性能と燃費は明らかに勝ってますから、そちらで勝負するしかないでしょうね。現に、どちらも帝国人繊からは採用を前向きに検討したいという返事をもらってはいます」
寿の複列14気筒化は帝国人繊からの要望で始められたこともあり、この2つのエンジンを搭載するための改設計作業がすでに実施中である。護はスーパーチャージャーを排して石川島製ターボのみを搭載するミラーサイクル仕様が河原鳩のワイドボディ仕様に、栄は青鷺の二型に搭載される予定だ。
「本当は次期戦闘機に栄を載せたかったんだが……帝国人繊のD222Aはあれよりさらに小さくて出力は上回ってるからな。向こうの発動機が選ばれるのは当然だろうさ」
「一方で、向こうは燃費の良い4ストローク発動機を持っていないから、河原鳩なり青鷺なりの心臓にはうちの発動機を使う……なんかちぐはぐですよね」
作っている機体と、そこに搭載されるエンジンが食い違っていることに対して、関根がぼやく。
「そうだな……まあ、空技廠と帝国人繊をはじめとする民間企業が、協力しながら作っていることになるから、それはそれでいいのかもしれんがな」
「うちは軍用機の開発計画の統制業務も行ってますから、どのみちうちと関わらずに陸海軍向けの機体を開発することなんてできませんしね」
「そういうことだ。まあ、目標としてちょうどいいから帝国人繊を好敵手のように皆を煽ってはいるが、別に敵対したいわけじゃないから、その辺はき違えるなよ」
「ははは、そんな間抜けはここには居ませんよ」
佐久間たちは粛々と試験を進め、新エンジンの開発に邁進する。小型機用から大型機用までのエンジンが出そろうことで、日本の航空機開発能力も盤石の状態に成長しつつあった。
小山君:史実で、九七式戦闘機をはじめとする中島の主要な単発戦闘機の設計に関わった小山悌のこと。この世界線では、今のところ八七式戦闘機"長元坊"を設計。
「名前は史実と一緒だけど、中身は別物」って兵器を出すの、どうなんでしょうね。
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