いっけぇぇえ! ターボォォォオオオ!
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石川島重工業。江戸時代末期に設立された造船所を起源とする重工系メーカーで、現在は本丸である造船業の他、キャブオーバートラック「エルフ」を主力とする自動車部門や、日本航空技術廠開発機の受託生産をしている航空部門など、事業分野の広さだけ見れば三菱や住友の重工部門にも負けないオールラウンダーである。
「うちや三菱ばかり持ち上げられますし、それだけの技術も生産力も持っている自信はあります。とはいえ、石川島さんはもうちょっと評価されてもいいと思いますよ。御社の過給機がなければ、うちのエンジンも性能が出ませんからね」
「ありがとうございます」
先程耀子にほめられた、中村孝一の属する過給機部門は、石川島の各事業部門の中で数少ない「確固たる存在感」を示せている部署の一つだ。帝国人繊のエンジンも、日本航空技術廠のエンジンも、石川島製の遠心式スーパーチャージャーを搭載している。
「うちのディーゼル発動機用過給機は、今のところ自家製ですが、このターボ過給機が実用化されればより熱効率をあげることができます。帝国人繊さんが音頭をとってくれたお陰で、石川島さんとの共同開発が実現し、こうして海軍の皆さんに見ていただける日を迎えることができました。お二人にお礼を言わせてください」
「いえいえ、こちらこそ、三菱さんの膨大な経験や資金力に助けていただきました。お礼を言うべきはこちらですよ」
「こちらも、金と口しか出せなくてすみませんでした」
三菱内燃機製造の深尾淳二は、中村と耀子に頭を下げた。今日は複数の航空派海軍士官を招いて、石川島と三菱が共同開発したターボチャージャーを見てもらおうとしているのである。少し前に武彦が帝国人繊を訪れていたのは、元々このイベントについて話をするためであった。
日本航空技術廠 寿 2型乙改二
形態:空冷星型単列9気筒
動弁系:OHV4バルブ
過給機:石川島重工業 機械式一段三速+排気タービン式一段 計二段
離昇出力:1200hp/2200rpm
公称出力:1050hp/1800rpm
備考:100オクタンガソリン仕様
テストベッドとなるエンジンは、もはやお馴染みとなった寿である。この個体は、帝国人繊で太平洋横断飛行用に低燃費化改造を施され、実際に記録飛行にも使われた後石川島に払い下げられ、いわゆる「スーパーターボ」仕様に改修されたものだ。過給機回りの他にはコンロッドを短くして圧縮比を下げており、大きな過給圧で大馬力が発生させられることをデモンストレーションできるような工夫がされている。
「排気タービン仕様は発動機からのびている排気管がとても長いが、これはどういう理由で?」
「発動機の排気というものはとても温度が高くてですね、当然、排気タービンも排気によって熱せられるわけです。誠に遺憾ながら、現在我が国で使用できる耐熱合金では、エンジンの排気の熱に耐えられませんので、このようにわざと排気管を長くして、排気温度を下げることが必要になっています」
「要約しますと、排気の熱でターボが融けてしまうので、排気を冷やすために排気管を長くしているということですね」
山階宮武彦からの問いに中村がテンパってしまい、冗長な説明をしたため、即座に耀子がリカバリーに入る。まあ、彼くらいの頭脳の持ち主ならば、中村の説明でも十分理解できるのだが、この場にいる海軍士官は武彦だけではないのだ。
「なるほど。それでは……こっちが吸気側かな? ターボから発動機までの間の吸気管に挟まっているものはなんだ?」
「こちらはインタークーラー、中間冷却機とでも申し上げましょうか。空気を瞬時に圧縮しますと、温度が上昇して、せっかく圧縮したのにまた膨張しようとします。これを冷やしてやることで、吸気を収縮させ、ターボの後段にある機械式過給機の効率をあげているのです」
「ありがとう。よくわかった」
今日の自動車用エンジンには当たり前のようについているインタークーラーであるが、元々は航空機において二段過給機の中間に位置していたため、インタークーラーと呼ぶのである。史実の水メタノール噴射装置も、効果としてはインタークーラーと同じだ。
「中はすかすかだろうから、そこまで重くはないだろう。とはいえ、これだけ大きな装備となると、単発機に装備するのは難しいんじゃないか?」
武彦の後に質問したのは、海軍航空本部長の山本五十六少将である。彼はおおむね史実通り航空畑の人間としてキャリアを積み、海軍の航空兵力充実のために尽力してきた。史実と違うところと言えば、ロシア戦争では艦長として空母翔鶴を指揮し、飽和航空攻撃によってロシア極東艦隊を壊滅させた実績が加わっているところだろうか。
「現時点ではおっしゃる通りです。ですので、小型化を進めて、単発機にも搭載できるように鋭意開発を進めております」
「何かあてはあるのかい?」
五十六からそう聞かれた中村は、何か言いたげに耀子の方を見る。
「そちらについては開発計画を監督している帝国人繊から説明させていただきます。今のところは、排気管を冷却したり、ターボの冷却を強化したり、耐熱合金を改良したりすることで凌ごうと思っています」
「凌ぐ、ということは、本命が控えているということだね?」
「はい。そもそも融けない、燃えない物質を使えば、耐熱性は解決いたします。ですので、陶製、つまり焼き物でできた排気タービンの開発を、日本陶器にお願いしています」
耀子が答えると、一部の海軍士官がざわつく。
「焼き物だって?」
「そんなことができるのか?」
「そんなのすぐ割れるだろ」
そうなるだろうと思っていた耀子は一呼吸置くと、何をたくらんでいるのか説明を始める。
「一般的な焼き物に脆弱な印象があるのは、原料の均質性をほとんどコントロールしておらず、工業的には粗悪な材料を使っているからです」
「つまり、何を均質にするのかは知らんが、質の良い均質な原料で作った焼き物は、タービンの材料にできるほどの強度が出るというわけだな?」
ここで武彦が耀子の説明を理解しやすくするために合いの手を入れた。
「その通りです殿下。具体的には、原料の純度を上げ、結晶粒の大きさをミクロン単位で揃えます。こうすることにより、微視的なレベルでの応力集中を避け、材料本来の強度が発現できるようにするのです」
「俺はなんとなくわかったが……説明が難しいな」
耀子はファインセラミックスの説明をしている。彼女は言及していないが、SiC系ファインセラミックスを、さらに炭素繊維で強化したCMC複合材を開発し、ターボの材料にしようと考えているのだ。しかし、彼女の説明が専門的過ぎたため、海軍士官たちは良くわからなかったり、もやっとした理解にとどまったりした。もっとも、自分達は技術の隅から隅まで知っている必要はないと思っている者達も居て、彼らは途中から話を聞いていなかったのだが。
「あー……であれば鋳物を例えにしましょう。すごく雑に言うと、皆さんの知っている焼き物は、巣や硫黄分だらけの鋳物とほぼ同じ状態なんです。なので、巣や硫黄をなくして、強度を上げるという話をしています」
「……どうにかイメージはついた。ありがとう。それで、焼き物製のタービンならば、どこまでこれを短くできるんだ?」
質問した五十六本人もついていくのがやっとだったので、その技術の嬉しさを聞くことにした。
「この長い排気管がほぼなくなります。吸気側も、インタークーラーは大きくなりますが、吸気管自体は短くなります」
「それだけ短くできれば、単発機にも装備できるな」
「はい。飛行機に乗せる以上、軽いに越したことはないですからね。ですが、お察しの通り、まだまだ難しい技術ですので、しばらくは先程申し上げた通り、排気とタービンの冷却、そして耐熱合金の改良でお茶をにごそうとおもいます」
そうしたやり取りがあって、ようやく、ターボ仕様寿のデモンストレーションが始められることとなった。
というわけで、まず耀子さんはファインセラミック(より正確にはCMC複合材)を開発して、セラミックターボで差をつけたいと考えているようです。
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