帰りの飛行機の中で
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1週間の調査旅行も、終わってみればあっという間である。山階家御一行はゴルムドの飛行場に止めてあった社用車ならぬ社用機に乗り、日本へ帰る途上に居た。
帝国人造繊維 AL11P "河原鳩"1型乙改 長距離旅客輸送仕様
機体構造:高翼単葉
胴体:エポキシ樹脂系GFRPセミモノコック
翼:ウイングレット付きテーパー翼、エポキシ樹脂系GFRPセミモノコック
高揚力装置:ファウラーフラップ、スラット
乗員:操縦士2名(+航空機関士1名)
乗客:20名(2×10)
全長:21 m
翼幅:28.0 m
乾燥重量:5600 kg
最大離陸重量:11400 kg
動力:日本航空技術廠 寿 2型乙 空冷星型単列9気筒OHV4バルブ ×2
離昇出力:805hp/2200rpm
公称出力:691hp/1800rpm
過給機:石川島重工 遠心式スーパーチャージャー1段3速
プロペラ:日本楽器製造 PBT系AFRP製2翅無段階選択ピッチ
最大速度:330 km/h
航続距離:3500 km
巡航高度: 6000 m
「改めて聞くけど、今回の調査はどうだった? 芳麿さん」
「鳥学としての成果はあまりなかったかな。チベットは急速に文明化したおかげで、他国の研究者もそこそこ入ってるから、既知の観察結果が多かった。でも標本も取れたし、何より顕微鏡をのぞく日々よりもずっと楽しかったよ」
今回の調査でも、食糧調達を兼ねて標本の採取、つまり剝製にするための狩猟を行っている。芳麿が自分で鳥を撃っていたため、銃を貸したミカが目を丸くしていたのが、耀子にとっては愉快だった。
「今回の旅行のきっかけになったチベットスナギツネも、運よく見つけられましたからね」
「既に標本自体は採取されてたみたいだから、生きている姿を写真に収められていることが重要かな。しかし、本当になんかこう、普通の狐とはちょっと違う顔をしてるんだね」
「そうでしたね。あの何とも言えない表情がちゃんと写真にとれてると良いんですが」
機嫌良さそうに耀子が答える。
「しかし、耀子さんも機嫌が良さそうだね。やっぱり、お仲間を見つけられたからかな?」
そんな彼女に対して、芳麿は耳元でそう囁いた。
「そうですね。今までずっと転生者は私一人だと思っていたので、うれしかったのは確かです」
それに対して耀子が囁き返す。レシプロエンジンの轟音が響く機内では、他の人間には聞き取れないだろう。子供二人も、おそらく飛行機の話で盛り上がっていて、こちらを気にする様子はない。
「でも私、気づいてしまったんですよ。自分と話が合う同性の友達って、実は初めてなんじゃないかって……」
「あれ、黒田先生は? ……って、友達だと思っていたら先生とは呼ばないか」
一瞬、東北大学時代の先輩で、研究室も同じだった黒田チカは友達ではないのかと思った芳麿だったが、すぐにそうは思ってなさそうなことを察する。
「ええ。黒田先生は友達というより先輩って感じで、友達とは違うんですよね。それに、同じ樹脂屋と言っても、あの人は合成系で、私は物性系なので、話の広がり方が意外と近くないんです」
「なるほど。谷津先生と小熊先生みたいなものだね」
谷津直秀と小熊捍は、いずれも芳麿の指導教官を務めたことがある大学教員だ。どちらも当然生物系の人間だが、谷津は生態学を専門としていたのに対し、小熊は遺伝学、特に虫のそれについての専門家である。芳麿は東大の学生時代に谷津から指導を受けて生物学を学んだ後、雑種不妊性の研究を突き詰めるため、改めて小熊に指導を仰いでいた。
「……あー成程、そのお二方だとちょっと遠すぎる気もしますが、あってはいると思います」
余談だが、現在北海道大学にある小熊教授の研究室には、島津源蔵の率いるメーカーによって製作されたX線回折装置が設置されている。この装置は耀子が島津に製作を依頼し、そのまま北海道大学に寄贈したものだ。X線回折装置自体はすでに海外で研究に使われていた装置であり、島津自身、一次大戦前にはレントゲンの撮影に成功した経験があったため、問題なく装置を開発できている。
「おっと、話をそらしてしまったね。続けて」
「アッハイ。その点、ミカさんは学問を修めているわけではないですけど、装甲戦闘車両という共通の話題があります。フィーリングにも通じるものがあるので、こういう同性の友達は初めてだなあと。異性の友達だったり、仕事仲間だったり、親族だったり、もちろん夫だったりは居るんですけどね」
「なるほどね……」
とはいえ、やはり転生者が自分一人ではなかった、という安心感が大きいのだろうな、と芳麿は思った。もし、耀子のように記憶を完全に保持している逆行転生者が複数人いたら、歴史は彼女の知っている物からもっと大きくずれていただろう。そうなっていないということは、少なくとも「完全な」逆行転生者が耀子ぐらいしかいないことを示している。
「手紙の送り方も聞いたから、まず日本に帰ったら一筆したためないと」
実際、ミカもほとんどの記憶がおぼろげであり、どうやら前世の大部分を病床で過ごしていたおかげで、耀子のように歴史改変に役立つ知識も持ってはいなかった。それでも、身の回りの者が理解しなかったり、相手にしなくなったりしたネタに、いちいち反応してくれるミカは、耀子にとって貴重な癒しになったに違いない。
「そういえば響子、チベット楽しかった?」
「うーん、もう飽きちゃった」
母の問いに娘が答える。
「そうか。響子ちゃんにはまだ早かったか」
「なによそれ」
「あの雄大な景色、いくらでも詩が書けると僕は思ったよ」
そんな彼女に対して、文蔵が年上面をした。父親の影響を強く受けている彼は、飛行機以外に詩作の趣味もあり、年のわりには高い評価を受けているらしい。父の章によると、まだまだ未熟ということだが。
「ふーんだ、私はいくつになっても詩なんて書けませんよー」
「ふふっ」
ふてくされる娘がほほえましく、思わず笑ってしまう耀子。自分が多忙なせいで、なかなか家族を連れての旅行には行けてなかったが、これからはもう少し頻度を上げていこうと思うのだった。
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