砂狐との出会い
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「わあー! すごいすごい!」
「章おじさんはさすがねえ」
1932年2月、耀子たちは数年越しに実現したチベット旅行の途上にいた。
「そりゃあ、僕のお父さんだし」
耀子たちが乗っている帝国人繊所有の河原鳩旅客機型を操縦するのは、テストパイロットの佐藤章と、その妻で耀子の秘書である文子である。二人の息子の文蔵も誇らしげだ。
「……おかあさん、やっぱり、操縦席は入っちゃだめ?」
「ダメよ。ステライル・コクピットは、飛行中絶対に守られなければいけない大事な規則なの」
帝国人繊では完成した航空機をテストしたり、自力空輸したりすることがあるため、航空機の運行規定が整備されている。当然、この規定は前世で航空事故ドキュメンタリーを視聴していた耀子が監修しており、彼女が覚えている限りの知見が盛り込まれていた。飛行中の航空機のコクピットに部外者を入れてはならない「ステライル・コクピット・ルール」も、その中の1つである。
「はーい……」
今は8歳、今年中に9歳になる長女の響子は、不服そうに返事をした。
「だいたい、操縦中の今はろくに相手してもらえないよ? 忙しいんだから」
「そうだよ響子ちゃん。お父さんもお母さんも、長距離を真っ直ぐ飛ばすのは神経を使うっていってたんだから」
まだ技術が追い付いていないため、河原鳩のオートパイロットは本当に原始的なものしかついていない。計器類の監視や、航路から外れていないかの確認など、やるべきことは多いのだ。
「それこそが見たいじゃん……」
「気持ちはわかるけど、どちらにせよ気は散るからやめようね」
「うん……」
どうにかして響子を宥めると、今度は芳麿から声をかけられる。
「耀之には悪いことしちゃったな……」
「んー、どっちなんだろう。すべて本人の胸の内だからなあ」
今回の旅に、山階侯爵家長男の耀之と、次女の馨子は同行していない。馨子はまだ4歳で小さすぎるからだが、耀之は結局今回のチベット行きを辞退したという経緯があった。
「もし、縁起でもないけど、今回の旅行で一家全滅して、うちの家が断絶したら不味いと思ったから来なかったのだとすると、耀之がかわいそうだよね」
年齢のわりに大人びている耀之は、男児である自分の立場を彼なりに理解している。実際、芳麿の懸念している通りの考えも、耀之の中にはあった。
「とはいえ、あの子最初から乗り気じゃなさそうでしたよ? あれも全部演技って言われたら、何を信じていいのやら……」
とはいえ、耀子の察した通り、耀之はあまりチベットに関心が無いのも確かである。彼は母親とおなじ技術者の道を志しているため、チベットに豊かな自然を見に行きますと言われても、あまり嬉しくないのもまた事実だった。
「そうだよなあ……あの子のぶんのお土産は、少し豪華にしてあげようか」
「それが現実的な落としどころでしょうね。しかし、何をあげれば喜ぶかな……」
そんな会話をしつつ機体は順調に飛行し、定刻通りゴルムドの空港に着陸した。
「しまったなあ。ついつい気合いが入ってしまった……」
ゴルムドにある帝国人繊の工場を視察した耀子は、休憩室への廊下を速歩で歩いている。この速度では子供達は走ることになってしまうため、親に抱き抱えられていた。
「お母さんかっこよかったよ」
「ありがと。でも今回はそこまで頑張るつもりじゃなかったのに……」
今回の工場視察は家族サービス的な側面があり、耀子としては穏便に済ませて、さっさと鳥類観察をしたかったのである。ところが、今まで一度も耀子本人が視察したことのなかった工場であるため、指摘すべき点が多く、ついついヒートアップしてしまったのだ。
「ふう……ふう……」
「お母さんお疲れ」
休憩室の扉の前に響子を降ろし、息を整える。そんな母を、先程まで抱き抱えられていた娘はのんきに労った。
「すみません、お待たせしてしまって……」
耀子がおずおずと扉を開けると、チベット陸軍の制服を着た女性が立っている。彼女が、会社が軍に手配してくれた護衛の方だろう。
「いえいえ。時間通りですし、お気になさらず」
女性はネイティブと変わらない日本語で応答する。
「……流暢な日本語ですね。ずいぶん苦労されたのではないですか?」
「いえ、父が日本人なので、幼いころから日本語に触れる機会があっただけですね」
「あーなるほど……って、先に自己紹介したほうがいいですね。私……じゃなくて、芳麿さん、そっちからお願いします」
そういうと耀子は一歩下がって、芳麿に発言を促した。
「はじめまして。鳥類学者で侯爵の山階芳麿と申します。これから一週間ほど、よろしくお願いします」
「機動第1旅団のカヤバ・ミカ・サカダワ中尉です。名前のミカ、もしくは苗字のカヤバで呼んでいただけると助かります。こちらこそよろしくお願いします」
芳麿の自己紹介を受け、ミカも簡単に挨拶を行う。
「よろしくお願いします。今回の調査に同行する者を紹介させてください。隣から順に、妻の耀子……」
続いて芳麿が今回の調査旅行(染色体の研究で疲れた彼を、野鳥観察で癒すためのフィールドワークなのだから、旅行と称してもいいだろう)のメンバーを紹介する。
「……といった具合で、お察しの通り調査といっても本格的なものではないのですが、どうかよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
芳麿に続いて、耀子達も頭を下げた。それを見たミカも一緒にお辞儀をする。
「よろしくお願いします。今回の調査を安心して進めることができるように、私も全力を尽くさせていただきます」
華族ではあるが、一般人である耀子達の護衛なぞ、本来の仕事ではないだろう。この発言も社交儀礼でしかないだろうが、とりあえず高圧的な態度はとられなかったので、申し訳ない気持ちが多少は和らいだ耀子だった。
というわけでついに出会った二人の主人公。果たしてどのような会話がなされるのか。
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