究極の豆戦車、あるいは進化の袋小路
書籍版発売中です。文芸文庫扱いなので、ラノベとは違う棚にあると思います。詳しくは活動報告をご覧ください。よろしくお願いします。
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不穏な正月が終わって始業早々のこと、鷹司信煕と原乙未生のチームは、目の前の豆戦車を見ながら難しい顔をしていた。
「うーん……主にチベット陸軍からよこされた戦訓と要望をもとに、十年式の後継戦闘車を作っては見たが……」
「見た目には良くまとまってるように見えますけど、だいぶ大きくなりましたね……」
陸軍技術本部 試製九三式軽戦闘車 1型
全長3.7m
全幅2.0m
全高2.2m
戦闘重量:7.2t
乗員数:4名(運転手、車長兼無線手、砲手、装填手)
主砲:八四式車載砲
八四式車載砲
口径:75mm
砲身長:2.3m(31口径)
砲口初速:510m/s
装甲貫通力
破甲榴弾:66mm/90°@100m、59mm/90°@500m
九一式徹甲弾:70mm/90°@100m、63mm/90°@500m
装甲
砲塔正面:40mm
砲塔側面:13~25mm
砲塔天蓋:13mm
砲塔背面:25mm
車体正面
上部:25mm25°
下部:25mm35°
車体側面:25mm90°
車体背面:5mm90°
車体上面:5mm
車体下面:7mm
エンジン:帝国人造繊維"C049B" 強制ループ掃気2ストローク強制空冷水平対向4気筒
最高出力:163hp/2600rpm
最大トルク:50.0kgm/1600rpm
最高速度:41km/h
「チベット軍からの要望としては、75mm砲と3人用砲塔の搭載、37mm級対物砲に抗堪する正面装甲だったか」
日本から(中小国としては)大量の十年式軽戦闘車を資源で買い漁ったチベットは、ロシア戦争で豆戦車のもろさと貧弱さを痛感している。何とか火力を増やそうと、砲塔を新規開発し、無理やり三八式野砲を搭載したくらいだ。一方、車体の小ささからくる隠匿性の高さや、狭隘な地形に対する適応力は高く評価しており、重量増を許容してでも「より強力な豆戦車」を手に入れたいと考えている。
「そのくせ全長と全幅を維持しろと来てますから始末に負えないですよ。重量は増えてもいいって、海の無いあっちは困らなくてもうちが困るんですって」
一方、日本としては、軽戦闘車の乾燥重量を5t未満に抑えたいという目論見があった。大抵の輸送船が備えている5tクレーンによって揚陸できる重量とすることで、特別な設備のある港湾でなくても迅速に展開できる戦力としたいのである。
「すぅー……はぁー……あー息苦しかった」
部下とともに豆戦車の内部を検分していた、信煕の同期で騎兵科の櫛淵が、キューポラから顔を出した。
「一応聞くが、中はどうだ」
「狭くて大変だよ。整備するにしても乗るにしても」
小さな車体の中に大の男4人を無理やり詰め込んでいるため、この豆戦車の居住性は相当悪い。特に装填手の作業スペースを確保するため、砲を挟んで反対側にいる砲手と車長兼無線手は、非常に狭い空間に押し込められることとなった。
「こいつで戦場出たいか?」
「いやーきついでしょ……」
耀子が聞いたら吹き出しそうな感想を櫛淵が述べる。カタログスペックだけを見ればまるで魔法のように素晴らしい本車であるが、その代償として搭乗員に多大な苦労を強いることが目に見えていた。
「どうしますこれ。作れば中小国にはバカ売れすると思いますけど」
「外貨獲得手段という意味では良さそうだし、このまま捨てるのは惜しいよな」
「とはいえ、十二年式のすばらしさとか、大発動艇の積載力も考えると、もう5tクレーンで釣れる車両という区分が限界に達してるんだろうな」
重量14t強の十二年式中戦闘車を載せるため、この世界の大発動艇には15tの積載力がある。強襲揚陸艇で軽戦闘車より大きい装甲戦闘車両が陸揚げできてしまうことを考えると、軽戦闘車という車種はもはや進化の袋小路に入り込んでしまったといっても過言ではないのかもしれない。
「とりあえず、チベットとかイタリア向けにこいつの開発は継続するとして……」
「本命はこっちの中戦闘車ということで、上にも報告しておきましょうか」
そう言って原達は、試製軽戦闘車よりだいぶ大きな新中戦闘車に目を向けた。
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