ぐるぐるまき-2
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FRPとアルミ合金で作るタンクの試作品自体はすぐに製作された。
「いくらなんでもやっつけすぎないか……?」
「最初はこれでいいんですよ。耀子さんの言葉を借りるなら『お値段以上』の結果を得られる方法ですので」
見た目にはただのFRPでできた筒に見えるこの試作品。播磨造船所の技師がぼやいた通り、住友系企業から無料でもらってきたアルミパイプの端材に、播磨造船所内に転がっていたGFRP樹脂含侵済織物を巻きつけることで作成されており、廃材を利用して安く仕上げられていた。
「それでは、少しずつ水圧を上げていってください」
「こんなので圧力に耐えられるのか……?」
半信半疑で試作タンク内の水圧を上げていく播磨造船所の人々。このタンクはアルミパイプの片側を溶接で厳重にふさぎ、もう片方にねじ山を切って口金をねじ込んである。空気タンクなのに水で加圧しているのは、気体で加圧するとタンクが壊れた時に爆発する恐れがあるからである。
「……うお! ……何も巻いて無いアルミパイプが破裂しましたか」
しばらく圧力をかけていくと、比較対象として用意したFRPを巻いていないアルミパイプが破裂。周囲に水をまき散らした。
「FRPを巻いた方はまだ耐えてますね」
「この手の圧力容器には原則として引張応力しかかからない。つまり、FRPを適用することによる軽量化効果がかなり期待できるのではないかと考えました」
岩蔵のこの推論は耀子の期待した通りのもので、今回試験している試作品のタンクも、いわばシートワインディング法を使って製造された「タイプ2」のFRPタンクと言っていいものである。岩蔵は最低限、耀子の想定した仕事はできたということだ。
「おわっ! ……刺さってますよ」
「あっぶな……」
そうこう言っているうちに、FRPタンクの方も耐圧限界を迎えて破損する。しかし、破損したのはFRPを巻いている胴体部分ではなく、テキトーに作った口金部分であり、ホースからタンクが吹っ飛んでポリカーボネートで作ったシールドにひびを入れていた。
「別室から様子を見ることにして正解でしたね……しかし、これで『両端をふさいで口金をつけたアルミの管に、FRPを巻いて補強する』という作り方でも高性能な高圧容器を作ることができるというのはわかりました」
「そうですね……なるほど、こんなやり方があったとは……やはりFRPをずっと触ってきている人たちは違うなあ」
見事実験を成功させた岩蔵に、播磨造船所の技師たちは感心しきりである。
「さて、後はこれをどう作るか、どう改良するかの勝負です。私だけでは力不足ですので、ここは素直に応援を呼びましょう」
岩蔵が応援として呼んだのは、帝国人繊生産本部生産技術部の技師たちである。鈴木道雄本人は耀子がわざと止めたので来れなかったが、その薫陶を受けた日本屈指の「ものづくり」の達人たちだ。
「成程、この鉄の塊を、アルミとFRPで作ればいいんだな。削り出し加工だなんて、海軍さんはお金持っててうらやましいぜ」
「胴体部と、両端のふたで三分割……いや、アルミパイプの両端を絞ってそのままふさげないか」
「胴体部はFRPが巻けるから、極論いくら薄くてもいいんですよ。その一方で端部はFRPを巻けないから……巻けませんよね? ですよね? うん。なので、アルミだけで圧力に耐えないといけませんから、肉厚が結構ほしくなってきます」
わらわらと集まってきて議論を始める生産技術部の人々。岩蔵はそれに聞き耳を立てつつ、注意点についてはしっかり軌道修正していく。そのうち、いくらか作り方の候補が決まり、播磨造船所の人々にも試作を手伝ってもらいながら、改良を重ねていった。
「というわけで、こちらが我々の試作した航空魚雷用気室です」
そろそろ九一式魚雷が正式採用されるかというころ、横須賀海軍工廠に駆け込んだ岩蔵たちは、開発した圧搾空気タンクを成瀬にお披露目した。
「ほお……従来の鋼製気室に比べて重量を半分、製造費用を3割に抑えたと?」
「はい。代償として再充填可能回数がだいぶ減っておりますが、費用対効果を考えれば十分すぎるくらいのおつりがくるでしょう」
岩蔵は内心(これまでの製造法があまりにも重厚長大すぎたからなあ)と思いつつ成瀬の問いに答える。なにせ、比較対象である鋼製タンクがあまりにも高価だったため、強化繊維に安価なガラス繊維ではなく、より軽量で高強度なパラ系アラミド繊維「テクノーラ」を使うことができたくらいだ。
「なるほど、航空雷撃の演習では、弾頭から火薬を抜いた本物の魚雷を使うから、今までの魚雷のつもりで酷使しているとすぐ気室の交換が必要になるということか。それを考えてもなお安いようだから、これはアルミ-FRP製気室を採用すべきなんだろうな」
満足げにうなずきながら成瀬が言う。
「使っていただけますか」
「期待以上の仕事と言っていい。採用試験の日程が少し伸びてしまうが、かまわんだろう」
「ありがとうございます」
耀子の介入がなくても、岩蔵たちは無事に画期的な仕事をやり遂げることができた。こうして彼らは自分たちの成長をかみしめながら、帰途につくことができたのである。
「うん、期待通りの仕事ですね。お疲れさまでした」
岩蔵からの報告を受け取った耀子は、彼の苦労をねぎらった。
「ありがとうございます」
「じゃあこっからはネタばらし。タンクの胴体部をシートワインディング──あなたたちが簀巻き法と呼んでいるやつですね──してFRPで強化する方法は、あの時点では最善だったと思います。でも、実はもっといい方法があるんです」
そういうと耀子は、魚雷の圧搾空気タンクの絵を描き始める。
「プリプレグのシートじゃなくて、トウ──繊維数本を束ねただけの、細いプリプレグを、こんなふうに……インプレーン巻きしてあげれば、両端の部分もFRPで補強できますよね」
「言いたいことはわかりますが、その方法では職人が手作業で巻き付けていくしかありません。量産性が重要な兵器には使えない方法ではないですか?」
耀子が描いたフィラメントワインディングによるFRPタンク製造に対し、岩蔵は手間がかかり過ぎると反論した。
「そう。だから、貴方がやった方法があの時点では最善です。そして、これからのこの分野の開発は、フィラメントワインディングによるタンク製造を、職人芸に頼らず自動化することが目標になると思います」
「ああ……それは確かにそうですね」
我々が生きる現代の世の中では、既にCFRPプリプレグをフィラメントワインディングした水素タンクが燃料電池自動車に使われている。
「岩蔵さんの今回の仕事は完璧と言っていいと思います。ですが、それでもなお、研究開発の道に終わりはないというのは、まあ釈迦に説法だと思いますけど言わせてくださいね」
帝国人繊の、そして日本の技術力は確かに向上し、耀子の知る未来へと少しずつ近づいている。それでもなお、耀子が全く知らない領域まで発展するには、かなりの時間が必要そうであった。
いくらなんでもわからないと思うので解説
タイプ2(のタンク):高圧タンクの構造の呼び方。全金属製がタイプ1。タイプ1の胴体部を薄くして、胴体部のみをFRPで補強したものがタイプ2。全面的に薄肉化して両端部分もFRPで補強しているのがタイプ3。金属部分がなく、樹脂タンクをFRPで補強しているのがタイプ4と呼ばれる。
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