ぐるぐるまき-1
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ロシア戦争の終わりごろ、横須賀海軍工廠の成瀬正二は、とある目的で播磨造船所を訪れていた。
「FRPで軽い魚雷を作ってほしい?」
「これまで、航空魚雷はイギリス製の物をライセンス生産していたのだが、これを国産化することになってな」
「魚雷か……」
一斉に考え込む播磨造船所技術陣。大型船舶の一部構造部材や、小型船舶を建造したことはある彼らだが、魚雷の開発経験は当然なかった。
「もちろんすべてを一から開発しろというわけではない。例えば外殻をFRPで作って、魚雷を軽量化できないかということだ」
「航空魚雷ということは、航空機から投下するんですよね……着水時の衝撃に耐えなければいけない……」
「衝撃ということは座屈か? そうであればFRPはあまり得意な荷重ではないな……」
金属をFRPで置き換えるうえで気をつけたいことはいくつもあるが、その中でも代表的な物の1つが「圧縮強度が弱い」ことである。金属や何も入っていないプラスチックでは引張強度と圧縮強度は大差がない。一方、FRPは引張強度に比べて圧縮強度が弱く、座屈するような力のかかるところでは有効性が低いのだ。
「とにかく、今回の主目的はFRPを使って軽い魚雷を作ることであって、FRP外板の魚雷を作ることではない。よろしく頼むよ」
「はあ。ちょっと帝国人繊にも相談してみますね」
「なるほど、それでお困りなのですね」
「ぜひ力を貸してください」
播磨造船所の要請を受けて派遣されてきたのは、鈴木商店創業家の血筋であり、MIT卒の超エリートにして、この世界では材料開発分野で耀子の右腕を務める鈴木岩蔵であった。
「まずは魚雷というものを理解しましょう。どの部品にどのような力がかかって、どのような性能が求められるかがわかれば、おのずとFRP化による軽量化が見込める部品が見つかるはずです」
いつもなら真っ先に首を突っ込んできそうな耀子であったが、今回はあえて自分ではなく、岩蔵に任せてみることにした。というのも、そろそろ自分が口を出さなくてもいいくらい、下が育ってきていそうだと感じているからである。今回、耀子を納得させられるような正解を岩蔵が導き出せば、その感覚が正しかったとの裏付けをとることができるだろう。
「魚雷の中はこうなってるのか……」
そういうわけで、岩蔵一行はさっそく横須賀海軍工廠に依頼して、航空魚雷の中身を見せてもらうことにした。
「まず弾頭があって、その後ろのこれは……?」
「気室だ。圧搾空気をためるところで、後ろの発動機で燃料を燃やすための空気を供給する役割がある」
「その後ろに推進部があって、ここで燃料を燃やしてスクリューを回しているわけですね」
「ほかにも、自身の進路を感知するためのジャイロコンパスや、深度を感知するための深度計、それらの情報をもとに魚雷をまっすぐ走らせる操舵装置もあるな。どうだ、何か良さそうなものはあるか」
噂の才女、山階耀子が来なかったのは残念だが、鈴木岩蔵もなかなかの技術者であるとの評判である。成瀬は期待を隠し切れない様子で岩蔵に目星がついたかを聞いた。
「……1つ聞きますが、この気室はどうやって作っているのでしょうか。かなり高い圧力の空気を詰め込むようですが」
「これはな、我が国ではニセコ鋼の塊から削り出しで作っている」
「け、削り出し……!?」
「この形状を、削り出し……!?」
播磨造船所の技師たちが仰天する。ニセコ鋼とは日本製鋼所が開発したニッケルクロム鋼で、当時としては高性能な鉄鋼材料である。これの塊をくりぬいて円筒を作り、両側をふさいで気室を作っているというのだ。
「……魚雷一本で家が建つというのはそういうことですか」
「もちろん気室の製造費だけが魚雷の値段のすべてではないが、一番高い部品なのは確かだな」
数々の耀子の奇行を目の当たりにし、並大抵のことでは動じなくなった岩蔵も、さすがに海軍の「力技」には閉口したようである。
「……わかりました。FRPとアルミで気室を作りましょう」
「ほお、FRPで気室が作れるのか? 確かに、それができたらずいぶんと軽量化できそうであるが……」
予想の上を行く返答に、さすがの成瀬も少々戸惑った。
「岩蔵さん、できるんですか?」
「まだわかりませんが……耀子さんならこうするだろうなという閃きがありました。これを試します」
そういいつつ、岩蔵は不敵に笑って見せる。勝算は割とあるようだった。
久しぶりに材料の話ができそうです。
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