重戦闘機
書籍版発売中です。文芸作品扱いなので、書店では文庫の棚に置かれていると思います。
詳しくは活動報告をご覧ください。よろしくお願いします。
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「何やら勝手に盛り上がって勝手に立ち去って行ってしまった……」
海軍士官たちはそのまま襲撃機の対潜哨戒機転用を議論するために帰ってしまったため、耀子は紹介しないままになってしまった戦闘機仕様機の前でたたずんでいた。
帝国人造繊維 NA32F 八試双発戦闘機
機体構造:低翼単葉、双胴、引込脚
胴体:エポキシ樹脂系GFRPセミモノコック
翼:ウイングレット付きテーパー翼、エポキシ樹脂系GFRP+AFRPセミモノコック
フラップ:ファウラーフラップ
乗員:2
全長:10.3 m
翼幅:14.5 m
乾燥重量:3200 kg
全備重量:4400kg
動力:帝国人造繊維 C222B 強制ループ掃気2ストローク空冷星型複列18気筒 ×2
離昇出力:950hp
公称出力:850hp
最大速度:540 km/h
航続距離:1200 km
実用上昇限度:10000 m
武装:八年式航空機銃(旋回)×1、八年式航空機銃(機首固定)×6
爆装:250kg
「すみません、山階耀子さんでしょうか」
「そうですが……ああ、加藤建夫様ですか。お噂はかねがね……」
そんな耀子のところに、首から立派なカメラを提げた加藤建夫が声をかける。研究熱心な彼は、帝国人繊の提案する機体について情報収集をするべく、この会場を訪れていた。
「ロシア戦争のときは、幾度となく八七戦の高性能に助けられました。機体設計は空技廠ですが、あの機体が名機として完成できたのは、軽量かつ小径で大出力な帝国人繊の発動機のおかげでしょう。お礼を言わせてください」
「ありがとうございます。陸軍のエースとして名高い加藤様に絶賛していただけたとなれば、部下たちも喜ぶことでしょう」
加藤はロシア戦争で八七式戦闘機"長元坊"1型甲を駆り、おびただしい数の敵機を撃墜して新聞に載るほどのトップエースになっている。「宮様」でありながら前線に出撃し、戦果を挙げた山階宮武彦ほどではないが、国民的な知名度のある戦闘機パイロットと呼んでいいだろう。
「あれは私単独ではなく、小隊全員の戦果ですので、わが隊全員からの賞賛だと思っていただければ」
空戦は集団戦であると考える加藤は、撃墜数を自身の戦功ではなく、部下との共同戦果だと思っていた。
「承知いたしました」
「そんな素晴らしい発動機をこの戦闘機も積んでいるとのことですが、どうにも気になることがあるのです。そのあたり、少しお聞かせいただいてもよろしいですか?」
加藤はにこやかに耀子に対して説明を求める。
「私でよろしければ」
「端的に言うと、この機体が何をしたいのかわからないのです。双発機であるのに航続距離が短く、戦闘機でありながら単発機に比べるとどうしても運動性に劣っている。機首に集中装備された6挺の機銃の火力は恐ろしいですが、他は最高速度がわずかに高いぐらいで、戦闘機としての強みがいまいちわからないのです」
「い~ぃ質問ですねぇ」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに耀子は少々大げさなリアクションをした。
「まず結論から申し上げますと、とにかく高速で上昇し、絶対に敵爆撃機を生かして返さない。そのためだけの機体です。ですから、双発の大馬力をもって無理やり上昇し、機首に集中搭載されて命中率が高い多数の機銃で敵機を滅多打ちにする。それだけを考えた機体なのです」
「ただ爆撃機だけを撃墜するための機体……単発戦闘機では、爆撃機をこの先撃墜できなくなる、ということでしょうか」
自身も数多くの爆撃機を撃墜した加藤は、不思議そうに尋ねる。
「仰る通りです。この先航空エンジンの大型化、大馬力化が進めば、それに応じて爆撃機もより重武装かつ重防御になります。その先に待っているのは、単発戦闘機の火力ではなかなか落とせない『空飛ぶ要塞』による国土の蹂躙です」
B-29による日本本土空襲を念頭に置きながら、耀子はここまでしないといけないくらい、この先爆撃機が堅くなっていくことを力説した。
「しかし、戦車ではないのだから反復して攻撃すれば……いや、相手に護衛戦闘機がついていたら、そいつらの相手もしなければいけない。そうなると反復攻撃は難しいから、多数の爆撃機が迎撃を突破して地上部隊を焼き始めることになるのか……」
「さすがですね。仰る通りです。四発重防御爆撃機と、単発護衛戦闘機の組み合わせはまさに悪夢そのもので、それに対抗するためには、双発大火力戦闘機と、それを護衛する単発戦闘機の双方を整備しなければいけないと考えております」
エンジンの進化がさらに進み、ガスタービンエンジンが使われるようになって双発機と単発機の運動性の差が縮まり、空戦も機銃の撃ち合いからミサイルの撃ち合いになることで、ようやく1機種の戦闘機だけで様々な任務を十全にこなすことができるようになる。とはいえ、未来を知る耀子の手腕をもってしても、そこまで持っていくにはまだかなりの時間が必要であった。
「さらに言えば、この機体はまだ未完成なんですよ。本来我々が理想とする姿ではないのです」
「わざわざ言われるということは、何か改良の予定があるのでしょうか」
運動性なのか、航続距離なのか、まさか火力なのか。そのまさかの答えを耀子は語りだす。
「本当は25mm級の機銃を主兵装にしたいのです。具体的には、現在海軍が開発予定の、ガスト式40mm機関砲を25mmに縮小した機銃を載せたいですね」
「25mm……! そんなので撃たれたら、どんな機体も粉々に……いや、そのための機体と、先ほど仰っていましたね」
一瞬驚いた加藤だったが、最初に耀子が言っていたコンセプトを思い出し、将来的にはそのくらいの火力が必要かもしれないと思いなおした。
「加藤様、これの襲撃機型はごらんになられましたか?」
「一通りは。装甲やゴムによって、対空砲火では容易に撃墜されず、逆に40mm毘式機関砲で地上目標を薙ぎ払う機体だとか」
「あの機体は燃料タンクに30mmの耐油ゴムで覆い、エンジンカウルを15mmの装甲板で作っているのです。そんな機体に、たった9.3mmの機銃で有効打が与えられると思いますか?」
この耀子の一言に加藤ははっとする。
「鈍重で低空を飛んでいるからまだやれると思っていましたが……将来的にはあれが高空を高速で飛んでいて、護衛戦闘機を伴っているわけですか。それなら25mm機銃が欲しくなるのもうなずけますね」
「大体そんな感じ、都市爆撃日和だと思っていただければ」
絶対に加藤に通じないギャグを混ぜつつ、耀子はそう答えた。
「ふーむ……今まで爆撃機はただのカモだと思っていたのだが、この先の爆撃機には同じ気持ちで当たりに行くと痛い目に遭うかもしれないんだな……」
「ええ。加藤様も、馬鹿正直に攻撃して防御機銃にからめとられないようお気を付けください」
「分かりました。肝に銘じておきます」
この耀子の一言により、加藤は対爆撃機戦術の研究を始めることになる。その成果が訓練に導入された結果、加藤自身の運命も、史実とは大きく変わることとなった。
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