魔女の缶切り
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「高速爆撃機案も見てみたかったが……」
「速力を上げたところで、雷撃時には結局240km/hまで落とさなきゃいけないんですよ。そうなると敵戦闘機の妨害を振り切るためにしか最高速力は役に立たないわけなんですが、今我が国の手元にあるエンジンではどうあがいても長元坊を振り切ることができません。結局、長時間飛行で搭乗員がぐったりしない程度の速度が出れば十分なんですよ」
何か言いたげな海軍士官に対して、耀子は勢いよくまくしたてる。
「うーん……それならつまり、もっと高速で雷撃できる航空魚雷が開発されれば、速力を上げる意味が出てくるというわけだな」
実際、日本の航空魚雷である九一式魚雷は、後年着水時の衝撃を和らげる木製のカバーを取り付ける改設計が施され、さらに姿勢制御装置の改良と魚雷本体の補強によって最終的には500km/h以上の速度での高速航空雷撃が可能になったのだ。
「それはそうですね。そのころには寿もC型ももっと出力が向上しているでしょうし、より強力なエンジンが開発されているかもしれません」
帝国人繊のC型エンジンはもちろん、寿ですらあと500馬力程度改良の余地があると耀子は見ている。また、寿を複列14気筒化した航空エンジンが空技廠で開発中であり、こちらが戦力化されれば中型機の設計は容易になり、四発以上の大型機を実用化する道も開けるかもしれない。
「さて、これも何かの縁です。他の派生機もご覧いただきましょう」
「いや、別に陸さん向けの飛行機を見たところで我々に特にメリットは……」
「ご覧いただきましょう!」
「アッハイ」
気迫で有無を言わさず二人を連れてきた耀子は、陸軍向けのCAS機「襲撃機」の話を始めた。
帝国人造繊維 NA32S 八試襲撃機 1型
機体構造:低翼単葉、双胴、固定脚
胴体:エポキシ樹脂系GFRPセミモノコック
翼:ウイングレット付きテーパー翼、エポキシ樹脂系GFRP+AFRPセミモノコック
フラップ:スプリットフラップ(ダイブブレーキ兼用)
乗員:3
全長:11.0 m
翼幅:15.6 m
乾燥重量:3700 kg
全備重量:5000 kg
動力
日本航空技術廠 寿 2型甲 OHV4バルブ強制吸気4ストローク空冷星型単列9気筒 ×2
離昇出力:950hp
公称出力:850hp
最大速度:439 km/h
航続距離:1600 km
実用上昇限度:7000 m
武装:毘式機関砲(固定)×2、八年式航空機銃(旋回)×2
爆装:1000kg
「こちらが八試襲撃機です。40mm機関砲を主武装とし、機銃……機砲? 掃射と急降下爆撃による近接航空支援を主任務とする空飛ぶ戦闘車ですね」
「あの毘式機関砲を航空機に積んだのか?」
「本当は、現在イギリスと共同開発中のガスト式40mm対空機関砲を載せたいのです。今年中には開発完了しますかね」
耀子の言っているガスト式機関砲とは、だいぶ前の話で触れた九二式対空機関砲の事だ。対空砲では急激に進化する航空機を捉えることができず、機銃では射程が不足していることに危機感を抱いた海軍が、陸軍とイギリスのビッカースを巻き込んで開発している。
九二式対空機関砲
口径:40mm
重量:3000kg(砲架込み)
砲身長:2400mm(60口径)
砲口初速:850m/s
発射速度:300発/分
装甲貫通力
破甲榴弾:62mm/90°@100m、51mm/90°@500m
九一式徹甲弾:77mm/90°@100m、58mm/90°@500m
「あ、ああ。今年度中には正式採用されて量産が始まる見込みだが」
「それはありがたい! ぜひとも搭載できないか検討させていただきます」
「陸の事はよく知らないが、空から40mmを撃たないと撃破できないような戦闘車や突撃車が出現しているのか?」
狼狽した海軍士官が耀子に聞いた。
「今はそんなことしなくても、我が国の戦闘車は他国の装甲戦闘車両を撃破することができます。ですが、いつまでもそのままとは思っていません。いつかきっと、十二年式すらぼろ雑巾のように引きちぎることができる戦闘車が出現すると信じております。願わくば、その車両を開発するのも我が国であってほしいですが、他国もそのレベルの車両を手にする日が来るでしょう」
耀子はこの航空機を、撃つまで撃たれ、撃った後は撃たれない機体として開発している。その執念が実ったのか、後年一部の人間からは「魔女(もしくは裕仁)の缶切り」と呼ばれることとなった。
「加賀型戦艦が457mm砲を積んでいるのも、既存の艦だけでなく、未来の戦艦も撃破可能な見込みがあるからだからな。あれと同じようなものか」
海軍士官たちは納得がいったらしい。
「しかし君、この機体、海軍でも使えるのではないか? 対潜哨戒とか、通商破壊とか」
「ああ、40㎜もあれば駆逐艦くらいまでなら撃破できそうだもんな。離島の防衛に使えるかもしれない」
自分達ならではの使い道が思いついたのか、士官たちは改めてこの固定脚の襲撃機をしげしげと眺め始めた。
「耐油ゴムによる防弾タンクに加えて、主要部には15mm以上の装甲板を張っております。生半可な対空砲火では撃墜できませんよ」
「航続距離は短くていいのか?」
「戦場の近くの野戦飛行場で運用されますので、航続距離や巡航速度は遅くてもそんなに問題になりませんね」
「そうなのか……航続距離が短いのは、洋上で運用する上で大きな欠点になるな」
想定外の使い方をしようとしているのだから、任務に対して不適合な面が存在するのもまた当たり前のことである。
「それでしたら、燃料タンクを増設して落下式増槽を装備可能にした海軍仕様機を用意することになると思います」
「そのくらいはできるのだな……持ち帰って検討しよう」
やけに対潜哨戒にこだわる士官たちを見ながら、そういえば海軍はオーストリアと協力して潜水艦にも力を入れていたなあと、耀子は今更な感想を抱くのだった。
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